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フィナーレ・コン・デローガ 例外措置のフィナーレ 2/2

 マルメ星系では、美咲たちスワンズはすぐさま重巡の会議室に招かれた。同席するのは、ネスラー中将だけでなく、重巡艦長エリオット・レイモンド大佐、技術将校ユリアン・ネーヴェ大佐、作戦参謀ローク・ハミルトン中佐、カオル、そしてようやくニシマルから到着したハインリヒ。それでも、金属の匂いとコーヒーの香りが混じる室内は、ささやきの合奏のように落ち着いていた。

 ネスラー中将は椅子から立ち、短い礼をする。「諸君は、ヴァースの所有者として認知されるに至った。宇宙海軍からすれば、三十年かけた成果を、三か月で達成したことになる。一目置かざるを得ない」

「スワンズは星系間ヴァースの最高部分である司令塔を握った」とユリアンが補足する。「連邦海軍はむしろマス層である従属層を確保し、彼らの星系内ヴァースを理解しつつある。欠けているのは星系間ヴァースをつなぐ部分であり、各星系内ヴァースにおける最上部。つまりは中間層。幹の枝分かれ部分であり、枝にとっては根元」

「今更だけどサスキア、星系間ヴァースの司令塔が一人だけって組織防衛的にはリスクあるんじゃない?バックアップとかいなかったの?」ヴァレリーが内輪に問う。

「もちろんいたわ。だけど、ネクサス・ウンブラにとって最高命令が複数発出されたりして、混乱が起こることは最も避けねばならないことだったの。だから、バックアップ内で順位が完全に決まっていた。どんな命令が出されようとも、あたしのシグネチャーがある命令がある限りそれが最高命令。司令塔を代えるには、相応の手続きがあった…と思う」

「それはそれとして、仕切りが必要。特に星系内ヴァースは今後、海軍にとって必須になる。連邦海軍としてはアクセスを可能にすることが優先です」ロークが口をはさむ。

「それには、スワンズとしてもホームとしてのヴァースを欲する」マーカスの低い声は圧迫感なく心地よく響く。

「ニシマルのヴァースはすでに君たちと共にある」

 ハインリヒは、ニシマルでのテレパスや元テレパスたちの取りまとめ役だった。眼鏡をかけて神経質な様子は、美咲にとって居心地のよいものではなかった。それでも、セリアやサスキアを見つめる様子は暖かく、さらに彼らの交流は見えないヴァースの交流でもありそこには嘘偽りのない感情が流れていると知った…元テレパスとの場合には、過去の記憶もヴァースに流れるのだろうか、と美咲は漠然と思った。いずれにせよ美咲が苦手とするだけで、セリアやサスキアがハインリヒを慕うのならば、それはそれでよいことだ!

 クライブが腕を組み、静かに言葉を継ぐ。「中間層は、人身売買にも回っていない可能性がある。あるいはネクサス・ウンブラの地方幹部へと昇っていく立場なのかもしれない。三か月後、招集でその一端が見えるはず」

「そのうえで、ヴァースを乗っ取るか、再構築するか、選ばねばならない」とエリック。「あなたたちは通信手段として欲しているが、スワンズはホームを渡すつもりはない」

 中将は軽く頷く。「落としどころはあると見ている。階層分担、監査、相互不可侵の規約——技術的に設計できる」

 美咲は黙っていたが、胸の奥でもつれた糸が疼くのを感じた。「あたしたちは、全体像がまだ見えていない。前提となる現実の土台が見えない。ヴァース確保の前提に、ネクサス・ウンブラと薬物汚染星系の瓦解がある。でも、それがどのように進むのか、知らない。計算リソースを借りて、どの星系が、どのように崩れていくのか、私たち自身でシミュレーションしなければ」

「海軍は星系の瓦解について関知しないと言った」とエリックが口を挟む。「その真意はわからない」

中将の目がわずかに暗くなった。「我々にはそれを今話す権限がない」

サスキアが眉間に皺を寄せる。「中将なのに?」

「そうだよ、サスキア。今ここで話をすることは無理だ」と中将は答え、間を置いた。「しかし、協力してくれるなら、話さざるを得ない。諸君を、話すのにふさわしいところ、軍用星系ニシマルに招待する。テレパスにとっての一時的なホーム、そして海軍にとってのホームグラウンド。そこで我々が直面している脅威について話そう。いくつかの星系の瓦解など些細なことのように思える、我々人類が直面している真の脅威だ」

 沈黙が落ち、金属の壁がかすかに音を返した。カオルが椅子から立ち上がったのだ。黄色のワンピースをふわりと浮かせて回転させ、後ろからセリアとサスキアを抱きしめる。「あなたたち、ニシマルで歓迎されるわ」その目は、美咲やスワンズにも等しく向けられる。「スワンズも、とっても歓迎されると思う!楽しみにしておいて」

 中将がカオルを見つめる目はいつも柔らかい。美咲は、大軍の将である中将の前では矮小でいられることのありがたさを感じた。


 解散の合図が出ると、スワンズは重巡の格納庫へおさめられているブラック・スワンへ戻った。美咲には通路の金属光沢が柔らかく見えるのは、疲れが背に乗っているせいだろう。

