プレリュード・ミステリオーソ 神秘的な前奏曲 2/2
作戦の日、「ズィンク」というジャズ・バーは満員だった。ELCの公演は星系全体のひそかな話題となっており、セリアも姿を現すはずだった。彼女は17歳だったが、貴族の養女として特別に入場を許されていた。
マーカスは臨時バーテンダーとして潜入し、常連を装ったエリックとヴァレリーに目配せした。美咲はバックステージで音響技師の助手を演じていた。
「ターゲット確認」マーカスが小型通信機で囁いた。「VIPテーブル、青いドレスの少女。警備員4名」まだ若いのに、彼女はヴァレリーの華やかさを身に着け始めているとマーカスは気づいた。
エリックはヴァレリーの手を握った。「今だ。思い出せ。君の娘への気持ちを全て」
ヴァレリーは目を閉じ、15年間抱き続けた思いを解き放った。会いたい。守りたい。愛している。単純で強い感情を、息を殺すように心の中で叫んだ。
ステージではELCが熱演を繰り広げていた。セリアは音楽に聴き入っていたが、突然、何かに気づいたように体を強張らせた。彼女はゆっくりと周囲を見回した。
「反応あり」マーカスが静かに言った。「彼女は感じ取った」
セリアは席を立ち、警備員に何か言った。トイレに行くようだ。警備員の一人が彼女に付き添って歩き始めた。
美咲がバックステージから素早く動き、女子トイレに先回りした。セリアが入ってくると、美咲はカウンターで化粧をしている素振りをしていた。警備員は外で待機している。
「セリア」美咲は鏡越しに静かに呼びかけた。
少女は驚いた表情を見せた。「あなたは...あの感情の...?」
「あなたのお母さんがここにいるわ。あたしはあなたを助けに来たの」
セリアの目が大きく開いた。「本当に?でもどうやって...」
美咲は手早く小さなバッグから別の服を取り出した。「これを着て。早く」
外では、マーカスの合図でバンドが予定通り「即興セッション」と称して、事前に仕込んだ観客たちが興奮して踊り始めた。その混乱に乗じて、エリックは雇った男たちに合図を送った。バー内で計画的な乱闘が始まった。
「何だ!」セリアに付き添っていた警備員が中を覗き込もうとする瞬間、美咲はドアを開け、変装したセリアを連れて「危ないわ!」と叫びながら通り過ぎた。
混乱の中、美咲とセリアはバックステージへ向かい、そこで待っていたヴァレリーと合流した。母と娘は一瞬見つめ合ったが、感傷に浸る時間はない。
「セリア!会いたかった」ヴァレリーは静かに言った。「今は逃げるのよ」
マーカスはバンドメンバーを安全に裏口まで誘導し、そこに美咲たちも合流した。「ファンを装え」彼は指示した。
ヴァレリー、美咲とセリアはバンドの熱狂的ファンのように振る舞い、外に控えていた警備員たちの前を通った。マーカスはあらかじめ彼らに贈賄していた。
「未成年を連れ出すのか」一人の警備員が小声で言った。「余計なことは見てないことにしておくぜ」
美咲は、自分も未成年扱いされたと気づき、一瞬頭に血が上るが、なんとか踏みとどまった。
彼らは待機していた車両に無事に乗り込み、宇宙港へと向かった。
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ブラック・スワンの中、ヴァレリーとセリアはようやく向き合った。
「あなたが...本当のお母さん?」セリアの声は震えていた。
「ええ」ヴァレリーの目には涙が浮かんでいた。「ごめんなさい、こんなに長く会いに行けず...」
二人は抱き合い、15年の空白を埋めようとした。しかし、その時、マーカスが何かに気づいた。
「セリア、その腕輪は...」
セリアの左腕には、装飾的な金属製の腕輪がはめられていた。「これ外出時には必ずつけさせられて...外すなと言われているし、実際に自分では外せないの。カルディナル男爵が...」
エリックが素早くスキャナーを取り出した。「トラッキングデバイスだ。それだけでなく...」
「何かの注入システムも内蔵されているように見えるわね…毒物かも」美咲がスキャン結果を見て言った。「無理に外そうとすると作動する」
「どうすればいい?」ヴァレリーは焦りの表情を見せた。
