巡視船を巡り、見学者は見学される
ビーと美術館に行こうと示し合わせた日曜日。あたしは、先日買った水色の装いで出かけることにした。再びジャージ姿だと何言われるかわからないし、こういう機会でもないと着ないかもしれないし。
今回は最寄り駅と言う無難な待ち合わせ場所に、歩いて到着すると、そこにはビーだけではなく、サムの姿もあった。
「メグ、おはよう。やっぱワンピース似合ってるわよ!」
「あ、ありがとう」
学校に行くとき以外はひっつめ髪で過ごしているが、それでもワンピースに似合うらしい。それにしても、ひっつめ髪でいると、サムが凝視してくるのが若干居心地が悪い。
「何よ、サム。言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「うーん。君の学校での様子と違うその髪型で、首を伸ばしていると、なんていうんだろ、心がざわめくというか。なんか目が意志をもって自ら間違い探しをしているように、自然とメグに視線が持ってかれるんだよな」
サムは時々詩的なことを言う。ある意味粗野なスポーツ系の男子の中にあってその発言は受け入れられないようだが、ここでは受け入れられることが彼にとって心地いいらしい。
「サム!それは栗田のグループに聞かれると大ごとになるわ。気を付けて!」
「む、そうかな?」
「だって、メグを好きって言っているようなものじゃない!」
「いや必ずしもそうではないだろ?お化け屋敷みたいに好きじゃなくても、気になるものは目が離せないときあるだろ?」
「あたしをお化け屋敷とおんなじにするなー!」
「ところで、メグ!今日は暇?」
「どうしたの、ビー?時間あると思うわ。美術館に行くんでしょ?」
「美術館は次回にして、巡視船見に行こう!巡視船!」
「は?じ、巡視船?」
「知らないの?連邦情報局の巡視船!サスカチュワンは行き止まりだから、連邦情報局の巡視船が来るなんて5年ぶりだそうよ。ここには支局さえないから、しばらく滞在するらしいの。で、調べてみたら今日は一般公開日らしいの」
「え、そ、そうなんだ…」
「サムの提案よ。あたしも行きたいの。これから行ってみようよ」
異様なビーの勢いに、あたしは飲まれた。しかし、私的な美術館巡りだと思い込んでいて、通信機もスマホも持ってきておらず、情報局の担当者に連絡することもできない。でもまあ、きっと高空にドローンでも飛ばしていて、今日のあたしの行動は把握しているはず…だ。やや気がかりだが、まあいいか!
8駅向こうの駅で電車を降りると、巡視船へのルートを示す立て看板が立っていた。まばらな人波に合わせて進んでいくと、あたしには見慣れたストーカー級の巡視船ザビエラ・マガマンガスがピア12に着床している。あたしは来たことがないふりを装って、無表情で巡視船を見上げる。サムが11時からの公開ツアーに申し込んでいたらしく、その集合場所にあたしたちを追い立てる。
集合場所には、連邦捜査局の制服で身を包んだ長い金髪の女性士官が立っている。やばっ!クリステル・ダゴノー中尉だ…今日は眼鏡をしていない。なんだかあからさまにかけだるい様子でノート片手に参加者を数えていた。あたしは、思わず背筋が伸びる。敬礼するという半ば本能と化した欲求が全身を駆け巡るが、それを何とか抑えきる。抑えていいんだよね?
彼女は、サムに目を留めると、近寄ってきた。
「11時からのツアーには、高校生も参加するのね。あなたがサムね?そしてお二人も…高校生ね?」
「はい!楽しみです」ビーが元気よく答え、あたしはとにかく何度かうなずく。
「ふーん。ぜひ楽しんでね」
サムは呆けたように、ダゴノー中尉を目で追う。
「あの人も目を惹きつける人だな。心がざわめくというより、道端で知っている花の香りがしてその出所を探らされるように、心が持ってかれる感じだ」
「…要するに、あんたはきれいなお姉さんが好みなだけってことが分かったわ」ビーがあきれたようにこぼす。
ツアーは進んでいく。艦橋から、前部の武器管制室、作戦室をめぐる。
サムやビーだけでなくドロシーまでもが興味深げに巡視船の各部に興味を示す中、あたしはダゴノー中尉のけだるい様子に気が気ではなかった。しかしあたしにはどうすることもできず、やや暗鬱とした気持ちになっていた。メスルームでの休憩の際、みんなとやや離れて給水所に向った時、あたしは急に二の腕をつかまれて物陰に引き込まれた。
ダゴノー中尉が冷たい目で見つめる。
「少尉、何をしているの?」眼鏡は外していても、声の低さがお仕事モードだと告げる。あたしは正直少し慌てる。
「え…な、何って、け、け、見学です。中尉」
空調の唸りが耳に障る。
「あなた局に連絡してなかったでしょ?」
「す、すみません。急に決まったので」
