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フィナーレ・コン・デローガ 例外措置のフィナーレ 1/2

 ブラック・スワンがゼータ・サルガタナス星系にジャンプ・アウトする。

「状況は?」

「スワンは正常にジャンプ・アウト。船体に異常なし…機関異常なし」エリックが告げる。

「同期してジャンプ・アウトした海軍艦艇と貨客船は、艦隊の質量中心から通常の確率分布に沿って半径5万キロメートル内に存在。衝突のおそれなし。外惑星タチアナ付近に、すでに到着しているはずの輸送船群のシグナルも確認。八隻いる。」ヴァレリーの定位置である観測席のカオルが、慣れた報告を入れる。

「広域放送では警報なし。SOSなし。アクティブセンサーによる走査は…海軍艦艇からだけ。ゼータ・サルガタナスのヴァースを感じる。1週間後の会合を前にして、ここのヴァースは平穏よ。知り合いがいるから、まずあたしが再デビューする」サスキアも続く。

 スクリーン上に、軽巡洋艦アンドリュー・ウィッキーザーが旗艦のシグナルと共に表示され、四隻の駆逐艦と民間の貨客船のシグナルも続く。八隻の小型輸送船のシグナルが追従する。総勢四百名の小艦隊。ヴァレリー、セリア、マーカス、クライブは軽巡へ。美咲、エリック、サスキア、カオルはブラック・スワンに残った。

 それにしても、ネクサス・ウンブラはいかに大胆であったか思い知らされる。彼らの連絡や違法薬物の取引は、海軍艦艇が明白に存在してもなお、ヴァースを使った暗号通信などで安全に行えるのだ。実際に、これから行われる取引についても、数隻の連邦海軍艦艇がいてすら躊躇せずに行われるだろう。であれば…

「艦隊は旗艦を中心に陣形を整える手はずよ。エリック、我々も予定の位置へ向かいましょう」

「アイ・マム!」

「セリアがあたしを基点に、サルガタナスのヴァースにデビューした。これで焦点と相性が合う。今後は、セリアはあたしなしでもサルガタナスのヴァースに迎えられる。セリアとあたしとの個別のヴァースも維持してるわ」

「サスキア、お疲れ様」

「特に疲れてないわ、美咲!楽しい興奮と言うところ。セリアの興奮具合も相当なものだけど」サスキアは美咲に微笑む。

 連絡は慎重に設計された。セリアとサスキアのヴァースは維持され、焦点さえ合わせれば互いの心は届くので、これが両艦の間に張られた見えない糸となる。信頼と警戒の両方を保つための組み合わせ。海軍のチャンネルは静かで、スワンズの内部線は短く太い。同時に二人はサルガタナスのヴァースにつながった。まさに緩やかな通信網にアクセスした状況。これからの取引の土台もできたわけだ。

 美咲は深呼吸をして自分を落ち着かせる。会合までの一週間の準備が始まる。


 この一月の記憶は、言葉よりも消費された大量のコーヒーの匂いと制服の色で残っている。会議に次ぐ会議。連邦法の適用を受けない、軍用星系ニシマルで、違法薬物ソルスティスを高純度で合成するのだ。今までも、実験用途などでそうした実例はあったらしいが、美咲たちが求めたのはネクサス・ウンブラに流通させる、彼らのニーズを一定程度賄う大量のソルスティスの製造だった。

「ニシマルでのソルスティス製造自体は海軍法に定まっていないために違法ではない。星系によってはソルスティスの所有自体が違法であるので、民間が主体となって輸送を行うなら海軍については違法性はない」海軍法理がそのように曲げられた。決まってみれば何ということもない。海軍工廠の中には医薬品の製造設備があり、ソルスティスの合成も可能。民間輸送でさえも、これまでの人身売買の多重化された実行組織がほぼそのまま利用可能だった。

