第20話
視界が反転するような感覚のあと、俺は自室のベッドに転がっていた。
「……追い出された、か」
最後の記憶は、アークス第20エリア『空中庭園』中央ブロックのすり抜け途中に壁から追い出されたところまで。
となると、俺はあのまま強制的にログアウトさせられたってことか。
とりあえずVRゴーグルを外し、体を起こす。
それから頭を素早く左右に振ると、ようやく視界がはっきりしてきた。
だが、そのとき。
【転移開始します】
「……は?」
警告ウィンドウも出る間もなく、部屋の景色が急激に歪んだ。
浮遊感。
ふわっと宙に浮いた感覚がしばらく続いたのち、足裏に硬いフローリングの感覚が広がる。
ゆっくり目を開けたとき、見覚えのあるホールにいた。
〈ArcGate〉。
まさかこれが自動転移ってやつか?
「……にしても突然すぎだろ」
自宅からの転移だったため、俺はウィンドウを開き、靴だけを装備ONに切り替える。
「……ミド!」
ここにきて一発目、いち早く俺を見つけたレイジが駆け寄ってきた。
その後ろにはカズ、シュエナ、ミユ。
いや、それだけじゃない。
他のβテスターたちも帰ってきていた。
「……帰ってきた、帰ってきたぞーっ!」
「よかった、生き延びたんだ……」
「くそっ、こんなのがβテストかよ、参加するんじゃなかった!」
歓喜の声をあげる者、疲弊し、へたり込むつつも、安堵の息を吐く者、参加に対し、後悔の念をあげる者。
それぞれ感情の振れ幅はあるものの、確実に生還したことを喜びあっていた。
「みんな、無事でよかったよ」
そんな周りを見た後、俺はレイジたちにそう声をかけた。
「……さすがに今回は死ぬかと思ったね」
「はい……。だけど、気づいた時には敵が一掃されてて、それで……クリアの表示が。一体何が起こったのか分からずじまいです」
「たしか白い光が降ってきて、そこに女性が立っていたのはチラッと見えたわ。多分あの人が倒してくれたんだろうけど……結局誰だったのか」
シュエナとミユは、頭を捻っている。
その話の感じ、おそらくその女性は英雄シグル・ヴァルティナのことだろう。
召喚のカケラから生み出した英雄。
翠影の樹海へ送り込んだことまでは分かっていたが、なんとか彼女が一掃してくれたようだ。
にしても凄い力だな。
この人数のβテスターが苦戦していたであろう敵を、一瞬でとは。
しかもこの英雄、制限時間が60秒だったはず。
いくらなんでも規格外すぎるぞ。
「……あれ、ミドだったんだろ?」
レイジが低く言う。
「……っ!」
なぜ一瞬で分かったのかは分からない。
だけどここでこの事実を隠すことは、彼らとの信頼関係を絶ってしまうことと同義。
そう思った。
「あぁ」
だから俺はすぐに頷いた。
レイジ以外の三人が互いに顔を見合わせる。
「ミドくん、それは一体どういうこと?」
「えぇっ!? たしかテンリさんは今回のクエスト未参加で……だけど、別の姿で、参加して……。えっ、結局どういうこと?」
「ミドウさん、説明してくれるんだよね?」
三人からほぼ同時の問いかけ。
答えたいのは山々だが、
「その話、後にしないか?」
俺はポールに目をやった。
そろそろアナウンスが鳴る頃だと思ったからだ。
『おめでとうございます。戦闘任務『翠影獣の討伐』クリアです』
『今回の死亡者:なし』
『本当に――おめでとうございます』
無機質な機械音の後、明るい音楽が鳴る。
まるで遊園地の入場曲のような賑やかさで、俺たちの生還を祝い始める。
たしかにこれはめでたい事実。
だがその祝う側が、俺たちの運命を握っているのだと思うと、この音楽も妙に薄気味悪く感じる。
そんな空気が漂う中、初参加者たちがいよいよ首を傾げはじめた。
「なあ、死傷者ってなんだ?」
「え、設定じゃないの? あれだけ痛みを再現してたわけだし……」
「でもさ、あの痛みだろ? ……もしかして、本当に死んじゃうとか……」
一瞬、場が静まりかえった。
そうか。
彼らには、ここが死のゲームだということが、まだ伝えられていないのか。
おそらくこれは、レイジたちの作戦。
タイミングも彼らが見極めているはず。
だから、ここで俺がとるのは静観。
