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ノテ・プレパラーテ 準備された音符

 レムナント星系のレムナントプライマルは、セクターの交易の中心地であってどんな流れ者も受け入れる寛容さのある社会。中でもレムナントプライマル宇宙港は、埃っぽい風と油の匂いが混じる、荒くれ者の巣だった。情報局払い下げの小型船、フリーダム・ベンチャーを係留すると、美咲は荷下ろし以上の目的を胸に街へ出た。そんな彼女に、通りの男がわざと肩をぶつけて下卑た笑いを向けた。

「人にぶつかっておいて何にもなしかよ。子供だからって容赦しないぜ」

 言い終わる前に美咲の肘が入った。

「子ども扱いすんな!ぶつかったのそっちだろ!」

 次の瞬間、男の仲間までもが美咲に掴みかかり、乱闘に転じる。多勢に無勢。鋭い痛みが走り、美咲の前腕から血が滲んだ。

「離れろ。小娘相手に本気になるな」

 低い声が割って入り、巨体が壁のように前へ出た。マーカスだ。いかめしい面構えで男たちを睨みつけ、一歩踏み込むだけで気勢を削ぐ。美咲を背にかばい、器用に男のナイフを持つ手を極めて地面に転がした。

「いたたたた。いったい何なの、レムナントについたばかりなのに変なのに絡まれるなんて。最悪」

「救急セットは?」彼は美咲に短く問う。

「船にある…72番ピアに留めてある。」

「ちょっと遠いな。ならばここでやる」マーカスは携行の包帯で止血し、きびきびと固定する。「骨は無事。だが動かすな。スロットル握る力、当分は落ちる」

 美咲は眉を寄せ、それでも笑った。「ありがとう。あんた腕っぷしが強いうえに治療もできるの?」

「どちらも海兵隊で学んでね」

 連邦系の実力組織にいたとしたらあたしと同じ、信用したいと美咲は思う。本当のことを言っているなら。

「ふーん。ここの流儀、よくわかんない。あんたはよく知っているの?」

「必要以上にな」

「さっきのも、幼く見える相手に絡むのが“ここの悪習”ってこと?そういうの、ほんとムカつく」

 マーカスはやれやれと笑う。その笑みには別の笑みも混じる。彼自身にも、華奢で一見愛らしい美咲が、ちょっと大人びた高校生くらいに映るからだ。それを言ったら肘鉄を食らいそうだ。「そういう手合いには今ので十分な薬だ。だが、あんたもこれだけで済んで幸運だと思うんだな」

 美咲は少しの間黙った末、ぽつりとこぼす。

「あたし、急ぐし、ここの法執行機関を頼りたくない。ねえ、私の護衛、お願いできる?」

「この星系にいる間だけだぞ」彼は即答した。「あんた、放っておけない」


 フリーダム・ベンチャーに戻らず、美咲は連絡を送った相手との待ち合わせ場所へ向かう。相手は高校の同級生であり、腕利きのブローカー、ヴァレリー・コスタ。高校までに2年も飛び級し、その後も有名大学の経済学部にそのまま進学した才媛だけど、まったくちがうタイプでありながら美咲とはなぜかずっと仲良しだった。彼女はメガコーポレーションの中でも星系間貿易関係で知らないものはないグレイソン・インターステラー社に在職していたが、ちょうど上司と大いに揉めて、会社を辞めたところだと言う。

「禁制品の処分の話よね?」ホテルのロビーで落ち合うなり、長身を純白のワンピースで包み長い脚を組んだヴァレリーは涼しく言った。しばらくぶりに会うヴァレリーは昔と変わらず華やかだ。「どっかの禁制品は、どっかの合法品。買い手はつけるわ、美咲」

「ヴァル、あんたなら、そう言ってくれると思ってた」美咲は笑って、二人の間にあるテーブルの上に置かれたヴァレリーの左手に、自身の右手を重ねる。ヴァレリーが握り返してくる感触に、過ぎ去りし高校時代が思い出される。

