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母と娘の小宇宙

 セリアを救出してしばらくたった。とあるジャンプ・ポイントから主星に向けて航行するブラック・スワン、そのコモンズに二人分のマグカップ。ヴァレリーは珍しく落ち着かない様子で、カップの縁を指でなぞっていた。向かいの美咲は、笑顔を少しだけ崩し、焦らせないように待っている。

「…セリアのことなの」ヴァレリーが切り出した。「あの子、あなたにはなんでも話しているみたいでしょ?私には、少し距離がある気がして」

 美咲は短く息を呑み、そっと目を伏せた。

「ヴァレリー…」美咲は言葉を選ぶ。「セリアは、あなたに感謝してる。ただ、ね、長い時間があったから…どう見せたらいいかわからないみたい」

「わかってる。わかってるけど、私が気持ちを押しつけているのかもしれないって怖いのよ」ヴァレリーの指がカップを離れ、宙で止まる。「母親が娘を取り戻すということは、取り戻される側にとって負担でもあるでしょ」

 美咲の胸が痛んだ。板挟みの圧力が、肩に物理的な重さとなって積もっていく。「あたし…正直に言うと、セリアからいろいろ聞いてる。でも、ヴァル、あなたに全部は伝えられない。セリアとの友人としての約束があるからからさ」

 セリアからの打ち明け話—怖かった夜、嬉しかった瞬間、母に言えない小さな不安—が脳裏をめぐる。潜入捜査の嘘より、セリアから聞いた話を母であるヴァレリーに伝えないという嘘の方が、はるかに美咲の心を痛めつける。

 ヴァレリーは心ここにあらずと言う様子でうなづく。

「そもそも、この船に乗せていていいものかしら。どこかの惑星に落ち着くべきかしら。正しい教育コースへ線路を変えるとしたら、大学進学の時点からかな」

「セリアは、母親のあなたと一緒にいられることが本当にうれしいようよ。それに、マーカスをお父さんのように思っているし、あたしを親友のように思ってくれてる。エリックに至っては、学校の先生のように思っているみたいよ…なんの教科かしらないけど」

 ヴァレリーは苦笑いする。「偽物の家族を欲するほど、本物に飢えているのかも」

「どうかな。セリアはむしろ、あたしたちを本当の家族と思ってくれているようにも思うわ」

 二人の間に沈黙が落ちた。


 その時、セリアの精神はそっと波打っていた。船の反対側にある艦橋、その中央の船主席、セリアの艦橋での居場所。自分の居場所を主張する飾りリボンに触れながら、彼女は目を閉じて耳でなく心で聞いていた。強い感情の輪郭—不安、葛藤—が、あたたかくも切ない色で胸に届く。出所の異なるこの二つの感情、母親と美咲であろうとセリアは気づいた。

 気づくのが遅れたのは、私の感情のほうだ。私が自分自身の感情に向き合っていなかった。

美咲が良く言っている。善は急げだ。セリアは意を決し、艦橋を出て明かりがついているコモンズに走りこむ。


「お母さん!」照れくささに耐えつつ、彼女はまっすぐ言った。

「セリア!聞いていたの…?」

 セリアは肯定でも否定でもない、中間のように首を振る

「ありがとう。私、うまく言えないけど…毎日、安心してる。ここにいて、あなたがいて、みんながいて。私のわがままに見えるときも、ほんとは…うれしくて困ってるだけ」

ヴァレリーの瞳が揺れ、唇が微かに震えた。「セリア…」

「それとね」セリアはくるりと美咲のほうを向いて、最大級の笑顔を咲かせた。「美咲は、私のいちばんの親友。いろいろ黙っていてくれてありがとう。服、また貸してね。大好きよ!」

セリアはもう一度ヴァレリーの前に立った。「ごめんね、冷たく見えるとき。ほんとは恥ずかしいだけ。これから、ちゃんと言うね」

 ヴァレリーは堪えきれずにセリアを抱きしめた。美咲は二人を見つめ、肩の重さがふっと軽くなるのを感じる。板挟みの苦さは、秘密のまま消えたわけじゃない。けれど、伝わるべき想いは、言葉より早く心に届いていたわけだ。不器用な母娘だが、美咲は心のどこかで懐かしさを感じていた。むしろ、家族を欲しがっているのはあたしかもしれない。美咲はそう思った。



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