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カドゥータ・デル・テーマ 主題の崩落 1/2

 オルディナ星系の薄灰の虚空に、ブラック・スワンは静かにジャンプ・アウトした。

「状況は?」

「星座配置からオルディナ星系に到着したことを確認。マルオルディナ宇宙港への旅程計算を開始する」エリックは安定した口調で告げる。

「船体異状なし。ジャンプ・ドライブ異状なし。メインスラスター正常稼働中」マーカスもだいぶん機関の監視を行う役割に慣れてきた。

「今回のジャンプ・ウインドウでの同期ジャンプ船舶なし。周辺5万キロメートルに船舶なし。衝突の危険もないわ」ヴァレリーが、基本的に安全であることを告げる。

「星系内の広域放送に波長合わせた」セリアが続ける。「特に、関係のある警報はなし。近隣からのアクティブセンサーによる探査も受けてない…今のところ」

「オルディナ星系内の通信パターンに異常みられず。船舶からのSOS発信もなし…オルディナのヴァースの存在を確認」サスキアも連日の訓練のおかげで、よどみなく報告を行う。

「サスキア、あなたの星系に戻ってきたわね。話した通り、まだヴァースに再デビューしないでね」

「わかってる、美咲。でも、ヴァースの存在は感じるわ…ホームとしてもね。やはり懐かしいわ。ホント、早くセリアを迎え入れたいわ!」

「焦らなくていいわ、サス。私はずいぶん長い間一人だったから慣れてる。それに、今はサスと小さなヴァースを維持しているし」

 この二人に限らず、どんな人も安心できる環境においてあげたい。


 暗号チャンネルが震えた。送信者名はやはりクライブ。美咲がうなづき、サスキアが手はず通りに通信席で受信を許可する。

「ナディア、戻ったな。まずは安心した」と、クライブの声は乾いていた。「イスファハンでの足取りは現地の情報局の報告で追えていた。君たちがオルディナに戻るつもりがないなら、そこで止めるつもりだった。君らの意図が読めないまま逃げられるのは困るからな」

 情報局がそれなりにリソースをかけて本件を追っていることに美咲は驚いた。思ったより局は真剣なのだろう。

「私たちも、あなたに説明するタイミングを測ってたのよ」美咲が肩をすくめる。

「君たちがショッピングモールでファッションショーを繰り広げている間、オルディナ星系で俺はやきもきしていたんだぞ」

「うっ…女子には服選びが重要なのよ…特にネクサス・ウンブラから救出したサスキアには、心の平安も必要だからさ…」

「そして、ナディア、君が一人で宇宙港のピア12を訪ねた件は…」

「ス、ストップ!」美咲はやや顔を赤らめながら、慌てて遮る。「他人のクローゼットは覗かないのが礼儀でしょ!」

 通信機越しであっても、クライブは退かない。「後できっちり聞かせてもらうぞ。ピア12での話は君の過去の潜入捜査との絡みもあるのか、一部は非常に高いレベルの機密情報でもあるようだからな…メグ」

「ひい…わ、わかったわよ」美咲は小声でたじろぐ。

「大丈夫か?」エリックがのぞき込む。

「ご心配ありがと。あたし、あんたたちと共同で潜入捜査する前に、2回潜入をしていたのよ。その1回目の話。はぁ…落ちを付けておかないと、過去っていつまでも追ってくるのね」

 美咲は、不安がゆえに饒舌になっていることを感じ、とりあえず黙ることにした。


 地上に降りたスワンズは、情報局の調査報告を携えていたクライブとすぐさま合流した。待ち合わせ場所は、ホテルアブセンティアの最上階、キッチン付きのスイートルーム。情報局の作戦室としては経費的に安いものなのだろう。しばらくはここに滞在し、作戦を練ることになる。