「さっき、中佐にはあなたが来ていること連絡しておいたから、士官には伝わっていると思うけど、下士官以下には伝わり切ってないかもしれない。見学の順路を変更して、下士官連中に会わないようにしたから」
「それはお手間をおかけしました、中尉…」
「まあ、ちょうど勤務の交代時間だったから、ザビエラも順路の調整しやすかったようだわ」
ザビエラというのが、巡視船自体の名前が冠されたメインAIであると気づくのにしばらく時間がかかった。その時間のかかり方に、あたしの情報局勤務の期間が短いことを思い知らされる。あたし、こんな簡単に高校生の自分に戻ったというのは、潜入訓練の意味とは違ってかえってよくないのでは…。
あたしの戸惑いをよそに、ダゴノー中尉は言葉を続ける。
「けど万一、もし下士官に見られてあなたに声をかけてきたら、ややこしいから人違いのふりをしなさいよ。あなたが初めて来るはずの情報局の船なんだから」
「う、声かける人なんていないと思います」
「そんなことないわ。あなたは下士官連中にも分け隔てなく接するから、彼らにも好かれているのよ」
「それはまあ…好かれないよりはましだけど…」
「でも安心したわ。薄汚いジャージばかり着ているんじゃないかと心配していたのよ、少尉」
「うぐ」
中尉、その想像、外れではないのです…。
「ワンピースも似合ってるわ」
「ア、アリガトウゴザイマス…」
思わず頬が緩む。しかし、こんなガーリーなワンピースが似合っている実力組織の新人、いいんだろうか…。それはプロフェッショナルなのだろうか…?
「それに、ちゃんと高校生のグループに溶け込んでるみたいじゃない。さすがね」
「はい、それはどうにか。中尉の方は調査いかがですか?」
「調査については、やっぱり現地での情報量が違うから順調よ。でもさ、やる気にならないこんな引率させられるって、局は何考えてるんだか」
彼女は面倒くさそうに髪をかき上げて、石鹸の香りに隠れた彼女の香しい体臭をまき散らしつつため息をつく。時にはわかりにくいが、これは彼女が私的なモードに入ったというサインだ。その時、あたしは彼女の友達になることが期待されている。
「クリステル、気持ちはわかるわ。面倒くさいよね」
サスカチュワンについての事前調査を通じて、あたしは中尉と仲良くなった。同時に、あたしたち二人は互いに似ていることに気づいたのだった。そりゃあ華やかな金髪碧眼長身美人の中尉と、珍竹林と言うことはないにしてもやせすぎな黒髪女性では似ているとは思われないかもしれない。しかし、美人であることからちやほやされるものの本人は引きこもり系であるということは、対人コミュニケーションが得意で誰とも仲良くするものの特にそれを好いていないということと本質的に似ていたのだった。あたしたちは、似合わない二人ではあったがお互いを理解しあっていた。
「面倒くさい。みんな私を見るなっての。ツアーで船の説明してるんだからさ。せめてそっち聞いて船見てよと思うわけよ、メグ」
「でもさ、クリステル。せっかくあなたの好きな調査の、その対象の世界にいるんだからさ、画面越しにデータに向き合うばかりではなくて、実際に対象を眺めることも楽しいんじゃない」
「引きこもりに酷なことを言うのね」
そうは言いながらも、彼女はあたしを見つめながら大きく深呼吸をして気分を変えた。けだるげな顔色はすこし和らいで、あたしに注がれる視線も暖かさを増す。
「でも確かにそうね。メグ。ありがとう、話を聞いてくれて。いやいやツアーコンダクターするだけじゃなくて、何かこっちも探ってやるわ」
「それくらいでちょうどいいんじゃない?無理しないで」
「ほんと、あなたに操縦されることは気持ちいいわ。ありがとう。あなたも無理しないでよ、メグ」
彼女はあたしの頭頂部にキスをすると、その背中を押して通路という現実世界に押し戻す。
ツアーの後半は、主として格納庫から機関室をめぐる。
少しだけ愛想がよくなったダゴノー中尉に、参加者も安心しつつ進んでいった。あたしも安心した。安心したためか、周囲に注意を向けると、ツアー中特に士官たちにそれとなくみられていることを感じた。あたしが巡視船を見学していることと同様、彼ら彼女らもあたしの様子を「見学」しているのかもしれない…。何人かが薄ら笑いを浮かべていることが見て取れて、なんだかあたしは遊ばれている気になった…この任務って、本当は壮大なドッキリ系の仕掛けなんじゃ?もちろん、スラム街出身の新人に、こんなにお金をかけてドッキリを仕掛ける意味など全くないわけだが…。
「ほら、そこの高校生!きょろきょろばかりしないで。ツアーからはぐれても知らないわよ」
さっきは、船見ろって言ってたじゃん、クリステル…。




