同盟結成!
あたしは、夜中に街に出る。ぬるま湯のような空気を泳いで、こっそりビールを買いに行く。あたしは大人だから、酒を飲んでもいいのだ。特に、杉山先生と話をしてへこんだ日は、それくらいしてもいいのだ!今のあたしは、メグと呼ばれる高校生の柿崎マーガレットではなく、少尉とも呼ばれる本條美咲なのだぁ。
あたしは、地元警察の巡回路からも外れる、通学路から道一本だけ裏に入った薄暗い通りの自動販売機に向かう。初日の偵察で見つけておいた、AIとかカメラとか無粋なもののついていない、普通の奴。機械に目と鼻と口を付けるような、無駄なテクノロジーは使わないに限る…今回の場合は、面倒を避けるという意味合いが強いが。
ヒートポンプのファンの唸りをBGMに、あたしは迷いもせず、500mlの缶を選ぶ。なるべく香りの強い、IPAに近い奴。
その時、後ろに人影を感じて、あたしは自動販売機のガラスに映る相手に振り返りもせず告げる。
「何よ、チクるつもり?パトリシア?」
「いや、あんたが澄ましてていけ好かないから、からかってやろうと思ったのさ」
振り返れば、スポーツバッグを肩にかけ、黒のジャージ姿のパトリシアが無防備に立っている。
「バットを持ってないあんたに、あたしが負けると思う?」実ははったりであることはあたしも十分わかっている。あたしは体格に劣るから、あたしを舐めてかかるやつに、冒頭でショック戦術的に勝つしかない。そうでない場合は、舐められないように開き直って虚勢を張るしかない。
「どうかな。それに、そんな気はないね」
なんか晴れやかな声が夜の空気に消えていく。パトリシアは男性のように組んでいた長い腕をほどく。短い黒髪に縁どられた顔には、街灯の光を受けて妙に白い歯が目立つ。
「どういうことよ?」
「そうしてるあんたが本当なんだろ?」
「まあね」
「そうだと思ってた!」その声はますます晴れやかだ。
「そうなの?いつから?」
「あんた、杉山先生に頭突きしようとしたろ?」
「え?ああ、あいつが止めに入ったときね。あんた、よくわかったね。あたしが頭突きしようとしたこと」
「まあ後ろから羽交い絞めにされたような場合には、動く頭を使ってする攻撃としては喧嘩の常とう手段だからな」
「あんた、よくケンカするの?珍しいね、この学校でさ」
「取り澄ましたりカッコつけたりしているやつが多いから、腹立つんだよ。本当の生き方してないだろ。見ていてむかつくんだ」
わかる。おそらく不器用なパトリシアは、直情的に彼女にとって正直な生き方をしているのだろう。
「まあ、そういうことで言ったら、あたしもあんたがむかつく生き方してたかもね…」本当の生き方してないって意味で。ま、潜入捜査しているっていう意味であったとしても。
「あんた、よくケンカしたってことだろ?出身地でさ」
「まあ…ラフな土地柄だったしね。」
「なんで、なんかこう、いつもは取り繕った態度でいるんだ?」
「どうして取り繕った態度だと思うのよ、パトリシア?」
「あんた、普段は似合いもしない髪型で澄ましている のに、時々えらい鋭い目つきするじゃん」
案外よく見ているのね。
「取り繕っている理由はあるのよ、一応。」
「あたしは、取り繕ってないあんたは、あるいは普段は取り繕っていることをわかっているあんたには、何にもない。むしろ、仲間みたいなもんさ」
「あんたとつるむつもりはないわ、パトリシア」
「そんなつもりはないぜ、マーガレット」
あたしは心の底から笑った。「知ってる?あたし、あんたのこと嫌いじゃないよ。まあ、一緒に服買いに出かけたいとはあんまり思わないけどさ」
彼女も笑みでそれにこたえる。「お互い、フリフリの服を着るタイプじゃないしな」
パトリシアが、フリフリの服を着ていることろを想像してしまい、あたしは飲んでいたものを噴き出した。「やめて、ウケる…」
あたしは笑いながら、身を震わせた。あたしにもフリフリの服なんてありえん!
