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予測不能のVRゲーマー、スキル模写とバグ技で死のゲーム〈アークマギア〉を規格外に生き残る  作者: 甲賀流


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第10話


 ミユは脚の力が抜けたように、その場に崩れ落ちた。


 地面に視線を落としたまま、小さな嗚咽だけを漏らしている。


 声にならない。

 涙の音すら、しないほどに。


 空気は重く、霧はさらに深まっている。


 さっきまで精霊を操っていた彼女の背は小さく震え、まるで魂が抜け落ちたかのようだった。


 当然だ。


 ウィンドウ越しではあるが、大切なパートナーの死が明らかになったんだから。


 そんな簡単に受け止められるはずがない。


 こんな時、どうすればいい?


 俺には何ができるんだ?

 

 そう思った時だった。


 カタカタカタ……ギリギリギリ……


 骨と金属の擦れる音が、霧の奥から迫ってくる。


 次第に揺らめく影が現れ、腐った鎧に身を包んだスケルトンの群れが、無言でこちらに歩を進めていた。

 

「くそ……あれ何体いるんだよ!」


 おそらく十体ほど。

 たとえ一体でも手応えのあった相手、果たしてこの数を捌き切れるだろうか。


 いや、そんな弱音を吐く暇なんてない。

 

 俺はすぐさま剣を構え、彼女の前に立った。


「ミユ、立てるか?」


 声をかけるも、ミユは顔を上げない。


「……放っておいて」


 蚊の鳴くような声だった。


「ワタシは、ここで死ぬから……。ケイタの後を追う……だから放っておいて」


 ミユは静かに顔を上げる。


 その瞳に、光はなかった。

 泣き疲れたはずの瞳が、それでも真っ直ぐに、死を受け入れていた。


「カタカタカタ……ッ!」


 一気に迫り来るスケルトンの軍団。


「温存する余裕もないな。裂走っ!」


 剣とともに走り抜け、俺はスケルトンの束に突っ込んでいった。


 ザシュザシュッ――


 三分の一程度は斬り倒したか。


「カタ、カタカタ……グルル……」


 まだまだ数はいるが、さっきの裂走で俺の方へターゲットを変えられたのはデカイ。


「月影斬っ!」


 白い斬撃が、骨を斬り裂く。


「ギャアア……!」


 パリンッ――


「まだだ、月影斬っ!」


「キィ……カラ、カラカラ……ッ!」


 この場のスケルトンは全て倒した。


 しかし月影斬の連発。

 そろそろMPがヤバいかもしれないな。


 そう思い、ウィンドウを確認する。


 

【名前】ミドウテンリ

【職業】剣士(Swordman)

【レベル】7

【HP】460/460

【MP】122/122


【ステータス】

・攻撃力  :72

・防御力  :50

・俊敏   :58

・知力   :32

・精神   :40

・会心率  :6%

・行動速度 :1.10


【パッシブスキル】

・集中力


【戦闘スキル】

・斬撃

・月影斬

・後方跳躍


【模写眼スロット】1/3

・裂走


【装備】 ON/OFF

・俊足のブーツ(俊敏+5/移動速度+10%)

・初級剣士のロングソード(攻撃+10)

・軽鎧ジャケット(防御+8)



 ん、減ってない……?

 いや違う。

 これは、回復してるんだ。


 つまりレベルアップによる全回復。

 これまたアークスになかった仕様だ。


 それに今気づいたが、模写眼で覚えたこのスキル、MPがかからないようだ。


 なるほど。

 その代わりのクールタイムってことか。


 しかもレベルだってかなり上がってる。

 スケルトンを約13体ほど倒してこれとは、コイツらかなり経験値が高いな。


「カタ、カタカタカタ……ッ!」


 さらに奥からスケルトン。

 そして数体の女型浮遊霊。


 その数、さっきの二倍近く。


「これはさすがに危ないか」


 ミユを守りながらこれを相手するのは、少し骨が折れそうだ。


「ミユ、行くぞっ!」


 ここから退くべく、彼女に目をやった。


「……といて」


 体を丸めて俯く彼女が、小さく呟く。


「ほら、早く立って……」


「放っといてって……言ってるでしょっ!」


 ミユは途端に顔をあげ、大声を出す。

 その瞳からは大粒の涙が、今も尚止まらない様子。


 まさに絶望に沈んだ顔。


 そんな彼女に対して、俺は適切な言葉をあげられない。


 そんなのはもう分かっている。


 だけど――ケイタが今どうして欲しいのかは、よく分かる。


 死の淵に立たされても尚、彼女を想ったあの一言で。


 俺はその意志を引き継いだ。


 それが、俺が唯一彼にしてやれる弔いだから。


「そんなの、ケイタが許すわけないだろ!」


 俺は迷いなく彼女の手を取る。


「ちょっと、やめて……!」


「うるさい! 生きることを諦めるな!」


 ミユの抵抗を構わず、俺は彼女を引っ張って立ち上がらせる。


 カタカタと音を立て、明らかに距離が迫るスケルトンたち。


 気配を感じながらも俺は割目も振らず、一目散に走り出した。


 幸い移動速度はこちらが一枚上手。


 少しずつ距離が空いていく。


 俺は建物の角を強引に曲がり、狭い路地へと身を滑り込ませる。

 背後の金属音が、すぐそこまで迫っていた。


 その先――


 カタカタ……ッ!


