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コントラプント・イナスペッタート 不意の対位法 1/2

 侯爵暗殺の理由は、今のところ闇の中。ネクサス・ウンブラ内部には反侯爵の派閥がいくつもある—それは確かだ。だが、誰が動機を実行に移したのかは掴めない。結果、スワンズがヴァースを統べるために使える“顔”が消えたという現実は残る。

「やはり別の顔が必要ね。ネクサスを操るための」美咲が言う。

「金で全部解決できるんじゃない?」とヴァレリー。肩を竦める調子に半分本気が混じる。

「そうだといいんだけど…お金も侯爵を動かせるほどあるかと言われると疑問だし、同じカードで勝負するのも怖い…だからと言ってあたし、他の手が今、浮かばない」美咲は額に指を当てた。

 侯爵の後継者はすぐに公知情報から見つかった。少々の疑念を持たれようとも、ネクサス・ウンブラを黙らせるだけの重さがない人物。彼に賭ける気には今はなれない。

「まず情報だ。地図がないと歩けない。ネクサス・ウンブラに影響を与えうるもの。何かあるだろうか」エリックが短く切り出す。

「サスキア、あなたオルディナで地上に降りたこと、あるんでしょう?どこか、ネクサス・ウンブラに関係がありそうな人とか場所は知らない?」美咲が視線で促す。

「そんなこと言ったって…ずっと軌道上にいたもの」サスキアは口を尖らせる。

「例えばさ、その髪型。どこで切ってもらってたの?」

「刈っただけだし」

 ヴァレリーはあきらめたように笑う。「はー金髪美人はなんでも似合うからお得だわね~」

「いや、ヴァル、あんたがそう言うのって、ただの遠回りの皮肉にしか聞こえないから」

 サスキアは小さくため息をついた。「…でも、体調がとっても悪い時に静養のために地上に降りたことがある。マルオルディナにセーフハウスが一つ。湖のほとりの小屋を改造した場所。静かで、目立たない。そういえば」

 クライブはサスキアから聞き取った内容から、即座にオルディナ支局が飛ばすドローン群へ指示を送る。上空からの監視の範囲内だったから、数分でフィードが返る。周囲に人影なし、出入りの痕跡も薄い。熱源なし。

「とにかく行ってみよう」美咲が立ち上がる。

「俺が運転する」マーカスが鍵をつかみ、サスキアと美咲が続いた。


 レンタカーでの道中、話題はヴァースの内部構造へ滑り込む。「ヴァースの詳細や実体については、ハインリヒとカオルの意見を聞くしかないかも」美咲が窓外の街灯を数えながら言った。

 その名を聞くと、サスキアには古い記憶がやわらかく浮かぶ。「そういえば、子どものころカオルにもらった絵本があった。よく読んでもらってた。気に入ってオルディナに持ってきたけど…懐かしいな。セーフハウスにあるかな」

 セーフハウスは湖のほとりに静かに立っていた。ホテルに残るクライブがドローンによる周辺警戒を続ける中、旧式のロックを美咲が手際よく外し、三人は中へ。紙と金属の匂いが残っている。棚、折りたたみベッド、ソファセット。このセーフハウスは最近は使われていないようだ。

 棚の埃を救っていたサスキアの指が、下段で止まる。厚い表紙の絵本が、横倒しで眠っていた。

 サスキアが目を丸くする。「さっき言ってた絵本よ!まだホントにあったんだ…小さいころにカオルに読み聞かせてもらってたことも思い出した。なんだかあたし、それなりに大切にされてたのかな」

 サスキアが抱き上げた本を美咲は大切に受け取る。埃こそ払われているが、かなり長い間開かれたことがないようだ。本を開こうとすると、インクのせいか背表紙の糊のせいか、ぱりぱりと乾いた音がする。慎重にページをめくると、挿絵の間に細い髪が挟まっていた。光に透かすと、色はとび色。サスキアの金髪ではない。

「これ…」美咲はつばを飲み込む。

「…カオルの髪だと思う」サスキアが囁く。美咲は絵本をそっと閉じ、丁寧に回収する。

 帰着後、クライブが手袋を嵌め、DNAを採取するため髪を試料袋に移す。絵本の指紋についても採集する。試料のピックアップのためにドローンが羽音と共にベランダに到着し、クライブは資料を慎重にドローンに搭載して、愛犬にするように優しく撫でて送り出す。明日には情報局のラボから結果が伝送されてくるだろう。

