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幕前 プレリュード・デッリンディーツィオ 手がかりの前奏 2/2

 そしてあたしは気づいていた。天涯孤独な自分であって、暗に自分の居場所を確保したいという思いがあって連邦捜査局へ志願した。同期との訓練課程は、あたしに非常に重厚な居場所を提供してくれた。それが、局自体からの要請で思わぬ早期に同期と離れることにはなったが、ある意味では局自体を新たな居場所とあたしが感じたからか、あたしの体は恐怖にすくむことはなかった。それでも同期との離別が具体的に想起されて、あたしはそこまで大きな存在となった同期たちの存在に感謝しつつ驚いた。


 出発まで日が迫ってきたとき、同期のジャスパー・ジョーンズ少尉がやってきた。訓練の最終課程で忙しいだろうに。時間を見つけてくれたようだ。

「美咲、時間あるか?」

「ジャス、なんだかお久しぶり。元気していた?」

「もうすぐ出発だそうだな」

「ええ、なんかあまり実感わかないけど」

「髪も伸ばしたんだな」

「そうなの…任務では、その方が無難らしいから。似合わないと思うんだけどね…」

「…賭けは君の勝ちだな」あたしの胸の上の鎖骨のあたりをこぶしで叩く。あたしはちょっとだけよろめいた。

「ジャス、それはなんだっけ?」

「君と俺とで、どちらが訓練をより優秀な成果で終えられるかという競争をしたろ?」

 ジェスは間違いなく、最優秀の訓練生の一人だ。最初期の訓練の対人関係構築では確かに最優秀だったあたしが、なにかジェスの気を引いたのかライバルと言うことになっていたが、実際は勝負になっていないのは目に見えていた。あたしは相変わらず、できることとできないことがはっきりしていたし、何よりどう鍛えても華奢な体は彼に体格で大いに劣った。

「それならジャス、どういう意味であってもあなたの勝ちだと思うわ」

「何を言っているんだ?こんな早くから潜入任務に抜擢なんて、君が局から最も期待されてる新人と言うことさ。優等の成績がどうこうなんて関係ない。局のこの判断が、君の勝ちを示してる」

「そう思ってくれるのはありがたいけど、この潜入、あたしの訓練の続きみたいなところがあるらしいわ。だから、あたしだけ居残り訓練みたいな?だから、あたし、むしろ、成績はビリに近いんじゃないかしら」

彼はため息をついた。「君は…どうしてそう清廉潔白なんだ」

「へ?」

「飾らず、正しく。おごらず」

「ちょっとちょっと、突然何を言うのよ。別にあたし、そうしたくてしているわけではないし、何と言うか普通にしているだけじゃない。バカ正直を逆手にとって、開き直っているだけ」

「その自然体が、ますます素晴らしいじゃないか。それに君が努力と鍛錬を続けていたことも知っている」

「どうしたの、ジェス?あなたそんなことを言う人だったっけ?」

「君がどうしてそういう人になったのか知りたい」

 あたしの生まれはむしろ良くない。親がなくなったことをきっかけに孤児院に世話になったが、奨学金を得ることになって、ようやくスラムを出た。高校時代に自分で自分を叩き直してどうにか半人前くらいまで取り戻したところを、自立のために連邦情報局に入ったというわけだ。聞きたいというなら、隠すような話ではない。あたしはそのあたりをかいつまんで話した。

「俺はなんてすばらしい仲間と競っていたんだ!美咲、俺は感動している!」

 親に愛されて育ち、有名な大学を出て情報局入りし、将来を嘱望されているジェスとは大違い。ジェスがあたしをライバル視したとき、あたしはそれを理由にジェスに勉強を習いに行った。対等なライバルと戦いたいんでしょ、という言い訳を使って。ジェスもそんなあたしに勉強を教え、鍛錬にも付き合ってくれた。だから、あたしたち二人は仲が悪いわけでは全くなかった。

「なに?惚れた?」

「わからん!」ジェスは気持ちいいくらいの大声で言った。「俺は君をライバルとして尊敬していたことに気づいた。そもそも、俺は異性として好きになってもいいと思えない相手を自分の人生の登場人物にはしないがな」

