星間の惑い
オルディナへのジャンプ・ポイントへの移動はいつもと同様に順調。
美咲は、落ち着く場所ではあるものの人の入ってくる艦橋を避け、しばらくぶりに自室に戻っていた。ベッドの上に腹ばいになってコンソールをのぞき込んでいた。高校生のころから、美咲が最も集中できるスタイル。ショートパンツから伸び出た脚は、知らず知らずにパタパタと動いているが、美咲はもうそれに気づかない。
彼女はクライブから受け取った情報を復習する。ネクサス・ウンブラのはびこる星系が、サブセクターどころかセクターの過半に進出していることがわかる。それらの星系、あるいはその周りの星系は社会の薬物汚染がひどい。それだけの薬物とカネ、そしてその取引を維持する彼らの使うヴァースが張り巡らせられているのだ。これがスワンズが敵に回そうという組織…目を向けようとしたのかしなかったのか自分でもわからないうちにサスカチェワン星系の情報が目に入る。よかった…ネクサス・ウンブラの手は伸びていない。美咲はそれに安心するとともにどこか誇らしく思い、すぐに安心することに戸惑い、その戸惑ったことにさらに戸惑った。
ふいに両目をふさがれる。「だーれだ?」
「ヴァルに決まっているじゃん!ノックぐらいしてよ!」
「あたり~!」床にしゃがみこんでベッドの上の美咲を抱きしめる。
美咲はベッドに起き上がり胡坐をかき、ヴァレリーは美咲のデスクチェアに腰掛ける。持ち込んだ二本のビールの瓶のうち一本を美咲に渡す。
「ノックしたに決まってるじゃない。あなたが集中しすぎなのよ。鍵かければ?」
「うん、まあ、そうね。でも、キャプテンは、いつでもドアオープンの方がいいんじゃないかと思ってね」
「あなたは、勤務時間はキャプテンであるけど、そうでない時間は一人の女性よ。それを大切にして」
「そうか。ありがとう」まあ戦闘艦だとそうでない時間なんて限られるわけだけど…そうか、ここは戦闘艦ではないのだった。あたし、なんでこんなに気が立っているんだろ。
「美咲を欲しがる人にオープンにしてるんだと思ってた」
美咲は、ビールを吹き出しかける。
「ヴァル!あたし、そんなことばっかり考えているんじゃないってば!」
ヴァレリーは手をひらひらと振って冗談であることを示す。
「覚えてる?あなた、高校の寮でも、ずっと扉を開けっぱなしだったのよ。キャプテン!」
「そういえば、そうだったかな。あの頃はそんなことなんて何にも考えてなかったわ~」美咲はそう答えながら、サスカチェワン星系での潜入捜査のことがフラッシュバックした。そうだ、高校卒業後も、あたしはそんな感じだった…成長がない。
「私も!」ヴァレリーは華やかにほほ笑む。そのほほえみは昔と変わらないどころか、魅力を増している。
そういえばその頃も、時々ヴァルはパジャマのままであたしの部屋に入り込んだと美咲は思い出した。時にはビールさえ持って。
「セリアとサスキアは、パジャマパーティをしているらしいわ。というわけで、私たちもしよ!」
ヴァルは高校時代にセリアを迎えに行くために勉強をし、いい推薦書をもらうために弁論部で活躍し、地域のボランティア活動にも参加していた。考えてみば、私もよく付き合ったボランティア活動は、母子家庭を支援するものだった。彼女の高校時代は、セリアにささげられていたともいえる。それなのに、今は取り戻したとはいえ、取り戻せないとわかったときの気持ち…想像すらできない。
美咲は、ヴァレリーを抱きしめた。彼女も、美咲の気持ちを感じたようだった。
「ええ、そうしよ!ぜひそうしましょう」
そういえば、あたしも自分の立て直しのために、高校時代を無我夢中で過ごしていた。ヴァルと一緒に、今ここで高校時代を楽しんだ記憶に塗り替えたって悪いことはない。
何口かビールを口にして、ヴァレリーはつぶやく。「私、今が一番幸せよ、美咲。セリアに加えて、サスキアと言う娘ができた。あなたにも隠し事がなくなったし」
「そうね。でも、あのころのあたし、ヴァルの秘密を聞いても理解できたと思えないわ。あなたが黙っていてくれてよかったのかも…あたしの都合だけで言えば」
「私自身も理解なんてしてなかったよ。ただ、単に無我夢中だっただけ。あなたはとってもいい友達よ、美咲。昔も今も!」
