秘匿回線、開放中!
図書館。ビーとドロシーは期末試験のための勉強を終えて帰っていった。
あたしは、周りに人がいないことを確認し、もう一つの気がかりへ取り組む。人口変動のこの学校への影響だ。以前から目に留めていた、本学の歴代の卒業アルバムを手に取る。この国、個人情報の保護の観点が強く、ネットに載らない情報が多い。だから、卒業アルバム、ネットで見たことない。
まずは10年前のディレクトリーを探る。記載されている卒業生について、ランダムに拾い上げて、片っ端からネットで検索する。すると、どうもサンプルのうち10%くらいの人がその後の所在を追えない。どういうこと?5年前だと、どうかしら。所在不明率は4%以下。ふむ、所在不明なのは必ずしも人口変動そのものではないけど、本学の学生が人口変動に巻き込まれているという仮説について、検証計算ができる自信がついた。
検証可能なことしか、AIにやらせないというのは情報局で叩き込まれた。あたしはカバンから取り出した親指の先ほどの耳栓式インカムを右耳に詰めて、巡視船への秘匿通信回路を開く。
「ザビエラ?」あたしは誰にも聞かれないような小声でささやく。
「お呼びですか、少尉」彼女は、インカムを通して、あたしにしか聞こえない音量で話す。
「頼まれごとをしてくれない?」
巡視船の大型AIザビエラとつないで、各年の卒業生を拾い上げて彼ら彼女らのその後を自動検索させるプログラムを組んだ。あたしが図書館員の死角で順次卒業アルバムを撮って氏名を拾い上げ、平行してザビエラはプログラムを動かす。うーん、なんだかちょっとだけスパイ感があって、気持ちいい。なんかあたし、仕事している!
調査が進んでいくとやはり、年ごとに所在不明率に大きな変動があることがわかった。というか、ほぼ10年おきに、所在不明者が多くなるのだ。
「やっぱ、眼鏡先生すごいな…本当に人口変動みたいなものあるじゃん」あたしは思わずつぶやく。
「中佐の発見した変動幅より、少尉の発見した変動幅の方が濃縮されています」
「つまり?」と言いながら、ザビエラがあたしの言う眼鏡先生が中佐だと理解したことに気づいたが、藪蛇になりかねないから何も言わないことにしておく!
「中佐の仮説が証明されただけでなく、その現象が少尉の潜入している高校の人材プールにさらに色濃く表れているということです。原因の特定に近づきつつあるということです」
「そうね。そうだとすると、この高校へあたしを潜入させたジェンキンス中佐の見立ても正しかったということ?なんか情報局の意思決定プロセスってすごい適切なんだな…」
「加えて、あなたの成果でもありますよ、少尉。実際に調査の進展にまで至ったのはあなたですから。自信を持ってください」
なんでザビエラにおだてられなければならないんだ?
「誰でもやることじゃない?こんなこと」
で、いなくなっている子たち、優秀な選抜クラスの子が多い。少なくとも健康。小柄すぎる子も、太りすぎの子もいない。どういうことかしら。
そしていなくなっていることについて、ネットには特段のニュースがみあたらない。父兄などが騒いでいる様子もない。
なんなんだろう、この違和感。あたし、何か見落としていないかしら?
…げ!そういえば、明日は近現代史の小テストだった。中間試験前の最後のやつ。あたしのスパイらしい胸の高鳴りは、現実に引き戻されて一気に覚める。
その時、誰かが、この誰もいない図書館に入ってきた。あたしは、卒業アルバムが机の上に広げられたままになっていないことを確認してから、念のために書架の陰に身をひそめる。
入ってきたのは、学級委員長の桐野レオだった。あたしが座っていたあたりにたどり着くと、きょろきょろと周りを見渡す。あたしの何かを探りに来たのか。いや、ザビエラへの秘匿通信を彼が探知できるとは思えない。
では、誰かを探しに来たのか。レオは見目華やかなビーに興味を持つタイプではないと思える。とすると…
「レオ!」あたしは図書館で上げてよい声の最大の音量で声をかける。
「うわぁ!」彼は絡まったような姿勢のまま飛びすさる。彼、真面目なんだけどなんか面白いのよね。
「何驚いてるのよ。誰かを探しに来たのでしょ?」
「え、あ、まぁ…」
ふむ。その反応は、あたし自身を探しに来たわけではないということか。そもそも、レオはあたしが演じる清楚な女子高生も、本当の姿であるはねっかえり娘も好みではないはずだ。ということは…
あたしが口を開く前に、一つ咳ばらいをしたレオが、おもむろに口を開く。
「メグ、昼休みから見当たらなかったよね。一人で悩まなくていいんだよ」
「は??」何言っているのさ?
