カドゥータ・デル・テーマ 主題の崩落 2/2
マーカスはその日は、クラブハウスサンドイッチを作り皆に配っていた。セリアはサンドイッチを作る段階からマーカスを嬉々として手伝っていた。
「星系内のネクサスの捕り物は続いている。宇宙から地上へ、捜索線は降りた。侯爵の自己正当化のキャンペーンも全域で展開中だ。『秩序の回復』『ソルスティスの根絶』『進駐の正統性』の三本柱だ」とクライブ。
「つまり、俺たちのヴァースはセリアたちのホームであると同時に、ネクサスの根幹をなすシステムだ。一方、侯爵としては使い捨てにするネクサスのそのまた一部。とらえ方が真逆だな」とエリック。
「侯爵は、もう練りに練ったストーリーに沿って計画的に取り組んでいる感じね。残された時間、あるのかしら」
部屋の空気が少し硬くなる。マーカスがモニターを切り替え、情報局巡洋艦の星系内監視を中継する。低軌道からの光学センサーによる観察で、治安部隊が倉庫街を包囲していることがわかる。高空を飛ぶドローンが、夜の川沿いを舐めていくことで巡洋艦の死角を埋めていく。AIナレーションは整った声で、逮捕の数字を積み上げる。
「彼にはタイムリミットはなく、そのタイムリミットはあたしたちの方にだけ。状況はあたしたちのコントロール下にある。あたしらが彼を引き込むことに注力すればいいということ。できると思うし、やらねばならないわ!」
「わかるけど…核まで使った男よ?こちらに否定しようのない証拠が明確に存在しても、彼は自分のストーリーに固執して開き直るかも…それをかき乱すためにスワンズのワイルドカードなわけだけど」
「別に表と裏があっても構わない。表の顔はあくまで秩序の回復を目指す正義の行使者、裏の顔はネクサス・ウンブラのコントロール者。裏の顔は形だけで、ヴァースは俺たちが握る。彼に心の底から変わってもらう必要なんてないし、それでもいい。問題はやはり、このスピード感ある展開の中で、どう迅速に証拠を突き付けて侯爵に裏の顔を持つことを説得するかということだな」
「証拠は固まりつつあるわけだ。さて、どうアプローチする?どう始める?」マーカスが問う。
「これ以上は考えても無駄かもね。話しはじめてみないことには」
美咲はしばし黙り、窓の外へ視線を流した。街は明るく見慣れた星々は見えないが、代わりに街の明かりが雄弁にその存在を主張する。彼女の内部では覚悟が組み上がっていく。「もうこうなったら侯爵邸に、正門から堂々と乗り込もう」と彼女は言いかけた。
その時、ベッドルームよりセリアが叫ぶ。「何これ…美咲、見て見て!」
「ごめんね、セリア。今忙しいの。後で話を聞くわ」
「美咲!今すぐ国営放送を見るの!」
サスキアが躊躇なく国営チャンネルをリビングのモニターに投影する。赤い帯状のテロップが画面下を走り、落ち着いたアナウンサーの声が、早口で非日常を演出する。ブレイキング・ニュースが今まさに放映されている。
「オルディナ侯爵が自邸内で暗殺されたということか」クライブがうめく。
誰もが息を忘れ、画面の文字だけが現実を指し示す。部屋に沈黙が落ちると、窓の外から、街に反響する警察のサイレンの音が聞こえてきた。ああ、この暗殺事件は本当なのだと、スワンズは思い知る。
これで彼を顔に立ててヴァースを乗っ取るというスワンズの目論見は外れ、最初から作戦の練り直しを迫られるということだ。
「……誰の仕業だ?」マーカスが低く言った。「ネクサス・ウンブラか、無理解な民衆か。あるいは蚊帳の外におかれた陸軍のクーデターか」
クライブが即座に応じる。「情報局のドローンが高空から見張っていた。外部からの出入りは今のところ確認されていない。邸内のセキュリティは一時的に麻痺していたようだが、EMPではない。情報はまだ断片だが、おそらく内部でのセキュリティ・プロトコルの上書きだ。司令塔に近い誰かが、鍵を回した可能性が高い」
セリアが顔色を変える。「ヴァースの最高命令は現状維持だったはずよ…?そうか、これがネクサス・ウンブラの現状維持的な態度なのかも」彼女はサスキアを見た。「サス、あなたの仲間が動いたの?」
「わからない…でも、私たちのヴァースは家だけど、彼らにとってのヴァースはもっと無機的なもの。もし侯爵の邸の通信と警備がヴァースに部分的に依存していたなら、網の結び目を切るのは…身内ならばできるかも」
ヴァレリーは即座に計算を始める。「侯爵の自己正当化キャンペーンは、首なしになる。空位の権力ほど危険なものはない。一方、私たちの計画は、正面突破の交渉線から、空位を“顔”で埋める戦術へ転換できるわ」
「ちょっと待て。誰の顔で?」エリックは冷静に問う。
「侯爵の後継に名義を貸す。表の顔は貴族。実権は現場。…美咲、準備はできてる?」
「状況が変わったのに、同じカードで勝負するのか?もう少し案を出すべきだ」クライブ。
「まずここは戦術的撤退を検討すべきだ。これだけこの星系が混乱している中、誰が主導権を握っているかもわからない。いったん距離を置くべきだ」珍しくマーカスが口をはさむ。
「もう遅い…今から星系を出ようというものの方が怪しまれる」エリックは冷静さを失わない。
「相手より速く動かなければ!そうでないと私たちは捕まるわ…過去の亡霊に」ヴァレリーはうめく。
美咲はセリアの方に目配せする。セリアは目を閉じ美咲の感情を受け取る、それを感じたサスキアも目を閉じる。そのまま二人のエンパスが、美咲の平穏な心を皆に配る。穏やかに、押しつけがましくなく。それでいて感情豊かに。
部屋はようやく静まり返る。
「このショックで身がすくむのはわかる。もちろん心がすくむのもわかる。でもこの侯爵の敵はあたしたちを狙ったの?多分、そうじゃない。あたしたちには時間がある。少しかもしれないけど。考えるのよ、スワンズらしい解決策を、ね?」