 セリアとサスキアは物珍しそうに部屋を探検する。

「お酒見つけても飲んじゃだめだからね!」ヴァレリーがティーンエイジャーの母らしく叫ぶ。

 クライブによれば、最初ヴァースは、ネクサス・ウンブラが私欲のために構築した内部通信だった。物流、密輸、人身の経路を最適化するためのシステム。だが、ネクサス・ウンブラのビジネスに気づいたオルディナ侯爵が、違法薬物ソルスティス流通の放出先を限定することで庇護を与えた。収益の一部は上納させているようだが、支配までは意図していないようだ。何しろ侯爵は、星系内の秩序を“自分の秩序”へ編み直す使い捨てとみなしているようだから。侯爵は侯爵で覇権を広げる意図があり、周囲からは人類連邦貴族の最高爵位たる公爵位を目指していると漏れ聞こえる。

「これ、最終的に連邦情報局はどういった落としどころにもって行くつもり?」

「まだ上層部に上げていないようだ」

「核まで使われているのに?」

「小惑星帯やリングでは、核は鉱石の採掘に使われることがあるらしいし、どう核の絡んだストーリーを展開するかを悩んでいるようだ」

 スワンズとクライブを和ませるため、マーカスはスイートルームのキッチンを仕切ることを申し出た。ヴァースの会合まで、あとおおむね2か月ある。侯爵に接近する準備と、船の整備にまとめて1か月。その後、侯爵に段取りをつけて行動開始することになった。

 一方、侯爵の動きも早い。侯爵の宇宙海軍は、工場の破壊後に星系内に散らばるネクサス・ウンブラを着々と狩りつつあった。


 侯爵を追い詰めるための証拠は、着々と積みあがる。特にヴァレリーとクライブが公爵の資金の動きに集中して調査を行ったものだから、ここ数日の進展は美咲の想像以上に速い。それにしても、公知の情報の分析だけでここまでわかってしまうとは…妙な収入については税金をちゃんと納めないといけないのか、それともそれが足がつくことになるなら船内の金庫にだけ保管しておくべきか。ヴァレリーはどのようにスワンの経済面を扱っているか、今度教えてもらおう!

「侯爵が明確にネクサス・ウンブラを捨て始めている。まだこの星系内での話だから、ネクサス・ウンブラの主導権を取る内部粛清に見えなくもないか。というか、そう見せるというのがスワンズの今の方針よね。そのうえで彼に、ネクサス・ウンブラとさらに距離を取ろうと思っている時期に、これまでむしろ距離を置いていた相手の支配に対して手を上げさせる…改めて考えると難易度が高いわね」

「彼の心を変えさせうる証拠はある。特に上納させていた金の動きだ。」

 ヴァレリーは後を引き取る。「私も確認した。いくつかのペーパーカンパニーを通しているけど、これだけ大きくて一方通行なお金の動き、違法性は明確よ。税金をちゃんと納めているのが笑えるけど…ああそうか、税金を納めてもそれもまた言ってみると彼の政府に入るわけだから、丸損というわけではないのね」

「具体的にはどのような手法なんだ?」エリックが問う。

「簡単に言えば、未公開株の取引きかな。未公開株って価値をいくらにもできるものだし、税金さえ納めていれば文句付けられないと思うわ。そもそも未公開株を取引きするって、侯爵がこの星系の産業振興だということにすれば見かけ上も美しい」

「なるほど、侯爵が最初にスタートアップに投資し、ネクサス・ウンブラが資金提供しつつマネーロンダリング済みのファンドがそれを高値で買うということか。未公開株への投資はそもそもハイリスクハイリターンであるから、少々侯爵への成功度外視の利益供与的な取引が紛れ込んでいても目立たない…ってことか」

「皮肉なのは、未公開株の取引きに係る税金が、星系艦隊構築の目的税ってことかな。あからさますぎてあきれるわね」

「逃げ道のない証拠をつかんだな」

 美咲はクライブの言葉に胸をなでおろす。「そろそろ侯爵への説得方法を論じるフェーズね。そして、情報局にも腹を決めてもらわないとならないわ、クライブ!」



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