「どこのグループにも属せず、君のお友達も浮いていると言えば浮いている。居場所がないんじゃない?」
そんなことはない。ビーとあたしが中心となって形成する小さなグループは、どちらかと言うと成績のいいグループと距離が近く、オタクのドロシーとクラス外の人気者サムがいることで独自の位置を築いている。むしろ…
「レオ…あんたが浮いてるんじゃない?」
「ふやぁ?!」猫をつぶしたような声をあげる。
「あんた無理して中立で居ようとして、よくわからない立ち位置になっているんじゃない?」
「そんなことあるわけないだろ!」図書館の壁に声が響く。
ま、こういう苛烈な反応は、たいていは図星ってこと。
「あたしはいいの。どうにでもなるし、そもそも一人でいることも好きだし。あんたは?」
「ぼ、ぼ、僕は中立でなければ…」
「あんたは分け隔てなくいればいいだけで、普段過ごすのは気にいった人と一緒に居ればいいんじゃないの?」
「…」
「あんた、ドロシーの事が気になっているんじゃないの?」
「ふごぁあ!」こいつは動物か?
「最近あの子よく笑うし、実際によく見るとかわいいもんね。それに結構家庭的よ?数学は不得意なのに、お菓子作りの目分量ははずれがないわ」
わざわざドロシーの苦手科目も教えてあげたが、レオはその意図に気づかないようだった。
「紹介しよっか?」
彼は目を白黒させて、もしかしたら三十秒くらいは挙動不審者になっていた。しかし、どこにも逃げ場がないどころか、そもそもチャンスが転がってきていることにようやく気付いて、彼は言葉を発した。
「…はい」
かわいいな!こいつ。
あたしはレオとしばらく話をした。どうやら、ドロシーはレオの幼馴染らしく、小中学校は別々だったものの高校で見かけて思い出したようだ。なんのこっちゃ、そもそも知り合いなのか。もともと内気な子ではあったドロシーを、レオは気にかけていたが、学校に来なくなりかけていた彼女をビーとあたしで引き戻したことについて感謝しつつも戸惑っていたらしい。レオが自分の役割を果たせなかったと感じてもいるようだし、今の彼女の明るさにも違和感を持っているようだった。
「別に暗い子でいてほしいわけじゃないけど、今あれだけ明るくふるまっているのが意外過ぎて。君とビアトリスがドロシーに無理させているかもって心配だ」
「急な変化だからね。そう思うのも無理ないか」
とはいえ、ドロシーに暗い子を演じさせ、その彼女を助けるという役割をレオが気に入っていたとしたら、それを繰り返させはしないぞ。システム論的に言えば、これまでの関係を続けるためには、ドロシーが変化した今、レオも変化せねばならない。もっとも、ドロシーが無理をしている可能性は気に留めないといけないけど…あのモールでの様子なんかを見ても、無理している気はしない。
これを説教なんてするより、実際に体験してもらって、レオに成長してもらうべきだな!
「あんた、ドロシーと話してみなよ。今度、みんなで海に行くからさ。サプライズで登場してみたらどうかしら」
「う!なんかそういうの苦手だな…」
「苦手ならチャレンジして克服するの!そんなこと人生にはいっぱいあるんだから、安全な所でチャレンジするのよ!わかった?!」
彼はあたしの勢いに押されてうなずいた。
ふと耳に詰めたインカムから、ザビエラの声が入る。う!そういえば秘匿通信回路を開きっぱなしだった…。
「少尉、同級生に成長を促すなど、少尉自身も成長しましたね」
ザビエラの声はレオに聞こえていないとはいえ、なんだか焦る。あたしはレオに気取られないように、了解を伝えるために、耳に詰めたインカムを爪で二回たたく。
「でも、開けた海に行かれるなら、情報局の潜入規程に従い高空にドローンを飛ばすことになると思います。ぜひジェンキンス中佐には一報入れることをお勧めします。情報局員として、巡視船見学ツアー以来の成長をお示しくださいね!」
なんだかザビエラもあたしの保護者めいてきたな…。




