アッテーザ・ヴィブランテ 震える期待
艦橋で、動くわけでも、流れるわけでも、ましてや瞬くわけでもない、虚無の宇宙のべた塗背景でしかない星を飽きることなく眺める美咲。艦橋は艦橋でも、重巡洋艦の艦橋。手持無沙汰であることのありがたさ。
軍用星系を訪ねるにあたって、一時的に海軍に配属されたとはいえ、その待遇は、連邦情報局での美咲の最終階級より上の少佐…士官学校出てないのに、本当に許されるのだろうか。美咲はいつも感じざるを得ない。
ブラック・スワンは重巡の格納庫に積載済みで、そこにも美咲の役割は存在しない。
「何を眺めているのかね、本條少佐」ネスラー中将に声をかけられる。
「星を。特に、人類の版図であることに縛られない、深宇宙を構成する星たちを。というか、宇宙にはそういう星ばかりなのよね、本当は」
「!」
「どうしたの、中将?」
「君らスワンズ、いや、君自身には本当に驚かされる。深宇宙に思いをはせるものなど、少ないわけだからな」
人類の版図である既知宇宙の背景に過ぎない深宇宙。既知宇宙だけでも、限りない人類の好奇心を満たしうるというのに、あるいは日々の生活にすら追われているというのに。ジャンプ・ルートが存在せず実質的に達することができない深宇宙の星々に思いを向けるのは酔狂かもしれない。
「そうかしら。あたしについていえば、深宇宙に対して、心と目を向けさせた人がいるってだけ」中将には、その名前を口が裂けてもいいたくない!
「その男、女性かもしれないが、なんと自由な発想の持ち主なのだろうな」
「…それは全く否定しないわ」美咲は力強く答えた。
「いずれ、そうした優秀な人材にも協力願わないとならないかもしれない」中将はつぶやく。
美咲は、その言葉に、心がざわつくのを感じる。これは新しいことが起こる予感?それとも何かの期待だろうか。それとも恐れ?
「全艦に告ぐ。マルメからノートリアスへのジャンプ・ポイントへの到達15分前。ジャンプ準備」艦長を務めるレイモンド大佐が全艦放送で流す。そして、艦橋でも告げる。「副長、ジャンプ・シーケンスへ移行。予定変更なし」
「了解。ジャンプ・シーケンスへ移行。予定変更なし」
艦長はわざわざ中将と美咲の方へ向き直り、声をかける。「ネスラー中将。ジャンプ・シーケンスに入りますので、所定のお座席へお付きください。本條少佐、中将の隣のお席で構いませんから着席ください」
「あたし、こんな大きな戦闘艦でジャンプしたことないわ。どんな気分なんだろ」
「もうすぐわかる。第7次辺境戦役では、私はこの船の10倍以上の大きさの主力戦艦を指揮し、味方の11隻の主力戦艦と共にジャンプした。安定したジャンプ・ポイントを利用してさえ、大型艦になればなるほど装甲船体がゆがむものだよ。そのゆがみが元に戻る際のきしみが、全艦に響くのはまさに主力戦艦乗りの醍醐味と言うところ。重巡でも似たようなものだ」
「ひい…きしんでも船は壊れないのよね?」
「ネクサス・ウンブラに断末魔の叫びをあげさせ、人類の版図をきしませようというスワンズのボスが、そんなものに恐怖するとは。ぜひ隣の席で大声を上げるところを見物するとしようか。本條美咲少佐、こちらへ」
スワンズは、軍用星系ニシマルへ向かう。三か月の準備は、始まったばかりだ。しかし、そもそも海軍がなぜヴァースを必要とするのか、彼らが備える真の脅威とは何か。それがあらわになったときに、スワンズが何を迫られるのか。美咲は期待や希望よりは強い不安を感じていた。




