第12話
ベルカ街の中心部、かつて街の広場だったであろうその場所に、俺はそれと対峙していた。
全身を漆黒の将軍鎧に包んだ、五メートルはあろう巨体。
裂けた鎧の隙間からは青白いエネルギーが滲み出し、兜の奥から覗く眼窩には、狂気を孕んだ紫炎がゆらゆらと揺らいでいる。
怨霊将軍アグリオス――
第27エリア・戦塵の墓園に現れた災厄。
その頃トップだったギルドが、総出でようやく倒したボスモンスターだ。
アークス時代のコイツにアグリオスという名は付いていなかったけど、
間違いなく同一のモンスター。
もはや間違えようがない。
まさかこんな序盤に対峙することになるとはな。
「オオオオ……ヴァアアアアッ!!」
耳を劈く咆哮が、街に残った霧を震わせた。
あまりの衝撃に、俺の鼓膜がズキリと痛む。
だがここで怯んだら本当に殺されてしまう。
俺は剣を構え、ゆっくりと距離を取った。
まずは様子見だ。
アグリオスがどの程度アークスと同じなのか。
そして俺単騎で、勝ち目があるのかを。
アグリオスは一歩、また一歩とこちらへ歩を進めてきた。
ギシィ……ギギギ……
甲冑が軋む音、斧が風を裂く音、全てがこの空間を圧してくる。
「……こいよ、怨霊将軍!」
俺は覚悟を決めた。
その瞬間、アグリオスが地を蹴り込む。
ダッ――
その動きは鈍重な見た目に反して、猛獣のように鋭く速い。
「くっ……! 後方跳躍!」
俺は即座に距離を取る。
直後、空間を裂くように斧が上から下へ振り抜かれ、俺のいた場所に深くめり込んだ。
ズガンッ――!
地面が抉れ、石畳が砕け散る。
そして同時に見えない衝撃波が走った。
「う……っ!?」
俺は後方へ大きく吹き飛ばされた。
速くて重い一撃。
当たってないのに、ここまでの威力があるのか。
だが、それと同時に視えた。
アグリオスの斧を振るう瞬間、奴の全身を覆う青白いエネルギーが、斬撃の形に沿って収束していたことを。
なるほど。
動きに合わせてエネルギーを放出してるな。
これは俺の模写眼が、たしかに捉えた紛れもない事実。
地を駆ける時や斧を振り下ろす時、
各動作、一様にして鎧の隙間からエネルギーが噴射されていた。
さらには斧に纏って威力をあげたり、みえない衝撃波を生み出したりと、全ての攻撃においてあのエネルギーが使われている。
つまり、あれはただの力任せの一撃じゃない。
アークスの頃はここまで視えなかったが、おそらくあのエネルギーこそがアグリオスの攻撃の本質。
「……今はアイツの強さが目に見えて分かる」
当時は視えなかった力の正体。
今になってようやく分かった気がする。
しかしそれが分かったところで、今の戦力差が明確になったわけではない。
こっちからも攻撃をしていかないと、その答えは、導き出せないのだ。
「月影斬っ!」
白い斬撃がアグリオスの胴体に届くが――
ガギィィンッ!!
鎧に弾かれ、ダメージはほとんど通らない。
「……くそ、ダメか」
アークスの頃、当時レベル89だった俺の月影斬でも、あの鎧に少し傷つける程度だった。
それを考えれば、当然の結果だ。
だけど、きっと何かあるはず。
いくら死のゲームとはいえ、ここまではそれなりに適切な難易度だった。
そんな運営が突然、倒せない敵を出してゲームバランスを崩壊させるなんてこと、正直それは考えにくい。
きっと攻撃を通すための手段が、何らかの方法があるはず。
「ヴァアアアアッ!!」
アグリオスが再び俺の前へ。
そして大斧を振りかぶってきた。
来る……っ!
刹那、俺の集中力が極限まで研ぎ澄まされる。
斧を握る腕に、青白い霊気が這い上がっていく。
そのまま関節がしなり、斧が振り下ろされる瞬間、鎧の隙間からエネルギーが噴き出し、空間ごと潰す勢いで押し寄せてきた。
ズガンッ――!
一瞬にして地を割るほどのスピード。
本来であれば、こんな低レベルで反応できるはずもないほどの速い攻撃。
しかし俺にはこの模写眼と、アークスの頃に積んだ経験がある。
「後方跳躍っ!」
構造が視える攻撃であり、知ってる攻撃。
だからこそいち早く反応し、避けられた。
すると、
俺がスキルにより飛び退いた時、突然脳内に焼きつくような光がピカッと走った。
そしてウィンドウにもある表示が……。
〈スキル:霊気装を取得しました〉
「これは……?」
全身に見えない風が纏わりつくような感覚。
意識を集中すると、全身の周囲に、微かに霧のような気配が集まる。
霊気――説明欄にはそう書いてあった。
もしかして、これがアグリオスの力。
俺はそれを、模写したっていうのか?
だとしたら、
俺もまたアイツと同じように、霊気を纏える者になったというわけだ。
その直後、アグリオスの斧が振り下ろされる。
「やばい……っ! 後方跳躍っ!」
俺は地を蹴り、後方へ跳ぶ。
そして……。
「月影斬っ!」
一度撃ったが、効かなかったスキル。
しかし、だからこそ検証ができるのだ。
新たに得た霊気装の力を。
ゴギンッ――
「よし……っ!」
やっぱり強化されている。
霊気装を纏った月影斬。
さっきはビクともしなかった鎧に、大きく抉り取ったような傷が入った。
霊気を纏った今の俺なら、多少なりとも、コイツとも渡り合える。
「だが、決定打には程遠い」
残り足りないものを埋めていかなければ、本当の意味で、アグリオスを倒すことはできない。
なんだ、一体何が足りない……?
「……グルゥウゥ……」
不意にアグリオスが苦悶のうめき声を上げる。
ズズンッ、とその膝がわずかに沈んだ。
「……どう、した?」
明らかに何かが変わった。
その瞬間、ピコンッとパーティチャットが開く。
『カズ:墓地、破壊したよ!』
そうだ。
いや、考えてみれば当たり前か。
今回のクエストクリア条件が、ボス討伐だけじゃない時点で気づくべきだった。
墓地の破壊とアグリオスに、何かしらの関係性があるということを。
片膝を付いて苦しむアグリオスから、全身の霊気が昇華されていく。
「なら……今だッ!!」
俺は霊気を纏った剣を引く。
そして、
「裂走!」
ザシュッ――
一直線に放たれる斬撃が、ヤツの鎧にヒビを走らせた。
「ヴァァ……ッ!」
呻いたアグリオスはよろめきながら立ち上がり、一歩、また一歩と後退していく。
攻め切るなら今っ!
「はああああっ!! 月影斬っ!」
白い斬撃が、鎧の胴体部分にめり込んだ。
その傷からは紫の霊気が漏れ出ている。
だが――
「……なっ!?」
次の瞬間、傷口が霧のような霊気で覆われ、ズズズ……と鎧ごと再生していく。
再生スキル!?
いや、違う。
アークスの頃の怨霊将軍には、こんな能力備わっていなかった。
つまりここだけのオリジナル効果。
「……てことは、墓地か」
残るあと一つの墓地と、アグリオスの命が繋がっている。
そう考えるのが自然だろう。
「だったら耐えるしかないな。ミユが残る見供養墓地を、破壊してくれるまで」
俺は再び覚悟を決めた。
目の前で全快し不気味に吠える、怨霊将軍アグリオスと向き合いながら。




