過去との対峙
イスファハン星系のナガハマの宇宙港に着床したブラック・スワンからスワンズが買い出しなどに街に繰り出したのを待って、美咲は一人足早に宇宙港のピア12に向かった。
美咲は腰に手を当てて、ピアの真ん中に鎮座する中型貨客船に対峙する。一度大きく息を吸い込んでから、美咲は声を放つ。
「おい、ロリコン子爵、出てこーい!!」
その呼び声の大きさとあまりに堂々とした様子に、整備員たちは美咲を子爵を怒鳴りつける女侯爵ではないかと思ったのか、まごついて声をかけるものはいない。「スナイデル、いるんだろ!」
よく見ると何人かは口元を押さえて笑みをこらえている。相変わらず、スナイデルは臣下にも好かれているらしい。
「これはこれはマーガレット、本当に久しぶりだね」サスカチェワン星系を統べる子爵スナイデルは、美咲の後ろから踊るように現れ、美咲と船の間に身を落ち着ける。「君から訪ねてきてくれるとは、僕が恋しくなったかい?」
たじろぎで跳ねそうになる体を、美咲はどうにか抑える。スナイデルは相変わらず涼しい顔で、記録上は50歳代のはずがどう見ても2-30歳代に見える活力が無駄にほとばしる。
「ようやく出てきたな、ひらひら服のロリコン子爵」
「まあでも何度もロリコンロリコン言わないでもらえるかな。僕はロリコンなわけではないだろう?」
「そうかもしんないけど、あんたはあたしがそう呼んでもいいって言っただろ」
「そうだったかな?」彼はとぼける「でも、わざわざ来てくれるとは嬉しいね」
「港に入るとき、上空からあんたのとぼけた船を見かけたのよ。濃い紫のさかさまの竜みたいな船、あんたの精神性を見せつけられるようで気色悪い」
「それだけで訪ねてきてくれるとは恐縮至極!」
「違うの!あんたがいるかもしれない宇宙港であんたを避けてこそこそ逃げ回るのは面倒なのよ。だから、こうして先んじてあんたに釘を刺しに来たって言うわけ」
「まあそういうことにしておこう」
本当にスナイデルにはイライラさせられる
「こっちは未成年を二人も連れてきてんだ。どっちも美人な上に無自覚。しかもこれまで純粋培養。だから、あんたにちょっかいを出してほしくないの!」
「僕がそんなことをすると思うのかい?」
「思っているから、言ってるの!だってあたしにちょっかい出してきたじゃない。高校生のあたしにさ!」
「それはメグ、誤解だ」
「何が誤解だっつーのよ」
スナイデルに対しては、知らず知らずのうちに柄にもなく乱暴な言葉が頭に浮かび、大声を出させられる。美咲はそういう自分にいつも戸惑う。
「メグを高校生だなんて思っていなかったということさ」
美咲は次の乱暴な言葉のために息を大きく吸い込んでいたが、虚をつかれる。
「え?でも現に?高校にも行っていたあたしにあんたは声をかけてきたよ」
「だから、高校生だと言い張るメグを、そうと信じずにちょっかいを出したということさ」
「ちょっとあんた、いつからあたしが高校生ではないってわかってたのよ」
「そんなの初めのころから分かってたよ」
「え?どこで分かったの?」
「う~ん、しいてどこかと言えば、高校生らしくない鋭くも優しくもなる目つき、他人のことを気に掛ける成熟した態度、一人でいることにまったく躊躇がないためにかえって人を惹きつける独立の気性、勉強じゃあ得られないタイプの無形の才覚、僕らの方言に新たな音楽性を加える声の響き…かな」
なんでそんなにあたしの事を見ていたんだ、この色男は…。方言についてはだいぶん集中訓練したのに…そもそもあたしを高校生に偽装しようとしたことが間違っていたとしか思えない!
「え?ということは、あたしを高校生だとは思わず、それでいて高校生っぽい格好と振る舞いのあたしに声をかけた…やっぱセクハラロリコンじゃん!」
「どうしてそうなるんだ、メグ?それにしても制服姿のあの痛々しい姿と演技…」
「それは言っちゃダメなの!自分でもわかってるんだから…というか、あんた、そう思ってたのね…」
「メグ、自分を大切にしないといけないよ」
「それにあんた、あたしが高校生ではないのに高校生のふりして学校に行って、あんたの周りにいたとしたら、あんたあたしをなんだと思っていたの?」潜入捜査が最初からもろばれってこと?
「うーん…僕のファン?」
「…なんかあんたと話していると疲れるわ…」
「でもファンではなさそうだとわかった後も、何か重要なことをしてそうだったから、そのまま邪魔しなかったんだよ。最終的には感謝もしている」
美咲は一人うめく。「…って、潜入がもろばれしてたってことじゃん…なんか超ショック…あたしちゃんとお仕事できてたんだろうか…情報局では評価は悪くなかったのに…」
美咲が潜入捜査をしたが、結局は、子爵のファミリービジネスは全然違法ではなく、むしろ連邦のあずかり知らないお仕事をしていたのだ。苦労のわりに報われなかった潜入捜査についてだけではなく、今気づかされたこの真実に、美咲は改めてがっくりと肩を落とした。
「でもまああの時も、ねぎらいのためにメグに一杯おごろうと、自室に呼んだというわけさ。今日のメグに一杯おごるのは、いかなる意味でもセクハラでもロリコンでもないだろ?同じことさ」
「ん、ということは、あの時もあたしを高校生ではないとわかっていて、それで自室へ?」
「そうだよ?」
「そのとき、あたしを部屋へ促すために背中からお尻まで触ったのは…?」
「それはメグがきれいだったからセクハラ」
「やっぱ!セクハラロリコンじゃん!」
「わかったわかった、それでいいよ、メグ」
美咲は改めて大きなため息をつく。どうしてあたしはこの男にこんだけ振り回されるんだ。
「ところで情報局をやめるときの僕のプレゼントは受け取った?」
「はぁ?!あの払い下げ船の変な仕様はあなたの手回しなの?あんたはどういうつもりでそんな変なことするのよ!何かあるなら直接言ってよ…直接…今度は逃げないからさ…」
「ごめん、メグ。プレゼントの話はかまをかけただけ。僕は何もしてないよ。動揺させてすまないね」
「あんたの言うこと、どれが本当かわからなくて、あたしいっつも混乱するのよ。勘弁してよ…もう…」
スナイデルは美咲の頭を包むようになでる。その手が美咲に心地よくないわけがない。
「その未成年二人にはいっさいちょっかい出さない。そもそもそんなつもりもないしね。これでいいね?」
「ありがとう…お願いよ」美咲はどこか名残惜しい気分を感じつつも、子爵に背を向けた。「じゃあ、またどこかでね、スナイデル。元気でね。ビアトリスにもよろしく伝えて。伝えられるものなら」
すると突然、子爵は美咲に覆いかぶさるように背中からふんわりと抱きしめた。彼女の胸元にまでその手を回す。
「今日のメグはますます魅力的だ。情報局を離れて、いい仲間と共にいるんだね?」
「…あんたにはお見通しなわけね」
美咲は、その手を重ね…そして、スナイデルの手を有無を言わさずどかす。
「でもセクハラはダメです!!相手の気持ちを確かめずにホイホイとセクハラする奴は、セクハラで身を亡ぼすの、スナイデル!」




