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予測不能のVRゲーマー、スキル模写とバグ技で死のゲーム〈アークマギア〉を規格外に生き残る  作者: 甲賀流


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第11話



 霧の街に、新たな風が吹く。


 彼女の掌から淡い翠の光が舞い上がり、空中に小さな渦を描いた。


 くるくると霧の中を舞ったその風はやがて凝縮し、ひとつの形を成す。


 現れたのは――小柄な身体に透き通るような羽を持つ、小動物のような精霊だった。


 体長は手のひらほど、ふわふわと浮遊している。

 耳はウサギのように長く、尻尾はリスのように丸く、全体的に風の粒子で構成された幻想的な姿。

 

「……ありがとう、ミュリス。待たせて、ごめん」


 ミユがそう呼びかけると、ミュリスは空中で一回転し、小さく「キュイッ」と鳴いた。


 彼女の声はまだかすかに震えていたが、確かな意思が宿っていた。


 その変化に俺は息を呑む。

 つい先ほどまで生きることすら拒んでいた彼女の瞳に、今は確かに光が戻っていたから。


「行けるか?」


 俺の問いに、ミユは頷き返す。


 そして、


「風の精霊【ミュリス】よ、空を裂き、大気を纏いて我が矢となれ――千の軌跡を描き、敵を穿て!」


 彼女が呪文を詠唱すると、ミュリスが羽ばたくように霧を裂いて飛翔し、迫り来る浮遊霊たちに突風を叩きつけた。


「キュイィィッ!!!!」


 浮遊霊たちは絶叫を上げ、霧の中をもがくように宙を舞う。


 直後、身体が粒子のように砕け、ポリゴン状に散っていった。

 

 パリンパリンッ――


「そうか……」


 ミユは精霊使い。


 アークスの頃と同じなら、精霊のスキルは亡霊系モンスターに対して効果抜群。


 このクエストにとって彼女のスキルは、最も有効打になり得るものだったのだ。


「す、スゴいです……」


「こりゃ……頼もしい戦力復帰ってやつだね!」


 カズが笑みを浮かべて矢を引き絞る。

 シュエナもすぐに魔法詠唱を始め、再び戦いの陣形を整えていく。


「ミドくん、前をお願い!」


「分かった! 斬撃っ!」


 俺は遠距離組により近いモンスターを順に剣で仕留めていった。


 亡霊の胴を裂き、再び「亡霊キラー」のスキルが発動する手応え。


 そしてミユの戦線復帰。


 明らかにこちらが優位な状態のはず。


 しかし今も尚、亡霊たちを殲滅できる兆しすら見えない状況。


 そんな時、


「カタ……カタカタ……」


 ここにいるスケルトンの半数が、ギシギシと軋みながら体を崩壊させ、ポリゴン状になっていった。


 そしてそれに続き、浮遊霊たちもパリンッと破片となって天に昇っていく。


 最後に残った亡霊たちは、突然こちらへの興味を失ったかのように踵を返し、音もなく霧の奥へと消えていった。


「……何が起きてる?」


 テンリが警戒しながら周囲を見回す。

 カズ、シュエナ、ミユも困惑した表情。


 次の瞬間、


 ピコンッ――


 ウィンドウの開く、軽快な音が鳴り響く。


〈レイジ〉

『やったぜ! 墓地ひとつ破壊完了〜!!』


 それはパーティチャットだった。

 つまり、ここにいる全員に表示されるもの。


「レイジくん、ナイスだ!」

「……なら残る墓地はあと二つ、ですね」


 歓喜の声をあげるカズとシュエナ。

 ミユはホッと胸を撫で下ろす。


「見供養墓地の破壊とさっきの現象……」


 墓地の破壊と同時に、亡霊たちが消えた。


 これは偶然じゃない。

 確実に、繋がっている。


 そして俺は、同時にあるものを思い出した。


 ボスゴブリンの討伐報酬である。


 俺は即座にウィンドウを開き、『ベルカ街のクエストマップ』をタップした。

 

 そこにはベルカ街の全体図と、三つの赤い丸印が記されており、そのうちの一つが、大きくバツ印で上書きされていた。


「これってもしかして、未供養墓地の……」


 いや、もしかしなくてもそうだろう。


「……テンリさん、どうしましたか?」


 ミユが呟く。


 俺は今開いているクエストマップを、パーティチャットへ送信した。

 

「ミドくん、これって……ここの地図かい? それにこの赤い丸印、もしかして……」


 カズはそこで言い止め、俺の言葉を待つかのように口を閉じた。


「おそらくは、見供養墓地の場所。前回のボス討伐報酬だったんだよ」


 スキルの検証に夢中で、この地図のことなんてすっかり頭から抜けてた――なんて、今さら口が裂けても言えない。

 

 一つのことに夢中になると、こういうヘマをするのが俺の悪い癖。


 ここでの死は現実の死だと、改めて心に刻んでおかないとな。

 

