アルモニア・デッラ・フランケッツァ 率直の和声1/2
応接室の扉が閉まる。重巡洋艦アーカンソーの応接室は、光沢を抑えた金属と濃紺の布でまとめられ、音を吸う。壁の勲章と艦歴プレートが、ここが個人ではなく実力組織の一部であることを強調していた。
入室して待っていたのは、彫像のように動きの少ない中将だった。角ばった頬に無理やり貼り付けた笑みは、礼儀の形だけを残している。だが、その目は強い生気を放っている。連行は強制でも、歓迎の意図はあるとスワンズは気づく。
全員が席に着く。低い声が、机の硬さを伝って届く。
「私は、アンドレアス・ネスラー連邦海軍中将。アーカンソーにようこそ」感情のこもらない声で告げる。「単刀直入に言おう。我々はヴァースを研究し、再構築しようとすることに三十年を費やしてきた。だが君たちは、たった数週間でそれを乗っ取った。敬服する」
美咲は、呼吸のリズムを半拍だけ遅らせた。乗っ取ってはいない。彼らはそれを知らない。つまり連邦海軍をもってしても、ネクサス・ウンブラのヴァース内通信は傍受すらできないと知れる。
「ヴァースを引き渡してほしい。しかし、協力という形にしたい。見返りは君たちの安全だ」
中将は言葉を置いた。同意を迫る沈黙。
「星系の安定のため、というお題目?」美咲が目を細める。
「違う。星系の安定は連邦海軍は関知しない。名目はない」
美咲は鼻先で笑った。そんなはずはない。連邦海軍が星系の安定に関知しないなどと言うことがあるだろうか?
「ごまかすのもいい加減にして。あなたたち、ネクサス・ウンブラからテレパスを“引き取って”処分していたんでしょう?今更安全もくそもないわ」
「処分とは何の話だ?」中将の声は引き続き平板だ。
一瞬、空気が冷えた。セリアが美咲の太ももを叩いてはこない。相手が言葉に嘘を乗せているときのサインの一つを送ってこない。美咲は、中将はこれまで嘘をついていないと知った。
ヴァレリーが鼻で笑う。「ここで嘘をついても、意味はないわよ。サスキアとセリアの前では」
「そんなことはわかっている。君たちより前からな」中将は小さく息を吐き、初めて自然な笑みを浮かべた。警戒の硬さが一枚剥がれる。
「最初から話そう」
「三十年前、連邦海軍は偶然不審な中型船を臨検した。人身売買のようだった。だがこの文明圏で、人間を労働力として売るのは非合理だ。高性能ロボットがあるのだからな。助けられた者たちは、恐怖で固まっていた。助けた我々に対してすら恐怖したのだ。幸運なことに、臨検した駆逐艦の艦長は大変頭が良かった。これらの違和感に気づき、情報を海軍中央情報部にも上げたのだ」
中将の声は叙述に滑り、抑揚を減らす。個人の感情を挟まない語りが、かえって生々しい。
「情報部の調査が始まってしばらくして、助けられた者たちがテレパスあるいは元テレパスであったとわかった。そこから、テレパスの誕生と、差別・迫害と逃避から始まる負の連鎖が見えた。家族に匿われれば二十年で能力は極端に弱まる。だがそれすらも当然知られておらず、匿う余裕のない家や、テレパスを嫌う家は子を捨てる。彼らにネクサス・ウンブラは目を付け、彼らを拾いあるいは買う。そこでテレパスとして働かされ、用済みになれば捨てられる」
マーカスの拳が、膝の上で音もなく握られた。
「我々は、コンステラツィオーネがテレパスを集団的に利用するやり方に強い関心を持った。軍の名目はサンプル収集として予算化した。非合法組織からは“処分”の名目で破棄されるテレパスを買い取った。普通は処分に“費用”がかかるところだが、こちらが金を払うというので、彼らは好意的だった。臓器売買の延長だと信じたのだ。人工培養した臓器よりも、野生型の臓器の方を好むという、病気な金持ちもいるようだからな」
エリックは顔をしかめる。
「不自然だ。彼らはコンステラツィオーネの秘密が漏れるとは考えるだろうに」クライブが問う。
「彼らの秘密が漏れて困る先は彼らの同業だ。そこにつながっていないかは、彼らのテレパスたちが見抜く。そのことに過大な自信があったのだろう。我々の買取指示とその行動は多重化してあり、こちら側のフロントは海軍の存在など知らず純粋に人身売買だと考えて実行していた。加えて先方は、我々がそこまでテレパスの特性を知っているとは考えなかった。つまり彼らにとっては、我々が本当に人身の最終処分にふさわしい相手だと信じ込んだ。そして、取引はいつしか定期的に行われるようになった」
中将は視線を落とす。
「ここまで到達するのに三十年かかった。半分は救えたと思う。あとの半分は残念ながら力及ばずだ」
サスキアが息を呑む音が、小さく響いた。セリアは椅子の縁を撫で、震えを均す。失ったと思った仲間たちは、半分は生きているのだ。
「その後、テレパス、あるいはテレパスだった者たちは、海軍で保護した。家族には戻せない。彼らを再び迫害にさらし、ネクサス・ウンブラにも知れることになりかねないからだ。連邦海軍が占有する軍用星系で生活基盤の提供を続け、ヴァースの研究などに取り組んでもらっている。一部のものは、新たな身分を得て海軍で勤務している。」
「軍用星系…入ったことないわ」
「それはそうだろう。軍用星系では、連邦法は適用されず軍法が適用されるため、融通が効く。軍施設や関連工場だけでなく、商店、さらには学校すらある一つの社会だよ」
「その社会に、純粋にホームとしてだけのヴァースがあるということなのね」セリアが囁く。頬が少し緩む。安堵と、認識の更新の表情。自然と胸の前で手が組まれ、心拍がゆっくり戻る。「うれしい…」
中将の目が心なしか優しく光り、背後を親指で示した。「ルシアーニ、君らにとってのカオルも、もとはテレパスだ。彼女のホームでもある」
言われた本人、一人だけ鮮やかな花柄のワンピースのカオルは、中将の背中で変顔をしてみせる。エリックと美咲が目をむき、サスキアとセリアがこらえきれずに噴き出す。中将が振り返ると、カオルは素知らぬ顔で敬礼をした。
「彼女は私の姪、ということになっている。士官学校を首席で卒業した優秀な海軍の情報部員だ。私の自慢だよ。自由すぎるところ以外はな」中将は肩をすくめる。
「少なくとも、海軍では、テレパスは差別も迫害もされていないということなのね…」サスキアはつぶやく。
ヴァレリーが腕を組む。「海軍の一部ではということね」
「歴史ある巨大組織の中では“全部”は手に入らない」中将は正面から受け止める。「だが、無ではない」
エリックとクライブ、ヴァレリーとマーカス、セリアとサスキアに目配せを送り、彼女に信頼が寄せられていることを感じ取る。美咲は覚悟を決めた。
「中将、あなたは正直に話してくれた。だから、あたしも正直に話すわ」
美咲も中将を正面に見据える。