 中将はこのスワンズの要求を飲んだ。こまごまとした海軍内外の隠蔽工作の手配も含めて。要求とはそんな程度か、と言われた時、美咲は胸の底で安堵した。同時にがっかりもした。つまらない、とも思った。海軍では何らかの形でこの議論が行われたことがあったのかもしれない。

 薬物が完全に蔓延している社会が薬物を断たれれば、壊滅は一気に進みかねない。その薬物自体が病の原因であるとしても、薬物供給はまさに死を前にした病人の延命でもある。ただしこの薬物供給が新たな患者を作り出すわけにはいかない。海軍が汚染されるわけにもいかない。星系各地の薬物汚染状況を踏まえて延命に必要なだけの薬物量がシミュレーションによって算出され、厳密に管理されたその量のみが合成された。加えて海軍憲兵隊は三重の警戒線を張り、横流しの芽を潰す。合成段階から識別用の微弱な放射性同位体トレーサーが添加され、検品台では化合物濃度が厳密に測定される。誰も声高には言わない。だが、どの手も目的を知っている。

 美咲たちは、ネクサス・ウンブラが組織の維持にぎりぎり必要な量を確保した。薬物ソルスティスを積んだ八隻の輸送船は、美咲たちに先立ってゼータ・サルガタナス星系に向かっていった。そして今、美咲たちも護衛としての艦隊とほぼ同時にゼータ・サルガタナス星系に到着したわけだ。


 数日前から到着している八隻の小型輸送船は、さらに数日をかけて星系の外惑星タチアナのリングに散っていった。岩陰、陰影、沈黙。乗員は美咲たちとほぼ同時にジャンプ・アウトした‘民間の’貨客船に収容され、ドライブを停止し放熱まで済んだ船は無人で眠る。熱プロファイルすら背景に溶け込む輸送船は、それぞれのSPS座標を知らなければまず見つかることはない。会合の際、輸送船のSPS座標はヴァース越しに伝えられ、ネクサス・ウンブラはこれらの輸送船に隠された積み荷であるソルスティスを受け取ることになる。

 美咲はその作業を数千万キロの距離を置いて、電子の助けを借りて眺めた。ふとした拍子に既視感に顔をしかめた。しばらく昔に似たようなことがあった…そうだ、情報局を辞して最初のミッションが、リングでの輸送船捜索だった。あのミッションすら侯爵の仕込みだったかどうかは、今となっては定かではないが、ネクサス・ウンブラの通常の薬物受け渡しのやり方がこれだとするならやはり…いや、今はそれ以上考えるのはよそう。いずれにせよ、ネクサス・ウンブラは、数多ある星系の中でも非常に濃密な小惑星帯やリングを持つ星系を選んで、こうした受け渡しをしていたわけだ。

 一つの役割を終えた海軍の小艦隊は、ブラック・スワンと離れサルガタナス星系の主星モンタナの第一衛星シェルビーに着底し、取引現場を見上げる体制をとる。


「時間よ」カオルが艦橋の星系標準時計を見た。

 七つのジャンプ・ポイントは、どれも忙しい。許可のある商船、旅客船、傭船が列を作り、入港審査のビーコンが周期的に点滅する。その列のどこかに、ネクサス・ウンブラの連絡船が紛れている。特定する必要はない。ヴァースにアクセスするものが連絡船なのだから。

 美咲は深く腰掛けたまま、首を回して呼吸を整えた。「サスキア、最高司令を」

 サスキアは頷き、その瞳が、わずかに収斂する。焦点を合わせる。艦橋の照明が一段落ち、音が吸われる。心が投じられる。ゼータ・サルガタナスのヴァースに、薄い波が広がっていく。テレパスたちがそろっている。散らばっていた糸が、ぴん、と張られる。

 サスキアの背で波が組み上がり、彼女の指先がその編み目をなぞる。返答が来る。連絡船の暗い艦橋で膝を抱える少年のこめかみから、指令室の通信席に座る少女の耳裏から。ヴァースを意図的に星系内通信につなげるための同調が行われる。