 ここにも十数体の亡霊たち。


 だが、もうすでに交戦中のようだ。


 同じβテスター。


 彼らは少し高めの塀に登って、敵の群れを正確に捌いていた。


「スピリットアロー!」


 放たれた複数の矢が、スケルトンを貫く。


「アイスブレード!」


 そしてもう一人。

 手に持つ片手サイズの杖からは、氷で生成された刃が亡霊たちに飛んでいく。


 敵と対峙した佇まいや、その対応力。


 俺の知る彼らとはまるで別人だが、確実に俺の知っている人物たち。


「ミドくんっ!?」


「……え、テンリさんっ!?」


 気づいたのはこちらが先だったにも関わらず、反応は向こうの二人が早かった。


 そう、カズとシュエナである。


「すまない! 敵を連れてきた!」


 再会を喜びたいところだが、今は敵の殲滅が先。


「大丈夫だよ。僕たちもだいぶ戦いに慣れてきたからね」


「そうです。簡単にはやられません!」


 そしてそのまま戦闘に突入。


 まずシュエナとカズは、さっきのスキルで俺たちを追ってくるモンスターの数を減らしてくれた。


 パリンパリンッ――


「月影斬っ! ミユはここで待機をっ!」


 一閃の隙を突き、俺はミユの肩を押し、カズたちのいる塀下へ誘導する。


「……」


 彼女からの返事はないが、さっきよりも抵抗感は少なかった。


 これで少しは戦いやすいか。


「斬撃っ!」


 刃が金属の腹を裂き、スケルトンの胴体がひしゃげるように崩れ落ちた。


 パリンッ――


 剣士の初期スキルである斬撃で、みごと鎧まで真っ二つになった。


 ……なんだ?

 レベルが上がって強くなったのか?


 初めと全く手応えが、違うかったぞ。


 ピコンッ――


〈スキル:亡霊キラーを取得しました〉


 脳裏に何かが刻まれるような感覚。


 さっき明らかに手応えが変わったのは、もしかしてこのスキルのおかげ?


「……もう一発試してみるか」


 次もさっきと同じように斬撃を放つ。


 ガシィッ!


 スケルトンの胸骨を貫き、そのままポリゴン状に砕け散った。


「なるほど、こいつは……!」


 亡霊キラー。

 亡霊系モンスターへの与ダメージが上がる、か。


 間違いない。

 俺自身が戦う度に進化していっている。


 

 それからは均衡していた戦況が大きく覆り、圧倒的な殲滅力で、次々にモンスターを倒していった。


 カズ、シュエナの遠距離攻撃もあって、少しずつ戦いに余裕が出てきた頃。


「……ミユさん、大丈夫?」


 シュエナが塀上から声をかける。


「……」


 今でも彼女からの返事はない。

 ただ、初めの頃より顔はだいぶ上がっている。


「貴方の心境……きっとケイタさんのメッセージが関係してるんですよね?」


 優しい声。


「だったら生きないと! ケイタさんの分まで!」


「……」


「それが彼の願いなんでしょ?」


「……でもケイタがいないと、生きてる意味……ないから。それだけ……ワタシにとって、ケイタは特別、だったの」


 消え入るような声。

 ミユは思いの丈を小さく語る。


「だったら……君は知ってるはずだ」


 パシュッ――


 カズの矢がまた一体を貫いた。


「ケイタくんが、君をどう思っていたか。そして、何を望んだのか」

 

 そうやって言葉を紡いでいく。


「ケイタくんの気持ちも分かるよね? 君のことをどれだけ想っていたか。そしてなんのために、あのメッセージを残したのか」


「……」


 ミユは目を瞑り、静かに俯く。


「……ミユ、一緒にここから出よう!」


 俺も声をかけた。

 彼女が立ち直るなら今しかない。

 そう思ったから。


 すると、彼女の目がこちらを向いた。


「これからのことは、このクエストが終わってからでも遅くない。だからまずはここを切り抜ける!」


 ミユの瞳が揺れる。


 彼女が今何を思ったのかは分からない。


 ただ少しでも生きる希望を抱けたのなら、死なない理由を見つけられたのなら、


 それでいいと、俺は思う。


 それから、


 彼女はゆっくりと膝を伸ばし、立ち上がる。


 そしてその口が、確かな言葉を紡いだ。


「――風の精霊【ミュリス】、ワタシに力を」


 ミユの掌に風が巻き起こる。


 それに応じるように、翠の粒子が一つに集まり、小さな命を象っていく。


 精霊ミュリス――


 それは彼女が「もう一度戦う」と決めた正真正銘、再起の証だった。

 

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