美咲は気づいていた。ヴァレリーに言っていないことがたくさんあることを。そのうちの過半は連邦情報局での任務に関係あることで、守秘義務があるし美咲が言うような話ではない。しかしそうした言い訳ではない理由で、美咲自身が話したくないことがまだあるのだ。もっと正確に言えば、話したくないのではなく、話したいけれども彼女自身の整理がついていないことが。でもそのままを共有してもいいかもしれない。
「…ヴァル、聞いてくれない?」
「ん?なんでも聞くよ、パジャマパーティだもん」ヴァレリーの軽妙さがうれしい。
「あたし…本当に悩まされている人がいるの。10年くらい前に…離れたんだけど、頭から離れない人」
「何それ、ストーカーか何か?私がとっちめるわ」
「あ、ありがと。でも、ストーカー…みたいとこもあるけど、そういう意味じゃなくて。なんというか、嫌な人なのに、気になる。でも向こうは涼しい顔で、あたしだけこう困っている感じで。あたしばっかりがいっつも混乱させられて」
「美咲…」
「あたしは本当にあの人に対して腹を立てた。でもいくらあたしが腹を立てても、あたしに怒らないのよ!何なのよ?」
「美咲!」
「あの人のことを知りたくもないはずなのに、いつも気にしている」
「美咲!そんなの、あんたがその人の事好きに決まってんじゃん!」
「そんなのわかってるわよ!!でもどうしたらいいかわかんないのよ!」
二人は黙り込む。
「もう10年近く会ってなかったのよ。それがこないだ空からあの人の貨客船を見かけてさ…気づいたら怒鳴り込みに行ったのよ…衝動的にというより混乱したままで。やっぱり…あたしがどんなに暴れても受け止めるのよ、あの人は」
美咲の瞳から知らずに涙がこぼれる。
ヴァレリーは慌てるでもなく、話を聞き美咲の顔が良く見えるように、美咲を抱きしめる。
「あの人は変わらず朗らかで。あたしを抱きしめすらするけど、好きとも言ってくれないし、追いかけてもくれないの」
「美咲の意思を尊重してくれてるのではないかしら」
「そうとも思う。言えない理由も何となく知ってる。でもね程度の問題があると思うのよ」
「美咲、あなたの方から好意を伝えることはしないの?」
「それを伝えて、どうなるのかだけでなくて、あたしがどうしたいかもわからない。伝えて、拒否されるのも怖い。でも、伝えた結果、あの人が私を好きでもないのに拒否しないことも怖い。何より、お互い好きだった時、どうなるのか怖い。あたし、あんなわかりやすいけどもわかりにくい人といっしょにいていいのかしら?あの人も、あたしなんていう縄を付けていても飛んで行ってしまうような女、迷惑だと思うのよ」
「あなた、真剣にその人のこと好きなのね」
「へ?そうなるの?好きは好きだろうけど」
「美咲とその人が二人とも幸せになる絵が、あなたには見えないということね」
「確かにそうね。あたし、あの人とはずいぶん立場や状況が違う。私は縛られたくなくて自由を愛し、あの人は自らの行動を自らの意思で縛っている。光にすら縛られている…」
光に縛られるということにヴァレリーは引っ掛かりを覚えたが、それより重要なことに彼女は気づいた。
「美咲!でも、その人は、あなたを混乱させられるほど、発想が自由であるように感じるわ」
「へ?」
「そこは、あなたと同じよ、美咲!あなたの発想の自由さで、このスワンは成り立っているわけだし」
そうか、どんなに過去やしがらみや組織、立場それらに縛られていたって、発想や考え方や感じ方が自由であることこそが真の自由だ。
「あの人もあたしも、考えの自由さを大切にしているということ…?」
「ほら!共通する価値観もありそうじゃない?」
いつの間にか泣き止んでいた美咲は、ふいにヴァレリーに強烈なキスをする。
「美咲?」
「ありがとう、ヴァル!なんか、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけでも、あたし、何かがわかり始めた!あなたのおかげ。なんかちょっと…落ち着いた」
ヴァレリーはおかえしに、美咲の額に軽いキスをする。「どういたしまして」
「ヴァル、大好き」美咲は、ヴァレリーの首もとでつぶやく。
お読みいただきありがとうございます。次のお話に続きますので、良ければぜひそちらもご覧くださいませ。