お互い、ひとしきり大笑いすることになった。相当夜の街で迷惑だったろう。深呼吸で街に静寂を取り戻させる。
「ねえ、パトリシア、一緒に秘密を作る?」
「どういう秘密だよ?酒なら飲まないぜ。自分が価値を置かない反抗はしない主義でね」
あたしはますますパトリシアに好感を持った。
「あたしとあんたが敵対してないってみんな知らないじゃん。そこが秘密じゃん!」
「いいね。秘密を共有した同盟ってこと?」
「そうそう!そんな感じ!」
「で、なにするのさ?」
「なーんにもしない!」
二人して改めて大笑いした。でも何もしないことこそ、秘密なのだ。
彼女には好きだという変わった味の炭酸飲料を買ってあげる。パトリシアとあたしは道端で話し込んだ。あたしはビール片手に胡坐をかいて座り込み、彼女は道路端の縁石に腰掛ける。夜目にひいき目で見ると、背筋を伸ばして膝を抱える彼女は、歌劇の男役のようだ。皮肉気にゆがむ口元さえ除けば、素直にも見えるのに。
よく聞いてみると、彼女がソフトボール部にいるのも、親が有名な選手であって周囲に期待されたからだそうだ。本人はむしろ、格闘技の方にこそ興味があり、この夜だってこっそりジムに通っていたらしい。危ない!この子、全然素人じゃなかった…あの校舎裏の出来事は、むしろ格闘ができることを隠すためにバットを扱い、そもそもそのバットが本当に形式的な威嚇用だということが本当だと知れた。
ああこれは、暗黙の親とソフトボールへの反抗かも…。あの出来事でパトリシアが攻められることになれば、結果的に親やソフトボールへ火が飛ぶ。彼女はそれを無意識的に理解していたのか。ご両親の話を聞くに、厳格ではあれどもパトリシアの事を考えての彼女への態度だと思えた。そういう意味では、彼女は正しい反抗期を過ごしているというところか。
思い返せば、あたしは両親を知らずに育ち、反抗期の向けようもなく社会にぶつけ学校にぶつけ、勉強にぶつけたか。親友のヴァレリーがいなかったらどうなっていたか。あたしはそれでも社会を支える実力組織に身を置いたわけだが、それはあたしの反抗期の裏返しなのか。
それは後で考えよう。
「ところで、あんたそれで、どんな格闘技やっているのよ、パット?」
彼女はあたしの知らない、おそらくはこの国固有であるような格闘技の名前をいくつか挙げ、それらの技のいくつか実演して見せてくれた。非常に実践的かつ攻撃的で、相手を一撃で無力化することを意図するものが多かった。そのうちいくつかは連邦では一般的ではない膝やくるぶしを狙ったもので、大変トリッキーでありながら興味深いもので、なにより人体構造に無理がなかった。あたしはそれを頭に叩き込んだ。
「メグ、あんたはそんなに実は格闘得意じゃないでしょ」
「う、わかる?経験者にはわかるわよね…」
「でも何か、えらく実戦的だし、戦いには慣れている感じに見える。本当は何が得意なのさ」
「え、あたしはやっぱり突撃銃…」
うげ!突撃銃が得意な女子高生いるわけないじゃん!
