フィナーレ・コン・バリアツィオーニ 変奏を伴うフィナーレ 1/2
オルディナ星系の闇を切り裂くように、ブラック・スワンはリングを静かに航行していた。クライブは約束通り、侯爵の艦隊を様々な偽情報で混乱させ、足止めに成功していた。彼の最後の通信は「48時間が限界だ」という短いものだった。
艦橋の船主席でゆっくりと呼吸をしているセリアの肩に、ヴァレリーは手を添える。「サスキアを感じ取れる?」
セリアは目を閉じ、意識を広げる。リングを構成する大小の小惑星の冷たい岩石の向こうに、かすかな光のような感情が見えた。「いる。でも...混乱している。恐怖と怒りが渦巻いてる」
エリックが広域情報を整理する。「ネクサス・ウンブラはすでに退避準備を始めているな。侯爵の裏切りを察知したようだ」
「いくつも船が動き始めている」美咲が操縦桿を握りしめながら言う。「高速密輸船が少なくとも38隻...おそらく薬物を満載して逃げようとしてる」
侯爵の艦隊が動き出し、核攻撃を開始するころ、敵はスワンのような小型船に構う余裕はなくなる。スワンはスワンで、小惑星を陰にネクサス・ウンブラの工場に近づく。何とかできそうだ、と美咲は思う。
マーカスが武器チェックを終えて立ち上がる。「テレパスたちは?」
「バラバラに...」セリアの声が震える。「各船に分散されている。ネクサス・ウンブラは組織を維持するためにヴァースを手放す気はないということだわ。少なくとも今は」
美咲は唇を噛む。テレパスをまとめて救出する計画がもろくも崩れた。「サスキアはどこ?」
「あそこ」セリアがチャート上の小さな光りの点を指差す。「おんぼろの司令船。親玉はヴァースの司令塔であるサスキアとはいえども、高級武装ヨットには乗せていない。差別的な扱いね」
エリックが冷静に分析する。「ヴァースの司令塔は手元に置きたいが、自分の船には乗せたくない。だからサスキアを別の船に乗せてついてこさせるというわけか」
ヴァレリーの目が光る。「サスキアだけでも助けましょうよ」
スクリーン上のチャートに突然いくつもの黄色い円が表示される。タラントのリングの端で、侯爵の核攻撃が始まった。
「EMPの影響で通常センサーがダウンする!」エリックが叫ぶ。「でも俺たちにとっては、おんぼろの司令船に接近するチャンスだ」
「ヴァル、光学センサーに切り替えて」美咲は冷静に指示を出す。「セリア、サスキアの感情を頼りにおんぼろ司令船の位置を教えて。方向だけでも構わないわ」
ヴァレリーは観測席に表示されているグリーンの表示を見て、センサーを除けばスワンがEMP下で充分に機能していることに気づき、むしろ眉を顰める。どうやら軍用レベルのシールドがなされている。つまり、美咲に払い下げられたこの艦は普通の連絡艦ではなく、そもそも核攻撃下での行動を想定されていたということ…やはり、侯爵の手がかかった艦だということか。
ブラック・スワンは小惑星の間を滑るように進み、小惑星の陰から出港準備を整えるおんぼろの司令船に接近する。時間をかけてゆっくりと。闇をわたる刺客のように。
十分近づいたとき、インカム越しに、美咲は声をかける。「マーカス、準備はいい?」
「ああ。派手にやるぜ」マーカスが武装を背負う。
「計画通り。あなたは陽動、私はサスキアを別経路で誘導する」美咲は静かに呼吸を整える。
「ヴァレリー、武装ヨットの監視もお願いね。エリック、船を頼んだわ」
スワンから放出された小型ポッドが司令船のドッキングベイに突入し、爆発音と共にマーカスが姿を現す。船内に響く警報と怒号。マーカスは持ち込んだ重機関銃を宇宙船の床に打ち付け固定し、とにかく撃ちまくるという派手な花火を始めた。船内で重機関銃を撃つというのは、反動の関係で通常はありえない。ネクサス・ウンブラの連中も、隔壁すら貫く高威力の徹甲炸裂弾の連射に心底度肝を抜かれていることだろう。
その混乱に紛れ、美咲は別のエアロックから船内に侵入。セリアからの精神的ガイドを頼りに、サスキアの元へと急ぐ。サスキアはステートルームの一つに監禁されている。精神感応的には近くに敵はいない…マーカスへの対処のために駆り出されたのだろうか。
「サスキア!」彼女はステートルームの扉を開けるなり叫ぶ。「私たちはセリアの友達。あなたを救いに来た」
部屋の中に一人だけ残された細い少女が驚いて振り向く。疲れた目は何の色も放っていない。「セリア...?」
「別の船で待ってる。早くこっちへ。ヴォイド・スーツを着るのよ」
美咲は生気のないサスキアを追い立てるようにしてエアロックへと急ぐ。「いい?短い距離だけど、宇宙を跳ぶわ」
ヴォイド・スーツには何とか収まったサスキアは、その無茶の恐怖に目を見開く。「無理...できない。何にもないところじゃない」
「できる」美咲は彼女の手を強く握る。「セリアがあなたを呼んでる。それに私の心を感じて。ね?嘘偽りなくあなたが宇宙を跳べると信じてる。でしょ?」
サスキアは震えながらもようやくうなずく。
マーカスの声がインカムに響く。「一人しかいないことがそろそろバレる。撤退する」
「了解。武装ヨットは?」
「特に動きはないけど、おんぼろ司令船へレーザーセンサーを向けている。司令船での異常にようやく気付いたというところかしら」
美咲はサスキアを抱きしめるように抱え、エアロックのカウントダウンを始める。「目を閉じて、3秒だけ勇気を出して、3、2、1…」
美咲はサスキアを抱えたまま、スワンに向かっておんぼろ司令船を蹴る。虚無が二人を包み込む。セリアの感情が灯台のように彼女らを導く。
スワンのエアロックが開き、二人を迎え入れる。セリアが走り寄り、サスキアをヴォイド・スーツごと抱きしめる。「サス、無事でよかった。会いたかったわ」
美咲は、ヴォイド・スーツのスラスターを使わないですんだことに安どしていた。探知されるリスクは極限まで下げておきたかったから。
マーカスも無事帰還する。置き土産は大量の爆薬。
「親玉の高級ヨットがこちらに追ってくる。こちらを発見した…いや、おんぼろ司令船に向かっているようだわ」ヴァレリー告げる。
「エリック、離脱を!」ヴォイド・スーツを脱ぎ捨てながら艦橋に走る美咲は叫ぶ。
「スワンには何にも武装がついていないのがこんな時は悔やまれるな」マーカスが冷酷に言う。「しかし、爆薬の炸裂時間が迫っている。おんぼろ司令船だけでも消えてもらおう」
そしてサスキアを救えたのは大成功だ。しかし、美咲は悔しくて唇を噛みしめる。10人救うのだって少ないと思っていたのに。たった一人とは!