セリアは突然、マーカスの方を見た。彼女はマーカスの思考を感じ取っていた。
「あなたの考えていること...できますか?」セリアが尋ねた。
マーカスは重々しく頷いた。「可能だ。だが痛みを伴う。最小限にできるがね」
「何の話?」ヴァレリーが混乱した様子で尋ねた。
「腕を...切断して、装置を取り除き、再接着する手術だ」マーカスは静かに説明した。「船の医療設備なら可能だ」
「冗談でしょ!」ヴァレリーは叫んだ。
「お願いします」セリアは決意を固めた様子で言った。「これを取らない限り、私たちは安全じゃない」
「急いで。あたしは出航の準備する。デバイスを外したらすぐ離床する。」
医務室でのレーザー手術は速やかに行われた。マーカスの軍医としての技術は確かだった。セリアは強力な鎮痛剤の効果もあり、驚くほど冷静だった。
「もう少しで終わる」マーカスは汗を拭いながら言った。
腕輪が取り外され、それは小型の遮断容器に入れられた。マーカスは高度な医療技術を駆使して、セリアの腕を元通りに接合していった。もちろん、完治するまでにはしばらくかかるだろう。傷も残るかもしれない。それでも美咲は安堵せざるを得なかった。
「よかった...首に付けられていなくて」
手術が終わり、セリアがベッドで休んでいる間、四人は艦橋に集まった。
「どれくらい追われる?」マーカスが尋ねた。
「カルディナルはセリアが逃げたことに気づくだろう。腕輪のトラッカーが遮断されたことはわかっているはずだ」エリックは分析した。「すると、この離床ベッドももちろん特定される。つまり、この船も特定される。だが、離床後の行先はわからない」
「まずはアルセスト星系から離れましょう」美咲は言った。「すべてはそれからな」
ヴァレリーは医務室の方を見た。「彼女は...本当に強い子ね」
「君に似てる」エリックは静かに言った。
「離床する」美咲は告げて、スロットルを上げる。「エリック、周辺監視を、ヴァレリーとマーカスはセリアについていてあげてね」
「アイ、マム!」
「カルディナル男爵は諦めないだろうと思うわ」美咲が言った。「セリアの知る情報は彼にとって致命的だろうから」
「私のことを殺そうとするでしょう」セリアは冷静に言った。「でも、情報を当局に渡すつもりはありません。それをすれば私の能力が表に出て…お母さんにもみんなにも迷惑がかかる」
「心配するな」マーカスが彼女の肩に手を置いた。「我々が守る」
「男爵のところには私のほかにも仲間のテレパスがいたの。彼らはどうなるの?誰も彼らを守ろうとなどしないでしょ?」
「確かにそうだ」マーカスはうめく。「今は彼らを救う方法はない…」
ヴァレリーは娘を見た。「あなたにはたくさんの選択肢があるはず。安全な場所に—」
「ここにいたい」セリアは静かに、しかし強い意志を持って言った。「お母さんやあなたたちと一緒に。私にもできることがあるはず。できることを考えたい。仲間のためにも」
「あなたの能力は...どこまで使えるの?」
「私はエンパスでテレパス。距離があっても感情を読み取ったり、時々思考の断片を拾ったり。でも練習すれば、もっとできるかも」
「いい覚悟ね!わかったわ。あなたを見習いクルーにしようじゃないの。あなたの大切な役割をしっかりと果たしてね」
「ありがとう!私いろいろと学びたい」セリアは、自分の意思で自分の居場所と役割を勝ち取ったことに誇りを覚えた。そしてそれを感じ取ったヴァレリーもまた喜びを覚えた。
「それにしても、あたしもあなたに感謝しないといけないわ、セリア」美咲は真面目な顔でつぶやく。
「え?」
「ELC、よかったわぁ。ああいう激しくも優しいジャズ、あたしの好みなのに、どうして今まで知らなかったんだろ。ELCに出合わせてくれて、セリア、とっても感謝してる!」
「あああーーー!!」
「どうしたの、セリア?!」ヴァレリーが慌てる。
「サインもらい忘れた…それにどさくさに紛れてルークに抱き着いておけばよかった…」
ブラック・スワンはアルセスト星系から飛び去った。今回は全員が感じていた。これはあらゆる意味で序章に過ぎないということを。