「未供養墓地は残り二つ。今の位置から見て、それぞれ対角に配置されている……」


 レイジが今バツ印のついた位置にいるのなら、次の見供養墓地からはかなり離れている。


 行けるとすれば、俺たち四人の方が距離的にも最適だ。


「二手に分かれる?」


 カズからの提案。


「私も賛成です。もしも……さっきのモンスターたちがここから居なくなったことが、見供養墓地と関係しているなら、早めに破壊する方がいいですよね?」


 続けてシュエナ。


 やはり彼女も気づいているようだ。


 全ての墓地を破壊すれば、このベルカ街に溢れる亡霊系モンスターを、一体残らず消滅させられる可能性を。


「ワタシも二手が、いいと思う」


 控えめな声でミユはそう言う。


 これで全員の意見が揃ったわけだ。


 そして同時に覚悟も。

 皆の顔を見れば、それがよく分かる。

 

「……分かった。二手に分かれよう。メンバーはさっきの通り俺とミユ、カズとシュエナ。二人とも遠距離だけど、大丈夫か?」


 一応確認だ。

 さっきの感じだと問題なさそうだが。


「うん。いざという時は、これもあるしね」


 そう言ってカズは短剣を空間から取り出す。


「そうか。狩人は遠近両方いけるのか」


 そういえばアークスの時も、狩人はオールラウンダーな存在だった。

 だからこそ扱いも難しく、それでいて剣士や魔法剣士などに比べると少し地味なクラスだったため、あまり使う人はいなかったような。


 

 まぁとにかく、


 役割は決まった。


 仲間たちの視線が、自然と俺に集まる。


 静寂が満ちていた――次の言葉を待つように。

 

「……行くぞ。各自、見供養墓地を目指す!」


「おう!」

「はい!」

「わかったわ!」


 皆で士気を高めたのち、俺たちは二手に分かれて再び街の探索へ繰り出したのだった。



 * * *




 二手に分かれた俺たち二人は、地図に示された墓地の方角へ、足を運んでいく。


 足元の石畳はひび割れ、周囲は不気味なほどに音もなく、静まり返っている。


「さっきまであれだけモンスターがいたのにね」


 ミユの言うとおり。

 これは明らかにおかしい光景だ。


 まるで何かが、俺たちをここへ誘い込んでいるような、そんな静けさ。


 だけど、墓地はこれよりまだかなり先だ。


「ミユ、気をつけろ。いつ敵が出てきてもいいように……」


「オォォ……ヴァアアアァァ……ッ!!」


 俺の声を遮るように轟くうめき声。


 まるで地が震えたようだった。


 ズズン――ッ!


 そしてその声の正体は、どこからともなく、この地に降り降りてきたのだ。

 

 漆黒の将軍鎧に全身包まれた五メートルはある巨躯。

 兜の隙間からは骸骨のような顔が見え、片方の眼窩には、呪われたように紫炎が灯る眼光がゆらめいている。


 背に黒マント、手に巨大な斧――


 見覚えがある。

 あれは……アークスで一度だけ見た悪夢だ。


「まさか……」


 アークスフィア=コード第27エリア『戦塵の墓園』――かつて数百人のプレイヤーが、地獄を見せられたあのクエスト。

 その中心に立っていたのが、この化け物だった。


 その名も、怨霊将軍。


 それがアークマギア戦闘任務02/10のボスモンスターとして現れるなど、誰が想像できたことか。


「お前はアークスでも、かなり終盤に出てきたボスだっただろうが」


 ツーッと全身に嫌な汗が流れる。


「あ……ぁ、あぁ……っ」


 隣で口も閉じれず、体を震わすミユ。


 五感MAXでこれを見りゃ、そうなるのも無理はないと思う。


 アークスの頃でさえコイツがトラウマ級に怖すぎて、引退したプレイヤーもいるくらいだ。



 怨霊将軍アグリオス――つまりそんなバケモノ級モンスターを倒さなきゃ、俺たちは現実に帰れないということ。



「ヴァァァァ……ッ!」

 

 アグリオスの眼窩がこちらを捉え、ギギギ……と骨がきしむ音を立てて、歩みを寄せてくる。


「ミユ、行け!」


「……!? でも……」


 彼女は我に返り、俺を見る。


「墓地の破壊が優先だ! コイツのことは、俺に任せてくれ!」


 ミユが一瞬だけ迷ったように俺を見つめる。


 だが、すぐに頷き――


「……わ、わかった! 必ず、やり遂げるから!」


 そう言い残して墓地の方角へ走り去った。


 俺は剣を抜き放つ。


「……よぉ久しぶりだな。怨霊将軍っ!」


 俺はここから逃げたい心を奮い立たせるように、引きつった笑みで恐怖を誤魔化すのだった。


 

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