これが一番正しいはず。
「みんな、実は……」
カズが一歩、前に出た。
一瞬だけ、場の空気が凍る。
彼は、静かに言った。
「ゲーム内での死は、現実の死と同じ意味になる」
そう説明を始めた。
「……冗談だろ」
「そんなバカなこと言わないでくださいよ」
中には、ハハッと笑い飛ばす者もいた。
だが、レイジやシュエナの真剣な表情。
カズの言葉の重み。
そして、自分たちが今回体験した恐怖と痛み。
きっとその全てが皆の中で繋がったんだろう。
説明を続けていく中で、やがて彼らの笑顔は消えていった。
「……本当、なのか」
低く、誰かが呟いた。
『只今より、参加者による貢献度ランキングを発表したのち、それに応じた報酬を配布致します』
【貢献度ランキング】
1位:ミドウ・テンリ【1010pt】 ランク:S+
2位:レイジ 【805pt】 ランク:A
3位:ミユ 【635pt】 ランク:B
4位:カズ 【610pt】 ランク:B
5位:シュエナ 【565pt】 ランク:B
6位:ハルキ 【312pt】 ランク:C
・
・
【貢献度ランク基準】
S+ランク:1000pt~ 圧倒的規格外
Sランク:900pt~ 圧倒的な活躍(MVP級)
Aランク:700~899pt 高い貢献度・主戦力
Bランク:500~699pt 安定した戦力
Cランク:300~499pt 部分的に貢献あり
Dランク:100~299pt 戦力としては物足りない
Eランク:~99pt 戦闘に参加していない
前回もあった貢献度ランキング。
ヴァルティナがボスを一掃したせいで、オレの貢献度がトップになってしまっている。
「ミドウテンリ? そんな人いたっけ?」
「……ん? 名前聞いたことあるぞ」
「たしか、アークスのバグチェッカーってあだ名ついてた人だった気がする」
視線が一気に俺へ集まる。
クエストにも直接参加出来ず、名前だけが一人走りしてしまった今、元々人と話すことが得意じゃない俺にとって、余計に関わりづらい環境が作られてしまった。
「……やりづらい」
先が思いやられると、肩を落とした瞬間、
「ふふっ」
隣でシュエナが吹き出した。
「ハハッ、目立ってしまったね、ミドくん」
つられてカズも。
「いいんじゃない? どのみちミドウさん、目立っちゃうんだから」
落ち着いたような口調でそう言うミユも、心做しか口元は緩くなっている気がする。
ガシッ――
暑苦しく肩を組んできたレイジは、
「ミドッ! 次は、オレが勝つぜっ!」
そう息巻いてきた。
「いや、勝ち負けじゃないだろ」
と、冷静に返した。
だけどまぁ、
みんな笑ってるし、なんでもいいか。
『これより、報酬を配布いたします』
【報酬一覧】
【現金:200万円(換金可)】
【アイテム】
・治癒の中瓶×3
・MP回復草×3
・ガチャチケット×2
【ボス討伐特典】
・なし
報酬ウィンドウが現れた。
俺は未参加だったので少し気を抜いていたが、一応もらえるらしい。
でもまぁ貢献度ランキングにも入っていたし、当然と言えば当然か。
【召喚物による特別貢献が確認されました】
【報酬は通常の半分となります】
そう通知が来た。
「なるほどな」
一方、他の参加者は、
「うおっ……金額、えぐっ」
「……これ、ほんとにもらえんのか?」
俺たちが初めて告げられた時同様、スマホで自分の口座を確認する者もいた。
「もしかしてここで稼いでいきゃ、今抱えてる借金だって返しきれるんじゃねぇか? それどころかよ……」
そう口にするのは、同い年くらいの派手目な男。
アイツ、たしか前のクエスト終了後にポールを蹴ってた奴だ。
あの時の感情とはまるで正反対。
今は自身のウィンドウを見ながら、不気味なほどの笑みを浮かべている。
【次回クエストまで:72時間】
そして次回クエストまでのカウントダウンが、今始まった。
「……おい、まだ続くのかよ」
と、嘆くプレイヤーを他所に、次々と目の前に通知がなされていく。
【始まりの街で、他会場プレイヤーとの交流が可能となりました】
「……他会場のプレイヤー?」
つまりここ以外でも、アークマギアのβテストが行われているということか?
