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モールはジャージ姿で

 あたしの人生は、新たな登場人物を迎えた。4月ごろこそ、気疲れを含む消耗に、あたしは週末を寝込むことになった。しかし、ビーだけではなくドロシーともサミュエルとも仲良くなり、それぞれがお互いに慣れたころ、あたしは週末も彼らと過ごすことが少なくなくなった。それはあたしにとって挑戦であった…あたしは極端な消耗をせずに、むしろ楽しく彼らとの時間を過ごせるだろうか。

 夏休みの存在が遠くに香り出したころ、買い物に行こうということになった。明るく変わり始めたドロシーに、その気分に合わせた服を調達することに皆で協力しようということになったのだ。すると、なぜか女性の服を買うことに異様に興味を見せたサミュエルも、部の友人たちの誘いを振り切って買い物に参加すると言い出し、さらにそのことがビーとドロシーを興奮させた。たぶん、話題の男子が参加することに、なんか興奮したのだろう…よくわからないが。

 電車で二駅離れた町のモールでの待ち合わせ。あたしはそこまで走ってたどり着き、すでに着いていた三人に合流した…が、その三対の奇異なものを見つめる目に迎えられた。

「あれ、なんかあたしおかしい?時間間違えた?」

「いや、僕も姉以外の女性と買い物に行ったことがないから、わからないけど…」

「ふつー、買い物の待ち合わせに、二駅分走ってくる子いないよ。それに、メグ、何でジャージなの?」

「え、走るし、普段着を持ってないし」

ビーが声高に宣言する。「今日は、買い物の日!走る日じゃないの!」

「うぐ」全くその通りだ。

「それに、普段着持ってないってどゆこと?」

「え、だって、普段はジャージで済むし…」

「メグ、週末会う時も制服だったり、部屋着だったりするのはそうした理由だったのね…ドロシーに服が必要と言ったけど、あなたには服だけではなくて女子としてのプライドも必要なようね」

「うぐ」全くその通りすぎる。

「それにしても、その髪型だとずいぶんメグの印象変わるわね…なんだか大人びて見えるし」

 あたしはジョギングに出るときの定番のひっつめ髪だ。寝癖を隠せるというおまけつき…うーん、何と言うか高校生よりだらしないのはちょっと本意じゃない。反省せねば。でも、部屋は整理整頓しているもん!

 サミュエルはあたしをしげしげと見つめる。なんかちょっと怖くて、隠れたくなる。

「僕、メグの本性と合っているんじゃないかと思うな」本性ってなんだよ!

 女子について言葉を発すると波風が立ちかねないサムが、なんだか饒舌になっている。

「そのくたびれたジャージ姿は妙に似合っていて、なんかすごく…かっこいいね。むしろ、いつもの制服姿の方が似合ってないというか」

 ややこしいことに気づかないで!なんか大人が制服着て高校生ぶっているってことになったら、あまりに恥ずかしい。

「メグは京明に入る前は、どんな制服を着ていたの?それとも、持ってきてないだけで母国では私服で学校行っていたの?そういえば、メグって母国の話しないよね」

 ううう、あんまり嘘つきたくないから言わないのよ。

「そもそもメグ、そんな格好でモールにいたら、店員さんも冷やかしだと思うし、誰からも声かけられないよ」

「うぐ!でもまあ、声かけられ待ちしているわけじゃないし!」


 結局あたしは、店員さんの冷たい目に耐えられず、お店の外に出ることになった。ビーとドロシーの哀れむような目が痛い。あたしはお店が見渡せるベンチに座り、ドロシーとビー、彼女らにかしずくようなサムを眺める。

 あたしはこれまで服を買おうと思ったことはなかった。小さい頃はスラムでの生活に服のえり好みなどできなかった。施設から全寮制の高校に進んだ時も、結局は普段はおさがりの制服と手直にあったジャージで済ませてしまった。その後に入った連邦情報局では、訓練期間中は連邦支給の被服で何の問題もなかった。そもそも自分が自由にしていいお金があるなんてことなかった。今だって、転入について資金は預かっているものの、それは連邦政府からの今回の調査全体についてのもので…何に使うか比較的大きい額なのも気になる。そりゃあ大体の使い方も聞いてはいるけど…あたしが使っていいのもわかっているけど…服を買うのにはなにか抵抗がある。

 この普段着としてのジャージは、大分くたびれているけど気にいっている、あたしの数少ない私物。ああ、ランニングシューズもそうか。そういえば、この国は舗装されていない道が案外多いから、この国のランニングシューズそれくらいは買ってもいいかも…。ん?あたしのお金を使う基準ってなんなんだ?

「メグさん?」

 その音が、その名前が、自分を指すのだと気づくのにしばらくかかった。

 慌てて、その声の主に振り向く。

 背の高い、襟の立った白いシャツにスキニージーンズの男性。そこに乗っている顔は、見知ってないこともない。

「え?スティーブン?」

 いつものジャージ姿としてあたしの記憶に焼き付いている彼が、小ざっぱりと清潔な装い。むしろそれこそ、あたしがいかに場違いな格好なのかが身に染みる。

「ようやく気付いてくれた。人違いかもと思い始めてドキドキしましたよ。こんなモールにも来るんですね、メグさん」

「え?それってどういう意味…?」

 あたしなんかはストリートでホットドッグでも食ってろってこと?まあ本当のところ、あたしにはそれがふさわしいんだけどね。というか、その方が安心もするんだけどね。

「メグさんは俺の知らない世界の住人だと思っていたから。国外から来たというだけでなくて、何か俺の知らない価値観を持ってる大人。だから、無理して大人ぶる必要もない。俺のいるような世界で買い物しているなんて考えたことなかったです。」

 え?どういうこと?知らない世界の住人?

「ちょっとちょっと、たんまたんま!あなた何を言っているの?」

 スティーブンの言っていることは、合ってないこともないが、どうであろうとあたしはそんな特別視されるような人ではない。スティーブン、あなたはあたしの何を見ているの?

「俺、なんだか少し、いやかなり安心しました!メグさんに少し近づけた気がします。」

 スティーブンがあたしに近づくというのはどういう意味?

「いや、だから、あたしそんなんじゃないし」

「すみません!友人と来ているので、また今度公園でお話しさせてください。今日はこれで失礼します!」

「だからちょっと!…って何なの一体…」


「なんかメグ、男の人に声かけられてなかった?誰と話していたの?」

 スティーブンが謎のコメントを残して立ち去るのを呆然と眺めていたあたしに、腰のあたりに巻き付いてきたビーがささやく。

「わ!ビー、驚かさないで」

「なんか後ろ姿しか見えなかったけど、あれはイケメンよ!イケメンの空気を感じたわ!」

 ビーとドロシーが両脇から挟んできた。

「なんか見た事あるような人の気がするな」サミュエルがつぶやく。

「それにしても、ジャージでモール来たらイケメンに声かけられるなんて、これは盲点だわ!」

「普段からジャージ着るべき?」

「彼は、メグに一緒に走らないかと声をかけてきたのかもしれないよ」

「モールで一緒に走る人見つけようとしている人いるのかしら。それに彼、とってもこざっぱりした格好をしていて走るような人か疑問だわ」

「はっ!メグがここにいるように、モールにはジャージ着てるイケメンがいて、声かけられ待ちしている可能性があるってことかも!ビー、メグ、探しに行くわよ!」

「いやだから、みんなあたしを置き去りにして話進めないで…」

 結局私も、水色のワンピースとお揃い色のパンプスを買う羽目になった。



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