第15話
AI音声が次回クエストの案内を終えてもなお、会場内の空気はざわついていた。
「ふざけんな……なんだよ次って!」
「あたし帰る! 本気で死ぬゲームとか聞いてないし!」
初参加だったβテスター二人から怒号と泣き声が飛び交っている。
完全に動揺しているな。
まぁ当然だ。
初めて現実の死と隣り合わせの戦場を体験したのだから。
その混乱の中、カズが一歩前に出た。
静かながらもよく通る声で告げる。
「二人とも、今は一度、ダイブシートへ座ってください。ここから〈始まりの街〉という場所に行けます。詳しいことはそこで説明しますので」
しかし、すぐに二人は噛みついた。
「はぁ? なんでお前に指図されなきゃ行けねぇんだ中年! 俺ァこっから帰りてんだ!」
「そうよ。あたしだって、ウチに帰ってしなきゃいけないことがあるのっ!」
不穏な空気の中、シュエナも一緒になって説得を試み始める。
「お願いします。次のクエストまでの時間だって、限られているんです。みんなで力を合わせて……」
「何言ってんだ。こっから逃げりゃ済む話だろ!」
「あたし、もう帰るわっ!」
二人が出口へ向かった時、
「どうせ、クエスト前に自動転移されて、ここに戻ってくることになるぞ!」
レイジが強い語気でそう言う。
「自動転移?」
「……な、なにそれ?」
聞き慣れない言葉に二人は足を止め、振り返る。
「嫌でも次のゲームに参加しなくちゃいけねぇ。だから死なねぇ準備を始まりの街へ、しに行くんだ! ついてくるか帰るか、好きにしてくれ」
レイジは続けてそう言い放つ。
派手な声色に、場の空気が一瞬凍りついた。
「……わ、わかったよ。座りゃいんだろ」
若者は顔を引きつらせ、渋々とシートの方へ引き返していった。
その流れに釣られるように、もう一人の若い女性もダイブシートへ腰をかける。
「ありがとう、レイジくん……」
カズは頭を掻きながら、困ったような笑みをレイジに向ける。
「いや、言いたいことを言っただけっすよ。オレたちも行きますか」
レイジがそう促し、それぞれ歩みを進める。
俺以外は。
そう、始まりの街に行く前に、俺には他にするべきことがあるから。
みんなにちゃんと言わないと。
そう心に決めた時、
「ミド、どした?」
レイジが首を傾げる。
俺は一瞬なんと言おうか迷ったが、率直に言葉を返すことにした。
「少し、家に戻りたいんだ。解析したいものがある」
「……もしかして、召喚のカケラ、ですか?」
半信半疑といった様子のシュエナ。
しかしその予想は見事的中。
さすがに察しが早いな。
「そう。データ量が膨大すぎて、ここじゃ手に負えない。次までの24時間……できる限り解析を進めておきたいと思って」
「……それは、ミドくんにしかできないことだね。解析が無事済むことを祈っておくよ」
カズは間髪入れずにそう答える。
「じゃ、じゃあ私たちはテンリさんの分まで、始まりの街で準備しておきますねっ!」
シュエナも一瞬で承諾。
レイジに関しては「おぉ、さすがバグチェッカー様、お気に召すデータだったらいいですな」と茶化してきたが、
最後には――
「終わったら、また合流しようぜ!」
と、笑顔で受け入れてくれた。
「解析、頑張ってくださいっ!」
「ミドくん、また後でね」
互いに言葉をかけ合い、俺はこの場を後にした。
自宅の部屋。
静寂に包まれた空間の中、俺は即座にPCを立ち上げた。
高性能グラボと専用デバッグツール群。
アークマギアが最新のフルダイブ型マシンだと聞いていたので、家のPC関係も、念の為数段強化しておいたのだ。
こうやってデータを処理することもあるかもしれないと思っての行動だったが、まさかこんなに早く活躍することになるなんてな。
「さて……始めるか」
俺は召喚のカケラ〈No.01〉から〈No.04〉までを順にウィンドウから出現させ、各カケラに対する模写眼のログデータをPCに打ち込み始めた。
どういう仕組みか、現実の世界にこのウィンドウ画面が出せるからこその作業。
まるで最新のAR技術が、俺の脳に内蔵されているかのようだ。
……もしかして、本当にそうなのか?