そしてそのプレイヤー同士が交流できる。
「これ大丈夫か? 相当めんどくせぇことになりそうなんだが」
レイジが眉をひそめる。
俺も概ね同意だ。
人が増えたらそれだけ考えや思想も増える。
もちろん友好的な人もいるだろうが、変わった奴もいるだろう。
そうなった時、クエスト攻略に支障が出なければいいけどな。
俺は第一にそんな不安を抱いた。
これは、変化の兆候だ。
72時間という過去最大の制限時間。
他会場プレイヤーとの交流可。
確実に、システムの進行が変わり始めている。
もしかしてここからが本当のアークマギア、だったりするんだろうか?
いや、考えても仕方ない。
どちらにせよ、
俺たちのするべきことはただ一つ。
「まずは新入りさんに始まりの街を案内しよう」
「うん、ですね」
「私も賛成」
カズの意向に皆、賛意を示す。
俺、レイジも遅れて首を縦に震る。
そうだ。
クエストを攻略していくしかない。
そのために始まりの街で準備をし、
新たなクエストに挑む。
次のクエストは【04/10】。
つまり、まず目指すべきは【10/10】。
これで無事解放されるかは分からないが、何かの節目には違いない。
「ミド、いくか」
レイジに呼びかけられる。
他のβテスターへの説得は終わったようだ。
そして今から全員で始まりの街へ踏み入れる。
俺はレイジに「はいよ」と軽く返事をし、ダイブシートへ乗り込んだ。
ここから一体何が変わるのか。
誰が敵になり、誰が味方になるのか。
そんな思いを胸に、俺は実質三度目の始まりの街へとダイブした。
* * *
そんなテンリたちの様子を、アークシステムズコーポレーション〈中枢管理室〉の監視モニターが捉えていた。
そこには、先ほどまで〈翠影の樹海〉での戦闘を終え、帰還を果たしたβテスターたちの姿が映し出されていた。
「ふふ……やはり面白いな、ミドウテンリという男は」
モニターを見つめながら、中年と若い研究者が二人、静かに語り合っていた。
「本来なら、あの状況――未参加状態から〈アークマギア〉に干渉するなど、理論上あり得ない。だが彼は、召喚物だけをデータ経路に侵入させ、なおかつ事態を打開してみせた」
「……おまけに、最高難易度設定の翠影の樹海クエストで死亡者ゼロですよ。他会場では当然のように死者が出ているにも関わらず。この結果は異常と言わざるを得ません」
若い研究者が一つ息をつき、端末に指を滑らせる。
「特に、ミドウテンリの召喚事例。召喚のカケラ四個未満でのコード解析など、普通有り得ません。記録これは既存のルールを越えた挙動です」
それを聞いた中年研究者は、愉快そうに肩を揺らした。
「彼の模写眼が干渉したのだ。コードを読み解く力が、召喚のカケラにまで作用した。……興味深い現象だな」
「仰る通り、代表。ですがこの時点で、既に〈アークマギア〉のシステムはかなり制御を逸脱しています。AIの進行権限も一部、予測不能な自己進化段階に入っている模様。このままなら……我々の手に負えなくなるのも、時間の問題かと」
不安げな声音。
だが中年の代表はなお、目を細めて笑っていた。
「だからこそ、今後が楽しみだと思わないか? ミドウテンリ――ここまでいくつもの前代未聞をやってのけた逸脱者が、これからアークマギア本体にどう接触するのか」
そして言葉を続けていく。
「……それに、これから始まりの街には、他会場からのプレイヤーも流入してくる。多様な派閥が生まれ、戦力の格差も明確になっていく」
指先で一つ、画面の一角に表示されたデータ群を弾く。
「その中で、ミドウテンリはどの位置に立つのか。そしてこの『暴走を始めた箱庭』を、彼はどのように解析していくのか。……実に、愉快だよ」
やや沈黙が落ちた後、若い研究者がふと問う。
「……やはり、止められるとお考えで?」
「さあな。だが一つだけ言えるのは――」
モニターに映るテンリ。
静かな眼差しで、仲間たちと言葉を交わしている姿を見つめながら。
「これからアークマギアという名の歪みは、もう後戻りはできん。ならばせめて、見届ける役くらいは、楽しく務めさせてもらおうじゃないか。近いうち、彼らも動き出すようだしね」
そう言って、男たちは揃ってふ、と笑みを浮かべたのだった。




