第14話
眩い光の奔流が視界を包む。
次の瞬間、俺たちは再び、現実世界の会場〈A.M. Gate〉へと転移された。
仮想戦場の熱気も、瘴気も、斬り合う緊張感すらも、今ではまるで過去の幻だったかのようだ。
目の前のこの空間は、信じられないほどに静か。
だけど間違いない。
ここは現実にある、あのテスト会場だ。
そして俺たちは生き残った。
怨霊将軍アグリオスを討ち、任務を完遂した。
「……戻ったか」
俺はフルダイブシートから脱出し、一息吐いた。
「テンリさんっ!」
まず駆け寄ってきたのはシュエナ。
「無事でよかったです……!」
きっとそれは心から出た言葉。
迷いのない笑顔と、瞳にうっすら浮かべた涙がそれを物語っている。
「シュエナも、生きててよかったよ」
俺も心底安心した。
いやフレンド同士のため、HPや状況はウィンドウである程度は共有される。
だから生きていることは知っていたけど、こうやって直接会うとより実感できる。
互いの無事を。
「オレだっていんだぜ、ミドッ!」
「レイジッ!」
相変わらず乱暴に肩を組んでくるが、再会の時の暑苦しさくらいは大目に見よう。
「……ともかくフレンドのみんな、揃って無事というわけだ」
いつの間にか傍に歩みよっていたカズが大人の一言でこの場を締める。
よかった。
少なくとも今回のクエストでは、見知った人の犠牲はなかったということになる。
ただそれ以外に関しては、どうだ?
戦いの連続で、他のβテスターのことまで気を回せなかったのは事実。
今ここに戻ってきた数を見ても、当初の参加人数である12人もいるようには思えないし。
やはり何人かは……。
会場をぐるりと見渡した時、俺はある一人と目が合った。
ミユだ。
ダイブシートの傍で居心地の悪そうに視線を泳がし、ただただ佇んでいる。
声をかけるべきか。
……いや、かけるべきだ。
そうしないと、
彼女は心からこの場に帰って来れない。
きっとミユの心は今も尚ベルカ街に、ケイタとともにいるような気がしたから。
俺はそっと、ミユの横に立った。
けれど彼女は、顔を俯けたまま何も言わない。
ただ、深いため息を吐いただけ。
――ケイタはもういないんだ。
ミユの心の中からそう聞こえた気がした。
誰にも届かない、沈んでいくような独白。
周囲の安堵や歓声が、まるでどこか別世界の出来事のように、彼女だけが独立してしまっている。
そんな感覚。
帰ってきたはずなのに、なぜか帰る場所がない。
この広い世界で、生きているのはたった一人。
そんな寂寥感を、俺は彼女の表情から深く想像してしまった。
だから俺は、ほんの一言だけを口にした。
「……ごめん」
何に対する謝罪だと問われると難しい。
一回目のクエスト終了後、飛び出した二人をすぐに止め、ともに始まりの街へ向かえられれば。
二回目のクエスト直前に、少しでも必要なアイテムや装備を配布できていれば。
ベルカ街で、ケイタと合流できていれば。
これはある特定の出来事に対する謝罪ではなく、自分の中に幾度となく散らばっているタラレバ。
もう叶うはずもないことばかりだからだ。
ミユは一瞬だけ俺を見て、そっと瞼を閉じた。
そして俺の言葉に何を問うこともなく、ゆっくりと小さく首を横に振った。
「ありがとう。助けてくれて」
それは彼女が前を向いた証であり、これからも生きていくという強い誓い。
俺にはそう聞こえた。
そう、言葉以上に確かな意志が、そこにはちゃんとあったのだ。
――そのとき、場を割くように機械音が響いた。
『おめでとうございます。戦闘任務『ベルカ街の亡霊討伐』クリアです』
『今回の死亡者:5名』
『ご冥福をお祈りいたします』
わずかな哀悼も温度もない、ただの報告が俺たちに届く。
それを聞いて、胸が苦しくなった。
亡くなった命の数でもあるが、救えた可能性のある数でもあるから。
「……はぁ!? 何言ってんだ、このクソAIッ! くだんねぇ冗談言ってねぇで、早くフミカを連れて来やがれっ!」
空間を木霊する男の怒声。
その主は躊躇のない走りを見せてから、AI音声を奏でるポールへ蹴りを入れた。
「い……ッ!」
ガンッと響く衝突音。
だが本体はビクともせず、ただ男が足の裏を衝撃で痛めただけ。
同い歳くらいの派手めな男。
いくつものイヤーカフとピアスをつけ、黒のジャケットを羽織っている。
強めな口調のわりに表情は強ばっている。
今の狂った状況を半分くらいは理解しているってところか。
それを少し離れたところで見ていた、もう一人の初参加者の女性が声を上げて泣きはじめる。
『只今より、参加者による貢献度ランキングを発表したのち、それに応じた報酬を配布致します』
それでも相変わらずAI音声はマイペースに進行を進めていく。
その瞬間、目の前の壁に、巨大な映像が映し出される。