「いろいろあった一日だったわね、お疲れ様!」マーカスとセリアが料理したシチューがスワンズを慰める。

 夕食後、セリアとサスキアの記憶に基づいてハインリヒとカオルの似顔絵も作成してみる。DNAと合わせて連邦と星系のデータベースへサーチをかけることになろう。ダメもとだ。結果が出るまで、他の方法も洗う。

「オルディナのヴァースにテレパスでアクセスできる?信用できる人がいたらコンタクトできない?」美咲が問いを投げる。

 サスキアは首を横に振る。「オルディナのヴァースは感じてる。漠然と心を投げ出すようなアクセスはできるけど、通信網としてのヴァースにつながるためには焦点を定めなきゃならないの。それに、彼らは検知器でテレパシーの発信の方向と強度を測れるの。普通の人からも多かれ少なかれ信号は出るから、大きな町では特にS/N比が悪くなる。こんな街中であたしがアクセスしても察知されないとは思うけど、ネクサス・ウンブラの気が立っているときに、奴らに感づかれる可能性のある動きをするのは、少し怖いわ」

「わかったわ。聞かせてくれてありがとう。DNAデータのサーチなどが失敗したら、考えてみることにしましょうか」


 次の日の朝、解析結果が届いた。クライブがコンソール前に立ち、DNAデータと似顔絵など一切合切をサーチにかける。クライブが深いため息をつく。

「何か見つかった?」

「ああ。いいことと悪いことがそれぞれひとつずつ」いつもの彼より若干早口。

「私はいいことから聞くタイプ!」美咲が前のめりに言う。

「カオルらしきDNAデータが、海軍関係者にヒットした。本名はルシアーニ・ワタナベ、連邦海軍の技術将校だ。海軍が占有する技術開発星系ニシマルの所属。何やってる女なんだろうな」

「連邦海軍?!あいつらやっぱりネクサス・ウンブラとつながっていたって言うこと?」ヴァレリーが憤る。

「潜入捜査官かもしれないけどな」とエリック。

「それは確かに、会合対策が一歩進んだいい情報ね。具体的にどうしたらよいかはまだ見えないけれども」美咲の声は自然と低くなる。「だとすると悪いことって何?」

「海軍に逆探知された。こちらの検索とドローンの動きに、反応が出ている。向こうから来るぞ」

 マーカスから笑みが消える。「一個分隊、十名で突入されたら、ここじゃ太刀打ちできない」

 美咲は掌を上げて場を整える。「荒事になるとは思わないけど、受けて立ちましょう。表で会いましょ。レストランかどこか。開けた場所なら、海兵隊だって作戦行動をSNSに流されて表ざたになっても困るから、変なことはできないはず。チームを分けても仕方ないわ。相手の方がきっと数が多いし。もうワンチームで行動しましょうよ」

「じゃああたし、オルディナで一番好きな店を紹介する」サスキアがぱっと笑った。「ゼスティ・マジェスティ。昼でも混んでて、目立つけど安全」

 ヴァレリーが、できる女の口調で、ゼスティ・マジェスティに急な予約をねじ込んだ。


 昼なのに、ゼスティ・マジェスティは賑わっていた。カジュアルな内装に、思ったより高級な素材がさりげなく混じる。用意されたテーブルは、店内カメラと入口がよく見える中央。逃げも隠れもしたくない美咲におあつらえ向きの席が取れてよかった。

 テーブルには冷前菜が置かれる。桃の薄切りと塩の粒が、白い皿で光る。どうやらサスキアの好みの桃のフルーツパスタを、前菜に盛ってもらったようだ。各種フルーツとナッツのサラダは酸と甘のバランスがよく、オレンジをふんだんに使ったスペアリブは、低温で火を入れているらしく香りだけが先に立っている。

「どんなに大変な時でも、腹はすくもんだ。そして、腹が減っては戦はできない」マーカスがフォークで桃を刺し、目を細めた。

「頭を働かせるには、糖分が必要」セリアは、普段は見られない地元のフルーツに満面の笑みを浮かべる。

「ちゃんとタンパク質も取るのよ」美咲は楽しそうに小言を言う。務めて油断しているように。

 サスキアは楽しそうに周囲の会話と感情を拾い、場違いにも楽しい気分を満喫する。彼女は、この楽しい気分の貯金が、これから起こるかもしれない荒事の際、感情干渉の形で皆をなだめるために利用できるかもしれないと考えていた。

 一方、エリックは出入口の動線を視線でなぞる。ヴァレリーはスマホの画面を横に倒してニュースのヘッドラインを流し見する。

 その時だ。店の入口で、空気の密度が目に見えて変わった。ざわめきがひとつの方向に吸い寄せられ、会話の粒が大きくなってから、突然に小さくなる。

「どうやら、お出ましだ」クライブが低く言う。


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