「こらこら、なんかセクハラやパワハラ起こしそうな考え禁止よ」

「要するに、好きを包含していてもおかしくないような好印象を君に持っている」

「あなたも正直ね。あたしが潜入を終えて会う機会があったら、一緒に考えようよ、ジェス」

 ジェスのほほに軽いキスをした。

 ジェスはあたしを抱きしめた。「美咲、危険が少ない潜入捜査とは聞いているが、安全を祈っている」

「ありがと」

「君は若く見えても、高校生のように新陳代謝は活発ではなくなっているからな。特に食べすぎには気を付けるんだぞ!」

「ぐは!せっかくいい雰囲気なのに、あんたは何てことを言うの…あたしってなんなの」


 準備をすべて終え、もう明日にはヴァグァを発つ。サスカチュワン星系までは超長距離ジャンプを含めて4回で、おおむね一月かかる航程だ。あたしは心残りを片付ける。それは同期で、訓練中のパートナーだったエスターに話せねばならないこと。

 あたしは、彼女との相部屋だった寮の一室を訪ねる。「エスター?いる?」

 いきなりの訪問であったのに、彼女は満面の笑みであたしを迎える。カールした短い金髪に縁どられた笑顔は、いつもの通りひまわりを思わせる。

「美咲、お久しぶりね!どうしたの?元気してた?」

 女性らしいにもかかわらず筋肉質であたしより大柄なエスターは、有無を言わせずあたしを他に誰もいない部屋に引き込む。どうやら、あたしが潜入準備のために部屋を出てから、特に新たなパートナーはアサインされなかったようだ。まあそうか、訓練課程も終盤だしな。

「ごめんね、ご無沙汰していて。約束守れなかったこと、謝ろうと思って」

「約束?」

「ほら、突撃銃の訓練課程のさ…」

「ああ、あれね。あなたが潜入捜査に移るってことが決まった時点でまあ当然になしになるでしょ。気にしてないわ」

「そうはいっても、約束したことは確かだし。ごめんね」

「気にしてないって。美咲、どうしたのよ?」

「潜入する先ってさ、約束を守ることがとっても重要な世界なのよ。それを学ぶにつれて、エスター、あなたとの約束守り切れてないと思ってね。ちょっと飛び込んだわけ」

 エスターは声をたてて笑った。「あなたの向かう世界がいかに約束を守ることが重要だったとしてもさ、訓練課程が終わったら一緒にパフェ食べに行こうなんて約束は、そんなに重要でもないんじゃないの?」

「そ、そうかなぁ。なんだか心配になってきちゃってね」

「かわいいわね~美咲は。気にしてくれてありがとう。また帰ってきたら、街に出ようよ」

「ありがとう。ただあたしの潜入って1年以上続くみたいだし、そうなるとエスターはもう次の配属先に向かっていると思うよ」

「長丁場なのね。あなたも体に気を付けてね。あなた、時々無鉄砲に無茶するからさ」

「あ、ありがとう…よく言われるの、それ。直すの、それ」


 出発の日、ヴァグァの夜明けは淡くとも、朝の冷気に銀の線を引く。あたしは手荷物の軽さを確認し、民間船の搭乗口で一度だけ振り返った。ハリエットは遠くから親のような目で手を上げ、ナカタニ中佐は短く頷いた。あたしがクベクへ到着するとき、ちょうどそれを合わせて情報局の巡視船も到着し、しばらく滞在するように仕組まれているらしい。慣れないあたしに、少しでも味方が近くにいるようにという配慮だった。一人に慣れたあたしであっても、敵地に乗り込むわけではなくとも、味方がいることはありがたい。


 ジャンプを重ねる。星系の境目を渡るたび、身体の奥がひと呼吸分遅れて追いついてくるような違和感がある。やがて行き止まりであるサスカチュワン星系には一つしかないジャンプ・ポイントから滑り込む。ポイント近くの惑星ガーディアンの低軌道ステーションで一度足跡を付ける。出身地をぼかすための寄港は、情報局の基礎技術だ。ガーディアンの港は静かで、控えめな青の標識があたしの視界に規則正しく並ぶ。あえて一日滞在してから、主惑星クベクへの定期便の搭乗ゲートへ向かう。

 定期便はクベクの低軌道ステーションに寄ることなく、そのまま大気圏へ進入して宇宙港へ着く。乗り換えなしで地表まで行ける交通システムは世間的には珍しい。間違いなく経済効率性以外の理由がそこには潜んでいると思える。ようやくクベクへ降り立つと、空気の密度が少しだけ違っていた。パスポートコントロールでパスポートを開く際、あたしの心臓は新しい世界へ飛び込むことだけではない感情に大きく波打った。ビザを示すことで発行されたIDは、多層強化プラスチック製であるのにずいぶん重く、あたしはそれを任務の重さであるように感じた。あたしの写真の横に自筆の名前が並ぶ。柿崎マーガレットと。


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