コントラプント・イナスペッタート 不意の対位法 2/2
お出ましなんてものではなかった。通りの両端から装甲車が入り込み、10両が息を合わせて店の周囲を二重に囲む。くぐもったエンジン音は、壁を通じて床の木材まで震わせる。完全装備の海兵隊員が、昼の街路に黒い線を描き、一個中隊の100名ほどが配置につく。店内には鋭い声が走り、従業員も客も、席に何を残したか覚えている暇もなく追い出される。グラスが倒れ、ナプキンが床に舞い、外の喧騒が加速度的に膨らむ。
「目立ちすぎる…」クライブが呟いた。「この規模の移動と包囲なら、オーセンティックメディアのヘリがいくつも飛ぶぞ」
美咲はすぐに理解した。SNSにこの試みの中心部分が載らないように一般大衆を強制的に遠ざけ、逆にオーセンティックメディアに載ることは覚悟し、そこへ統制は利かせる。そのために、派手さで目を引きつつ、一次情報の拡散経路を限定する。きっと携帯電話用の電波妨害もかけているだろう。切れ者で大胆な誰かが、ここにいる。
一方で入ってきた海兵隊員たちの銃は美咲たちには向けられず、またむしろ海兵隊員たちも回りにこそ気を配っている。むしろ、スワンズよりもネクサス・ウンブラを警戒しているというところか。実際のところは両方なのだろうが。
完全武装で迷彩服でありながら、青白くてひょろりと背が高い中隊長が店の中に姿を現す。しかし歩幅に迷いがなく、危険の端点を素早く消していく。
その横をやや下がって歩くのは、カオルだろう。カオルは、嫌に華やかなオレンジ色を基調とした花柄のワンピースで、サーチの結果で見た制服姿よりもずいぶん年若く見える。あの一本の髪の毛も量がたくさんになると、こんなに楽しそうに踊り出すのね、と美咲は思った。肩を露出していて健康的に焼けた肌はとても魅力的だが、中隊長と並ぶとあまりに場違い。
中隊長は名乗りさえしなかった。「諸君、パーティへご同行願おう」
対照的に破顔したカオルは、サスキアとセリアに手を振る。
「ハイ、サスキア!そしてセリア、久しぶりね。元気にしていた?」ぎこちない笑みのみを返す二人。
「話を聞かせてもらおう。安全なところで。」中隊長の言葉は静かでありながら、有無を言わせない。海兵隊の物理的な強度が、言葉に輪郭を加える。
「あたしたちが誰なのかとかは問わないのね」
「おおむね知っている、ナディア。それともキャサリン、メグ、あるいは美咲かな」
「うぐぐ。いつからマークしていたのよ」
「十分に前からだ」
「俺たちは、海兵隊に脅されているのか、守られているのか」
マーカスがにらみつけると、顔見知りの兵がいて目を逸らす。そういえば、中隊長のひ弱な様子はマーカスと対照的だ。中隊長はエリートだからひ弱そうなのか、それとも何か理由があるのか。
「君たち次第だ」
選択肢は、実質的には存在しなかった。美咲たちはレストランを丁重に追い立てられ、一台の装甲車に乗せられる。座席は硬く、シートベルトの締め付けが現実感を強制する。車内の空気は金属の匂いが強く、サスキアには過去のおんぼろ司令船生活が思い出され、わずかに顔をしかめた。
装甲車隊は短距離を走り、近場の球場へ。広々としたグラウンドは、昼の光を均一に反射して眩しい。そこに、一隻のカッターが待っていた。ブラック・スワンは地上に残し、カッターで上がる。有無は言わせない。軍の流儀だ。
搭乗口までの動線は、海兵隊員が滑らかに作る。人の壁が、人の道になる。ヘリの翼音が遠くに響き、オーセンティックメディアの機体が旋回しているのが見えた。画角は球場の中央に集まり、画面の外側—装甲車の番号や顔の個別—は、うまく切られている。情報の切り取り方に慣れた手つきだ。
「切り取らせ方、上手いわね」ヴァレリーが舌打ち交じりに言う。
カッターの内部は、リノリウムと古い革の香り。小さくとも軍艦であることを感じさせる冷たい座席に座ると、ハーネスが肩の上を通る。カオルは前方の席に座り、指示を飛ばす中隊長を眺めている。サスキアとセリアは窓の外を見て、地表が小さくなるのを確かめている。
カッターが上昇するにつれ、4隻の駆逐艦が護衛についた。機体の影が視界の端で同じ速度で並び、一定距離を保つ。軌道上に出ると、帝国海軍の重巡洋艦が巨大な影を投げた。カッターはその腹へ吸い込まれるように近づき、ランデブーの角度を合わせる。
「最新鋭の重巡洋艦アーカンソーだな。対大型艦用のターボキャノンが6基もある。国境付近ですらないこのセクターになぜこの艦が?」エリックはつぶやく。
艦に滑り込んだカッターは、停止と同時にランプが下ろされ、スワンズはまたしても丁重に先を促される。中隊長はすでに美咲たちに興味を失ったかのように、撤収のために部下に合図を送っている。目線を艦内に向けると、楽しそうに笑うカオルが立っている。
「ここからは私が先導するわ。ついてきて」
まるでツアーの客を率いるかのように、しかしそれで一度たりとも後ろを振り返らず、カオルは巡洋艦の前方へと大股で歩を進める。
艦の中では海兵隊たちは付きまとわず、逆に言えば地上での海兵隊たちも、ネクサス・ウンブラを警戒していたということか。そうであろうと、美咲はこんなことのために時間が無くなることに焦りを感じる。
「ううう、会合までの準備時間がますます無くなる…宇宙海軍になんか手伝ってもらおうかな…そんな雰囲気じゃないしなぁ…」
美咲の背に手を添えてきたのはサスキアだった。わずかにほほ笑みつつ呼吸のリズムを整え、目を閉じた。そもそもいつまでも貯めて置ける性質のものではないし、攻撃的には使う必要がなくなったので、貯めていた幸せの感情は美咲に注がれ、美咲は身体の芯が熱くなるほどの幸福感を感じる。
「サスキア、ありがたいけど、多分やりすぎ…」美咲は熱っぽく小声でうめく。
サスキアのほほえみはいたずらっぽく顔全体に広がる。セリアは少し嫉妬し、かわいらしく唇を尖らせる。セリア以外は何のことかわからず、戸惑うばかり。
気づけば、カオルは大きな隔壁扉の前で立ち止まり、ワンピースを翻らせて勢いよく振り向く。
「こちらがパーティ会場よ。皆様のお召し物は、若干パーティ向けではありませんが…主賓の皆様だし、お通ししましょう!さあ、笑って!」
扉が開いた先には、いくつもの勲章と徽章で飾られた連邦海軍の制服の姿。このセクターを統括する中将だ。本セクターにおいては、つまりは侯爵の対になる、連邦中央政府から派遣された重要人物だ。
「連邦海軍が関与しているとは気づいていたが、連邦中央政府まで絡むとは。大きな話になってきたな」クライブはつぶやく。




