星間の女子会
オルディナ星系へのジャンプ直前。最終チェックを始めるために美咲は艦橋にいた。
もともと足の踏み場がない“効率的”な艦橋は、通信席を船主席の隣に設置してつぶれた六角形をした六席配置になって、さらにぎちぎちに狭くなっている。最後尾の通信席と船主席にはそのままアクセスできるものの、最前列の操縦席と航法席へは、中間列としてそれぞれわきにはみ出している観測席や機関席を越えていかないといけないくらいなのだから。無重力の際はそれは難しくないとはいえ、観測席や機関席に先客がいた場合にはさらに問題だ。席だけでなく、そこに座る乗員の身体もまた障害になる。踏み越えるか、どいてもらうしかない。いきおい、操縦席に陣取る美咲は、最初に艦橋に来ることが多くなる。
広大であるはずの宇宙を進む船にあって、艦橋では狭いと感じさせられるというのは皮肉なもの。目の前に広がる無限の星空だって、それを見通すための艦橋の前面から上部までを覆うキャノピーは、手を伸ばせば触れてしまうほど近接している。閉所恐怖症の人にはたまったものではない職場環境。人間が宇宙に出ること自体が、そもそも矛盾のある営みなのだろう。
各席は耐G構造の上に長期間の任務のためにフルフラットにもなるわけだから美咲がベッド代わりにするほど居心地がいい。その日も美咲は誰もいない艦橋で定位置である操縦席に滑り込んで一人の時間を満喫していた。それが美咲の静かな朝の定番だ。
そこへヴァレリーがサスキアとセリアと共に現れた。
「さすがキャプテン。早くから艦橋にいるのね」
「おはよう、セリア。よく眠れた?あたしはただ単に艦橋が好きだからね。仕事のために早くからいるというより、趣味でいるって言うか」
「この二人、昨日も遅くまで話していて、なかなか寝られなかったみたいよ」
「だって、前回のジャンプは緊急性があってあわただしかったもの。今回はサスとあたしが一緒にジャンプする最初の冒険みたいなもの。興奮するに決まっているわ!」
「そうそう!」
ヴァレリーが微笑んで、二人の肩をそれぞれ軽く抱き寄せる。サスキアは新しいスーツの袖口を気にし、セリアは艦橋のパネルの光に目を輝かせる。三人が並ぶと、どうしても母と娘たちに見える。セリアとヴァレリーがこうもわだかまりなく家族の関係を取り戻せたのは、やはりヴァレリーが母としてのセリアへの愛を全く失っておらず、その暖かさを嘘偽りがないものと受け止めたエンパスとしてのセリアの資質があってこそ。その愛がセリアと似たような環境で育ったサスキアにまで向くのは自然なことか。セリアとサスキアという、あまりに複雑な幼少期を育った娘たちが、今むしろ明るく育っているのは見ていて本当に楽しい。
「あなたたち、見習いクルーさんたちもお仕事あるからジャンプで活躍してね!」
「もちろんよ…でも、本来スワンって美咲一人でもジャンプさせられるじゃない?あたしたちってそんなに必要?」
「サスキア、タクシーだって一人で運転できるけど、走りながら同時にかかってくる電話を受けて、次の目的地の天候を調べて、これまでの売り上げを計算して、ついでにカロリーバーを食べて、今日の過ごし方を考えることってできると思う?」
「…できないわね」
「同じことよ。安全と安心は分担から生まれるの。スワンは一人でも運航できなくはないけど、今回みたいに何が起こるかわからない場所に警戒しながら入っていく場合は、なおさらよ。頼りにしているわ、お二人さん!」
「はい!」二人の若々しい返事がうれしい。
「…美咲?」観測席から操縦席に身を乗り出してヴァレリーがささやく。
「なあに、ヴァル?」美咲は操縦席でくるりと腹ばいになってヴァレリーに向き合う。ヴァレリーの整った顔立ちは、近くで見ても美しいが、なんだかちょっと厳しい表情だ。美咲は少しおびえる。
「あなた、また朝食をカロリーバーだけで済ませたわね?」
「うくっ…あ、あまりお腹すいてなかったし…何も食べないよりいいかと…」
「あなたは艦長でしょ、頭もはっきりさせておかないといけないし、ちゃんとバランスのいい朝食をとらないと。ちゃんと朝食取らないから、ランチはたくさん食べちゃうんでしょ」
「あたしほら、やせすぎだし、それでもいいかと…サプリメントも飲んでるし…」
「言い訳なし!そういう人、年齢重ねると突然太るわよ!あなた華奢なのに変に太ると体に負担よ。できることがあるのだから、やりなさい!」
「ひえ…」でもヴァレリーのお小言はどこか美咲を安心させる。
ヴァレリーから、有無を言わさずヨーグルトを与えられる。ん?なんでヴァルはヨーグルトを持っているんだ?もしかして、今日もそもそもカロリーバーで朝食済ませてたこと、バレてた?
「美咲、私たちも叱られたの。おんなじだ!」
「ぐは!同レベルの扱いだ…未成年とおんなじような扱いだ…」
「美咲って、高校への潜入捜査だってできそうよね~」
「ぐはっ…連邦情報局はいりたてどころか、出た後にすらそういわれるあたしって…進歩がない…。というか、実際に潜入したわよ!もう!」
「冗談よ。危ないことはやめてね、美咲」そのヴァルの目は暖かい。「あなたは私にとっての…えーと…なんだろ…」
「あ!娘っていうつもりだ、ヴァル!あたし大人なのに。意味わかんない」
「違うわ。腹を痛めて産んだ娘って言おうと思ったのよ!」
「なにそれ産んでないし!ますます意味わかんないじゃん!」
美咲はそのように当たり前の反論をしつつも、世の中の常識や形式、数値のスペックでもなく、美咲自身をそのままとらえてくれるヴァレリーに感謝していることにも気づいた。美咲が子供に見られることを、過剰反応してしまったって、それすら受け止めてくれる。スワンはそういうところ。
朝から、飲んだ時するような話をしていてこのクルー大丈夫かしらとも思っていた時、エリックとマーカスが艦橋に入ってくる。
「プロフェッソーレ、おはようございます!」「マーカス、今日もよろしく!」
「なんか二人に対する態度と、あたしに対する態度が違うのはなぜ…?」しかし美咲は、軽やかに得意技である気分転換を披露する。「ま、いっか!」
「よし、みんな揃ったわね!ブリーフィングして、手順を確認するわよ。ジャンプまであと1時間だからね。まずは席についてちょうだい」
「アイ、マム!」
不慣れにつき、別のお話としておりましたが、本編に追加することにしました。混乱すみません。