「始めるわ」サスキアは小さく声に出す。

「ネクサス・ウンブラに告ぐ。オルディナ星系の我々への攻撃は壊滅的だった。我々は工場と拠点を失った。ネクサス・ウンブラはこの攻撃に、断固として抵抗し、反撃し、復讐する。その敵とは、侯爵の残存勢力」

 言葉は鼓舞であり、誘導だ。サスキアは呼吸を整え、棘の向きが誤らないよう自らを律する。

「工場は再建中で、現在は限られた量しか薬物は用意できない。代わりに資金を提供する。侯爵のあらゆる海軍拠点へ敵対行動をせよ。敵対するコンステラツィオーネからブツを奪え。あらゆる資金源を最大化して利用せよ。そしてヴァースを維持し、さらなる勢力拡大に備えよ」

 星系の各所で反応が生まれる。熱い返答、冷たい警戒、現場の疲れに沈んだ弱い反応。それらが波の中に色分けされて見える。サスキアは虐げられている一部のテレパスたちの心の熱としての興奮を感じつつも、それが過剰にならないように蓋をする。一方で、関心のなさである冷たさを完全には拒まない…それはそれでテレパスたちの真の気持ちでもあるからだ。反射的に、疲れには少しだけ甘さを与える。それはサスキアが過去に欲しかったものでもあるから。

「次の集合は三か月後、ニュー・カレドニア星系。その際には、星系間ヴァースの再構成について調整するため、各星系の主要テレパス三名を同席させるように」

 その一語一語が、見えない糸を結び替える。顔は使わずスワンズの意図を強制せず、意図の整合だけが鍵になる。前回の緊急の現状維持命令を、延命措置であるソルスティスの供給で一段階進めた具体的な現状維持命令。ネクサス・ウンブラが自然に受容するであろう反撃と復讐を示し、ヴァースを切り離して確保したいという裏の意図へ向けさせない。ヴァース越しに帰ってくる違和感はほとんどない。少なくとも、今は。

 命令がいきわたり染み渡った後の、心地の良い沈黙が、薄い膜になって戻ってくる。次いで、無人のまま漂流する八隻の輸送船を発見するためのSPS座標を伝達する。


「ネクサス・ウンブラの連絡船が、ヴァースを離れた。ジャンプしていくわ」サスキアが端的に告げる。

「ただし、その電磁的なシグナルがスワンに届くタイミングは遅くて数分後」カオルが引き取る。

「本当に超光速の通信なのね…」美咲は思わずこぼす。「小型輸送船からソルスティスを引き取る仲間の船を待たずに、ネクサス・ウンブラの連絡船は、星系間ヴァースの接続のために去っていくというわけね」

「そう。でもあたしもそれ以上は知らない。具体的に星系間ヴァースの結ばれ方を解明するのは、次回以降の課題と言うことね」

 連絡船がジャンプしていく信号がスワンに届き始める。美咲はなにか予言が的中したかのような感覚に身震いする。すべての連絡船が、ゼータ・サルガタナス星系を離れるのを確認した。

「三か月」美咲が繰り返す。「短いけど、次の準備には十分よ。さあ。あたしたちも、星系を離れましょう。予定通り、マルメ星系へ。連邦海軍と合流しましょう。エリック、マルメ星系へのジャンプ・ポイントへ移動を」

「アイ・マム!」

 今はまだ未来の絵姿は曖昧だ。だが、曖昧さは希望の形をしている。ブラック・スワンの機関が低く唸り、艦橋の照明が一段戻る。波は宙に散り、命令は受け入れられ、線は結ばれた。

「まずは作戦終了ね」カオルが満面の笑みで音のない拍手を送る。

「疲れたわ」サスキアは小さく低い声をあげた。左手の人差し指と親指で眉間を揉む。

 美咲は、急に大人びたサスキアに軽く驚く。まだ子供でいられるうちは子供でいていい。美咲は操縦席から後ろに手を伸ばし、サスキアの頭をなでる。

「お疲れ様!サスキア、誇っていいわよ。よく頑張った!」

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