「なんだか、うまくいく気がしてきた!」

 マーカスは二人を見比べ、内心ため息をつく。ヴァレリーの華やかさはこの街で目を引きすぎるし、美咲は自分の魅力にも無頓着で危なっかしい。組み合わされば、なおさらだ。どちらも強気でまわりに火花が散りやすい。近くに燃えるものがあれば爆発だ。

 マーカスの気も知らず、美咲はうまくいく予感に微笑む。ただ、彼女の腕の傷はひどい。とはいえ、治るまで出航を待てそうもない。

「臨時のパイロット、要るわね…」


 美咲には臨時のパイロットを探すあてがないでもなかった。所在無げなパイロットがどこにいるかは見当がつく…宇宙港近くのラウンジに入ると、視界の隅にやはり見知った横顔があった。グラスは縁から指一本分空け、常にドアを背にしない席を選ぶ—海軍仕込みの癖。整った制服崩れ、鋭い目。かつて彼の連邦情報局出向で、美咲の最後の潜入任務で一緒に仕事をした。連邦宇宙海軍出身の信用できる男。

「ナディア?」エリックが先に美咲を見つけ、目を見開き、彼女の潜入捜査時の偽名で呼ぶ。それは親密さの証。「退役したとは聞いたが、いつからレムナントに?連絡をくれれば…」

「エリック・ヴォーン!久しぶり!でも…あんた、なんでこんなところにいるのよ?」

「ひいきにしてくれてる上客のご指名で、レムナントまでのパイロットを依頼されたのさ。よくわからんが、たいして何もしていないが上機嫌で、知り合いにでもおごってやれとチップまで賜った次第。ナディア、再会の喜びにまずはー」

 エリックの言葉に食い気味に美咲が言葉を重ねる。

「エリック、助かった。力を貸して!」美咲はためらいなく言った。彼女が助けを求めるなど、昔はなかった。「少し船を動かしてほしいの」

 エリックは返答に迷ったが、それは美咲の方が操縦の腕自体は上だと知っているからだった。美咲の怪我を見て理由がわかると、迷いは素直に決意に変わる。彼は力強く頷く。「航法は任せろ。必要なら操縦もな。状況は船で聞く」

 二人は、力強い握手を交わす。

 船へ戻った途端、マーカスは役目は済んだとばかりに一同から離れようとした。背を向けながら、ぽつりと漏らす。「俺は流れ者だ。よその船のやり口に口を出す柄じゃない」

だが埠頭の向こうから、先ほどの男が仲間を連れて現れた。ギャングの刺青、金属バット。膨らんだ胸元には拳銃の気配。今回はどうであっても負けるつもりはないようだ。美咲とマーカスを指差し、口汚く叫ぶ。

「そのデカブツも一味だろ!今日の借りは高くつくぜ!」

 このままマーカスだけ置いていけば、彼が狙われる。これからも狙われる。美咲は即決した。「次の目的地まででいい。護衛と治療をお願い。乗って!」

 マーカスは逡巡ののち、頷いた。「借りは航程で返す」

「いや、そもそもあたしのせいだから」

 美咲が操縦席に滑り込むが、エリックは副操縦席を兼ねる隣の航法席に自分の居場所を見つける。ヴァレリーが貨物リストから船体の重心バランスを確認し、マーカスがドック前で立ちはだかる。古い偵察スラスターが甲高く唸り、軍用ハーネスが肩に食い込む。美咲は、短く号令した。「離床を」

「離床する」エリックは応える。

 マーカスは手慣れたもので、離床しかけた船に飛び乗る。


 ヴァレリーは禁制品の売却だけのつもり、エリックは臨時の操縦だけのつもり、マーカスは次の港までの護衛だけのつもり。小型船は霞む灯りを背に、夜のレムナントを離れる。誰一人、この即席の同乗が、長い旅の始まりになるとは知らないまま。



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