「いやあの、あたしの国では一通り銃も教えるのよ…」
「ふーん」パトリシアは、車が通りすぎるときのような抑揚がない音を出す。「私は頭良くないからさ、こんなことかなあんなことかなと勝手に納得しないわよ。つまり、なんかあんたが嘘ついていると素直に思う」
「うぐ!正しいわ。ごめんなさい…それ以上は言わせないで」
なんかついつい元の高校時代のラフな土地柄を思い出したのか、口が滑ってしまった。本当にパトリシアには申し訳ない。
「なんか、あんたには妙な秘密があると思ってた」
「そ、そうなの…」
「いいわ、約束する。あんたの秘密は誰にも洩らさない」
あたしは、彼女の真剣な声の調子に思わず背筋を伸ばし、約束という言葉がこの国で持つ文化的重みに気づき息をのんだ。こんなにはっきりと約束をされたことはないし、それが一方的になされる事がサスカチュワンでどのような意味を持つか想像しかできなかった。
「え!そんなこと約束するなんて…ちょっと重すぎじゃない、パット?」
「そう?自己犠牲的な何も代償を求めない約束って、高潔な行動だってわかってくれる?それをあんたに向けようというのよ。それが適切な気がしてさ」
「なによそれ、すごい泣けるじゃん!あたしもあんたになんか約束する!」
「それじゃ取引になっちゃうじゃない、メグ。子供じゃないんだからさ。私が気高く無償の約束をしようっていうのに、水を差すというの?」
「そっか、そういうことなのね。それはとっても失礼よね。パット、ごめん。でも何かあたしも約束させてほしい気分。そうだ、サスカチュワンに対して裏切らないことにする!」
「大きく出たな!まあそれならいい…のかな」
「あたしね、ホントは大人。サスカチュワンには経済を調べに来たの。」
あたしは、サスカチュワンの経済に闇経済が潜んでいるのではないかと言う疑念をもって、それを探りに来た。闇経済自体は、変な話だがあってもいいし、税金も払っている。しかしその負の面が星系外にまで波及するとなると、それは連邦の関知する不正ということになるのだ。
「不正をかばうことはおかしい。でも、サスカチュワンが不正をしているように見えて実はそうではないという考えを捨てないわ。何か正当な理由があることを、あきらめずに調べるということよ!」
「確かにあんた、数学得意だし、そういう理由で送り込まれたということなのね。私としては、なぜ高校生をやっているのか不思議で仕方ないけど」
「うぐ…それは上司の命令なのです…あたしは反対したんです…。そして…まだ調査は継続中」
パトリシアはしばらく黙っていた。あたしの言うことを信じてくれないのかな、と思い始めたころ、彼女はこぼした。
「道理で、あんたの生き方、参考になると思ってた。」
「ふえ?無様すぎてどこも参考にならないと思います…」
「いや、さすが一度は高校生活をくぐっているだけあって、虚飾も虚栄もないし。なんかあんたには確固たる自我を感じるのよね。それが、実は格闘技の根幹にも通じるところがあると思うの」
「少しでも役に立っているのならよいです…」
というか、この子、そんなことまで考えてすごくない?ただ自分の事だけを無我夢中にこなしていた自分自身の高校生時代を考えても、ずいぶんと開きがある。
「ああ、あんまりあんたって言っちゃいけないね、メグ。人生の先輩だもんね」
「そんなもんどうでもいいわ。パット、あんたが素晴らしいんだもの」
あたしは彼女を抱きしめた。
「おいおい、こっちはそんな趣味はないぜ!」
「同盟だからいいの!」
彼女の鼓動を腹で感じ、あたしの鼓動を額で感じさせる。頭にキス。
「そうポコポコ誰にでもキスするのもやめたほうがいい。誤解される」
「誰にでもするわけないじゃん!あなたも誤解するの?」
「え?」
「誤解でも正解でもどっちがどっちでもいいわよ!」
「え」
彼女は夜目にもわかるほど赤面した。
ようやくパトリシアを困惑させることができた。彼女を女の子に戻せた。
「ふふふ、あたし、案外あなたのこと好きよ」
「そうポコポコ好きって言うのも…」
私は彼女の口をふさぐようにさらに強く抱きしめた。清廉な彼女は、その表現型が特殊だっただけで、純粋そのもの。そんな子を好きである人が一人でも多い方が良いに決まっている!




