深夜の艦橋
まだ腕の傷が痛む美咲だったが、一人艦橋の操縦席でオートパイロットのチェックをする。エリックの座る航法席は操縦もできるようになっているので、エリックがいる以上は船の操縦自体に困難はない。しかし、操縦に対する責任感の強い美咲は、何かできることはないか探している。
「やはりここにいたか」マーカスが艦橋に現れる。
「あんたが離着陸時以外にここに来るのは珍しいわね」彼がいるだけで、急に艦橋は暖かさに包まれつつも手狭になる。彼が座る機関席、体に合っているのかな?
「治療の時間なのに、美咲が姿を見せないのが原因だろ」マーカスは口元に笑みを浮かべながら包帯などを、宗教的アイコンであるかのように掲げ示す。
「うっ、そうだった…ありがとう、マーカス」
美咲の腕を手早く確認し、添え木を戻し、包帯を取り換える。
黒人の大男が、背をかがめて華奢な女性の腕に優しく触れている姿は、第三者の目にはどのように見えるものだろう。
「このナイフの傷、少しは残ってしまうかもしれないな」
「それならそれでいいわ」美咲はさらりと言う。「子ども扱いされないようになるなら、むしろありがたいくらい」
「何かあったのか?美咲」
美咲は華奢だけど筋肉質で、背がとりわけ低いわけでもないし、ひ弱に見えるわけでもない。
「子ども扱いされるのが好きな人っていると思う?あなたは未熟です、庇護される対象です、世の中の成人のグループには入れません、そういうことよ?」
「それはそうだ」
気持ちのよい沈黙が流れる。マーカスが追及してこないから、美咲は話す気になる。
「例えばね、入局して最初の潜入捜査はサスカチェワン星系子爵のファミリービジネスの内偵だったんだけど、相手に油断させるために高校生の身分を騙ったの。そのはまり役ぶりが局内でも話題になったらしくてさ…別の任務のときに知り合った男性といい雰囲気になったときに、子どもは恋愛対象じゃないなんてバッサリ言われてさ…」
「なるほど、美咲は守る側であると自負しているのにそれをまわりから認められず、トラウマにもなっている感じなのかね」
「考えたことなかったけどきっとそうね。なめられないように好きでもない短いスカートはいてみたり、武術を習ってみたり…あんまり上達しなかったけど。効果が薄いのよね~」
「武術を習うのはいいが、あまり大柄な奴やナイフを持っているような奴には歯向かわないほうがいい」
「それはもう身にしみてわかっているわ、マーカス」
マーカスは美咲の頭をくしゃくしゃとなでるが、何も聞かない。
「女子には、気分のむらがある日があるの!」
マーカスは暖かく微笑む。美咲も少し気分が晴れて、笑みを返す。
意外にもマーカスは急に真顔に戻った。
「美咲が子供に間違われるとしたら、お前は人前では明るく無邪気に見えるからだな。すれてない。希望を失ってない。純真さを維持しているからということか」
「そんなこと言ってくれる人いなかったわ。子供扱いされることはやっぱり迷惑でしかないけどね!でもありがと。そのように、あたしを分類せずにそのまま見てくれるのはとっても嬉しいわ」
「ま、俺も分類されることに苦労したタイプだからな」
美咲はくくく、と笑う。「似た者同士ということかしら?乾杯しよ…アルコール抜きのコーヒーでよければ」