 それぞれがスワンの整備に散る中、スワンのコモンズで、カオルが腕を広げた。「美咲、セリア、サスキア、お疲れ様。お風呂とコーヒー、どっち先にする?」すっかり、家族であるスワンズになじんでしまった。

「コーヒー」とサスキア。「色の濃いの」

「お風呂」とセリア。「泡の多いの」

「お風呂あるの?!」サスキアが驚く

「あるというか、スワンの医務室も手術室仕様でしょ。手術室って通常はほとんど使わないうえに防水でしょ。ドライブの排熱使ってお湯さえ沸かせば、治療槽使ってお風呂にできるのよ。海軍艦船では結構やっているわよ。大事なことは、大切な医療機器をちゃんとしまっておくことだけ」

「ちょっとカオル、あんたいつからこの船の住人なのよ?」

「ん~、ゼータ・サルガタナス星系行ったころ、から?」

「ちょっとなれなれしくない?」

「はっきり言ってくれて助かるわ~美咲!」カオルは美咲に、息がかかるほど顔を近づける。「もっと距離、詰めましょ!」

 そういう美咲も、カオルを嫌いなわけではない。

「わかったけど、あたしはキャプテン。じゃあ、カオルお風呂入れてきてよ」

「アイ・マム!」


 カオルがいなくなったところで、サスキアが美咲に近づく。「美咲、ゼータ・サルガタナスで最高命令を出すときに星系からの代表者を含めて大きなヴァースを形成したでしょ」

「その時はお疲れ様。それがどうかしたの?」

「あたし、マイケルを感じた。彼、イスファハンからの連絡船にいたのだと思う」

「私もそれを感じた!懐かしさを感じたわ」セリアも付け加える。

「と言うことは、彼は星系の代表テレパスの一人、言ってみると中間層の一人と言うことなのね?」

「おそらくは」

「これは、あたしたちが中間層をよく知り、中間層にアクセスするための切り札になるかもしれないわね。そして、何より…マイケルを強引に救出しなくても、次回の会合の時に出会えるということね」

「あたしもそう思う!」

「あなたたち、よくそれを今まで黙っていたわね。さすがだわ」美咲は感心する。「連邦海軍に知られてはまずいわけではないけど、切り札は取っておきたいものね」

 カオルも裏表のない二重スパイみたいなものだから、ある程度の警戒はしなければいけないと美咲は思った。セリアとサスキアもそれを分かっているようだった。


 美咲は騒がしさが通り過ぎたスワンの船内、艦橋で操縦席に腰を下ろし、格納庫の内壁しか見えない窓を漠然と眺める。照明をあらかた落とした格納庫は闇に近く、点在する警告灯や電子機器の放つ光が深宇宙の星のようでもある。

「なあ」とエリックが控えめに声をかけた。「海軍の『関知しない』って、どう解釈する?」

 美咲は少し考えてから答えた。「関知しないと言いつつ、見ている。止めないと言いつつ、止める準備はしているのかも。利用しようとしている感すらある。言葉の表面を信じて考えすぎると、誤解のトラッポラになる。あたしたちが第一次大戦型の罠に陥りそう」

「第一次大戦型って何だ?第一次辺境戦争ということか?」クライブが問う。

「あんた、情報局の初期研修で習わなかった?」美咲は説明が面倒くさくなってはぐらかす。

 戦争する気などなかったのに、無理解と膨大な準備の必要性と、意思の不疎通で大戦争になった。準備が膨大な分、被害もたいてい大きくなる、と美咲はいわば実地で学んでいた。

「要するに、いろいろ考えすぎてのっぴきならないところまで準備しすぎるんじゃなくて、相手と意思の疎通をしなければと言うことよ。相手そこにいるんだし、もうすぐ見せてくれるんだし。気楽に構えましょ!」

「ナディアの気の抜きどころと準備の丁寧さのバランスは、連邦情報局の教材にする必要があるな。学べるものであるかどうかは別にして」クライブがつぶやく。


 マルメ星系から出るためのジャンプ・ポイントに向かう途中で、各人に連邦海軍としての立場が与えられた。エリックは海軍中佐に、マーカスは海兵隊一等軍曹に復帰した。ヴァレリーは主計課大尉相当に。クライブと美咲は、客員の作戦課少佐に位置付けられた。セリアとサスキアは、ヴァレリーの娘という建付けになった。これで、スワンズも海軍の一員として秘密を共有されることになり、さらに軍用星系ニシマルへの進入許可を得ることになったようだ。美咲には海軍の都合はよくわからない。

 士官学校を出ていない美咲は、その昇進限界である大尉と言う階級を海軍で飛び越えたことに、正直違和感があった。それでも、作戦参謀として重巡の艦橋に入れることはうれしかった。星を見ることができるから。

「ホームとしてのヴァースを渡すつもりはない」と彼女は心の中で繰り返した。「でも、橋はかける。渡すのではなく、橋のかけ方を見つけて、海軍での橋をかける。その海軍の橋でさえも、ホームとしてのヴァースはテレパスたちのものよ」


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