ダイブシートから発せられる未知の周波数が、脳になんらかの影響を与えて――
いや、今は解析に集中だ。
スクロールが止まらない。
膨大な文字列が、常に流れ続けている。
〈InvokeFunction:arch_summon〉
〈AuthLevel:PartialUnlock[4/10]〉
〈ConditionFlag:模写認証可〉
俺は静かにキーボードを叩き続けた。
未定義領域のスクリプト構造。
解除コードの一部が、既に視えて始めている。
このまま進めば……次のクエスト開始前までに、八割程度は開示できそうだ。
だがここで焦りは禁物。
テンポよく進めつつも、深層解析は慎重に――。
その時だった。
PCのメッセージウィンドウが点滅する。
【チャット受信】
〈レイジ〉
『準備、順調か? ミド、交換所ヤベぇアイテムたくさんあるぞ。早く来いよ!』
〈カズ〉
『武器とかアイテムはミドくんの文も補充してるからね!』
〈シュエナ〉
『テンリさんの進捗、また教えてくださいね』
フレンドのみで共有できるグループチャットだ。
三人からそれぞれメッセが届く。
その文面だけでみんなの顔が思い浮かぶ。
何を考え、どんな表情をしているか。
そう考えると、自然と笑みが零れる。
『こっちはもうすぐ解析が終わりそう……』
打ち終わりかけに、ふと手を止めた。
「どうせなら終わってからにするか」
俺はチャットを未送信のまま閉じる。
今は少しでも早く解析を終えることが先だ。
――解析バーは進んでいる。
徐々に、しかし確実に。
未知の召喚対象の輪郭が、少しずつ明確になりつつある。
間に合う。
必ず、間に合わせる。
* * *
やがて、クエストまで残り10分を切った。
最低限の飲食と仮眠、残りの時間は全て解析に費やした丸一日が終わろうとしている。
データ解析進行度――94%。
さすがに始まりの街へは行けずじまい。
間に合えば向かいたかったが、こればかりは仕方がない。
一応メンバーにはチャットで、
『解析に集中したいから、向かえそうにない』
とは送ってある。
だから問題は無いが、前回のクエストみたいに開始位置がバラバラだとさすがにヤバい。
今更ながら、アイテムくらいは買っておけばよかったと後悔している。
なんて言っても後の祭り。
開始時刻まで、1分を切ったのだから。
そしてデータ解析進行度も――
「よし、間に合った!」
モニターに映る解除コード。
俺は急いでウィンドウに打ち込んでいく。
【特殊召喚】使用可能。
そんなメッセージとともに、全ての召喚のカケラがアイテムボックスから消失し、新たなアイテムが現れた。
〈召喚契約コード:ヴァルティナ〉
・分類:ユニーク召喚アイテム
・効果:英雄シグル・ヴァルティナとの召喚契約を成立させる。
・使用条件:クエスト中1回まで使用可能。
・リチャージ期間:現実時間で7日間のクールタイム。期間中は再召喚不可。
・制限時間︰60秒。
・備考1:契約者以外の使用不可。
【認証完了】
【召喚可能段階:Ready】
「……すごいな、これ」
想像以上のアイテムに、驚嘆する中、ウィンドウにあるものが割り込んできた。
【次回クエスト開始まで:00:00:30】
カウントダウンだ。
ついに30秒を切った。
いよいよ、始まりの街に転移する。
あれ?
転移……しない?
たしか前回は、このタイミングで全員が始まりの街に現れていったはず。
……多少のラグは、あるもんだよな。
【00:00:20】
自分をそう納得させつつも、俺は進んでいくカウントを眺めている。
大丈夫だ。
もう少しで移動するはず。
ウィンドウに映る数字が小さくなるにつれ、全身から汗が吹くように滲む。
【00:00:10】
呼吸が浅くなっていく。
苦しい。
「なんで……っ、なんでだよ……!」
いくら叫んでもカウントは止まらない。
転移もしない。
いや、焦るな。
まだ情報が不足しているだけだ。
【00:00:03】
こうなったらこのまま、
【00:00:02】
現地へ向かうことを、
【00:00:01】
願うしかない……!
【00:00:00】
「頼むっ!」
カウントはゼロを迎えた。
「…………」
思考が一瞬止まる。
だが冷静さをすぐ取り戻した。
そして理解した。
今回俺は、アークマギアの世界から除け者にされたのだと。




