象のためいき
艦橋の灯りはすでに落とされ、ホログラフィック星図だけが青い光を投げかけていた。操縦席をフルフラットにまで倒して横たわる彼女は、そろそろ自室で寝ようと起き上がる。
艦橋へのハッチがきしむ小さな音に気付き見上げると、パジャマ姿のセリアがのぞいていた。眠れぬ夜は彼女にとって珍しくなかった。
「美咲、まだ起きてる?お邪魔していい?」
「これから寝るとこ。と言うことは今日やることは済んだってことね」美咲は微笑んだ。「腕は痛まない?」
セリアは首を振り、副操縦士席でもある航法席に舞い降りる。「腕は調子いいわ!マーカスには本当に感謝している」
沈黙が流れる。窓外では無数の星が静かに輝いている。
「美咲、私が船にいて迷惑じゃない?」
「どうして?まあ、あたしに極端に短いスカートをはかせようとすることは迷惑か…。ああいうのは若い子にしかはく勇気がないものよ」
「でも、美咲に似合うよ!脚細くて筋肉質できれいだし」
「あ、ありがとう…あたしが迷惑になんて思ってないって、あなたなら読み取れるんじゃないの?」
「そうね…読み取るというより、流れ込んでくるの。でもその感情って、本当に生の感情で、理由まではわからないのよ。つまり、美咲が困っていることはわかっても、その困りごとの理由はわからない」
「さすがエンパス。あたし、困ってるんだな…」
「困るって、正確にはどの感情にも落ち着かない混乱みたいな感じ。きっと美咲のことだから、スワンズの次の作戦のことを考えているんだろうけど、なんか私が迷惑かけてるんじゃないかって思って」
「そう思っちゃったのね…」
「変な話なんだけど、狙いを定めないと他の人のいろんな感情が流れ込んでくるから、私が本当は何を感じているかわからなくなることがあるのよ」
「それはややこしいわね…はっ!」
「どうしたの美咲?」
「あ、あなた、その感情が誰のものかはわかるの…?」
「目の前でその人を見ているなら誰の感情かははっきりわかるけど、そうでない場合はある程度漠然としているわ」
「あ、ある程度…?なんか変なこと感じた事ある…この船でさ?」
「変なこと?エンパス的に?特にないかなぁ。時に、施設でも城でもあまり感じたことのないようなすごーく幸せな感情がふわーって沸き上がるのは、変と言うより新鮮な感じ。特に夜に」
美咲は頭を抱える。「そ、そうなのね」
「でもなぜそれが突然湧き上がるのかは不思議!」
理由はあまりわからないのか、と知って美咲は安どする。そうか、エンパスには感情を引き起こす理由まではわからないって言っていたわね。
「ん?どうして美咲が安心しているの?」
「うくっ!な、なんでだろうね…」
「感情ってね、どんなに訓練しても隠すことはできても嘘の感情を巡らすことはできないの。嘘の感情を作るとしたら、別のことを考えてその感情で上書きするという方法があるの。例えば、親しい人と別れて悲しいとしても、その人との楽しかったことを思い出して幸福で上書きすることができるの。エンパスは、そこまではわからない。一方、テレパスは考えを読み取るので、相手が意図的に何か嘘を考えていても、それが嘘かどうかはわからない。嘘かどうかで言えばね。」
「おおお~、よくわかったわ」
「でも、私はエンパスなだけではなくて、軽いテレパスでもあるわけ。つまり、相手が表層的に何を考えているかもわかる。ということは、違うことを思い浮かべて感情を上書きしていることがわかるの。だからさ、エンパスでテレパスの人って、相手の本当の感情がわかるのよ。もしかするとその本人以上に」
「なんか優秀な臨床心理学者みたいね」
「かもね。というか、無意識なだけで、P試験を受けたことがないだけで、優秀な臨床心理学者はエンパスでテレパスじゃないのかな」
「そうか、そういうことならあたしは幸福を感じてるわけか~」
「ん?私、幸せが流れ込んでくること、美咲の感情だなんて言ってないよ?あなたの感情なの?」
「え?あ?ん?…ダメ!もうその話は終わり!子供は寝る!」