それは初めて見る「貢献度スコア」と、その数値に基づくランキングだった。
【貢献度ランキング】
1位:ミドウ・テンリ 【920pt】 ランク:S
2位:レイジ 【718pt】 ランク:A
3位:シュエナ 【580pt】 ランク:B
4位:カズ 【572pt】 ランク:C
5位:ミユ 【446pt】 ランク:C
・
・
【貢献度ランク基準】
Sランク:900pt~ 圧倒的な活躍(MVP級)
Aランク:700~899pt 高い貢献度・主戦力
Bランク:500~699pt 安定した戦力
Cランク:300~499pt 部分的に貢献あり
Dランク:100~299pt 戦力としては物足りない
Eランク:~99pt 戦闘に参加していない
「お、オレ2位じゃん!」
「ミドくん、1位だって」
「スゴいです、テンリさんっ!」
初回クエスト後にはなかったこの表示に、場がどよめいた。
スコアの基準までは分からないが、貢献度というくらいだ。
おそらくモンスターの討伐数や、ボスの討伐。
今回に限って言えば、墓地の撃破などもその対象なのだろう。
「なんなんだよ、これ……!」
「死亡者って……どういう、こと?」
一方の初参加者たち。
今の彼らには、貢献度ランキングなど全く目に入っていない。
そもそも今の現状すら飲み込めず、まさに恐怖と混乱の最中という感じ。
まぁ無理はない。
実際、昨日の俺たちも同じ状況だったし。
『これより、報酬を配布いたします』
もちろんAIは一切返答せず、次へ話を進めてくる。
彼らには改めて状況を説明するとして、
今は報酬の確認だ。
ウィンドウが切り替わり、報酬一覧が表示される。
【報酬一覧】
・現金報酬:300万円(ゲーム内通貨換算可能)
・アイテム:治癒の小瓶×5
MP回復草×5
ガチャチケット×5
召喚のカケラ〈No.02〉
・貢献度報酬:貢献度メダル×5枚(始まりの街の交換所にて使用可能)
・ボス討伐特典:召喚のカケラ〈No.03〉
召喚のカケラ〈No.04〉
中でも異彩を放っていたのが、召喚のカケラというアイテム。
今回の報酬で、全員に配布されたものに加え、ボス報酬として〈No.03〉と〈No.04〉が俺の手元に追加されている。
「これ……何に使うんだろう?」
「召喚のカケラ〈No.01〉なんてアイテム、アークスの頃にあったっけか? なんだこれ、開いてもなんも起こんねぇぞ」
カズがウィンドウに向かって首を傾げ、レイジは
物珍しげにカケラを手に取り、開いたり回転させたりしている。
「えっと……もしかして、説明欄の通り十個集めて初めて何かができるアイテムなんでしょうか?」
シュエナはウィンドウを開き、小首を傾げる。
中身は暗号的で、具体的な用途は分からない。
プレイヤー目線ではただの意味深な、ただのレアアイテムだろう。
けれど俺の視界には、それとは別の構造がはっきりと浮かび上がっていた。
……なんだ、模写眼が反応してる?
いざ召喚のカケラを開いてみると、表層に、黒い幾何構造のようなものがにじみ出してくる。
無数のノイズ混じりの文字列、数式、ゲームコード。脳内に直接叩き込まれるように、スクリプトの断片が映り込んでくる。
〈InvokeFunction:arch_summon〉
〈AuthLevel:PartialUnlock[4/10]〉
〈ConditionFlag:模写認証可〉
おそらくは他の人には見えていない内部構造。
だが俺の模写眼は、四個の時点で既に開く方法そのものを読み込もうとしていた。
「……これ以上はコンピューターが必要だな」
この莫大な情報量、ここで処理するのは困難だと思い、俺はそっとウィンドウを閉じる。
この後、一度家に帰って解析をかけるか。
『次回クエストは、24時間後に開始されます』
貢献度メダルなど他にも気になる報酬がある中、アナウンスは続けられた。
「おいッ! まだ続くのかよ!」
「ねぇ……もうヤダってば……」
『参加人数は、12名です』
初参加者たちの懇願を他所に、次々と情報が開示されていく。
『24時間以内に、この始まりの街で、次のクエストの準備を行ってください』
次も24時間後か。
現在所持してる召喚のカケラは〈No.01〉から〈No.04〉まで。
まだ全体の半分にも満たない。
それでも、既に輪郭が見え始めている気がした。
説明欄に記載されている特殊召喚。
これはアークスにも実装されていなかった、まさに未知の領域だ。
もし本当に、次のクエストまでにこの解析を終えることができたなら――
思考の続きを、俺はあえて飲み込んだ。
確信のない言葉ほど、今は軽くすべきじゃない。
だが、内心は静かに昂ぶっていた。
『では――ご武運を』
そして、静まり返った会場に、カウントダウンの電子音だけが響き始めた。
「次回クエスト開始まで」の数字が、無情にも刻まれていく――。




