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ディッソナンツァ・オッブリガータ 必然的な不協和音 2/2

「セリア!」ヴァレリーが叫ぶ。

 セリアを人質に取ったのか!でも彼女はブラック・スワンに残ったままで、スワンは近くの森に隠してきた。スワンは簡単には見つかるはずはない。どうやってセリアを人質にとったのだ?

「愛らしい娘だ。セリアを返してほしくば、ネクサス・ウンブラをせん滅するがいい。そのためにはスワンを使う必要すらない。庭に止めてあるネクサス・ウンブラの連絡艇を奪っていくがよい…ゴッチア・ダウロラを4基搭載してある。ネクサス・ウンブラの工場を核の熱で焼くことができたら、その時はセリアを返そう」

 ヴァレリーは叫び、美咲は怒鳴る。

 そこでマーカスはヴァレリーに耳打ちする。「ヴァル、スワンは簡単には見つからない。セリアがとらえられているかは疑わしい。妨害電波はあっても、精神感応は妨害されない。彼女が囚われてこの邸宅にいるとするなら、その心の叫びが君に投げられるのでは?」

 ヴァレリーはそれを感じない。「セリアはなにも伝えてこないわ。たぶん、あの子、とらえられていない。セリアはまだスワンにいると思うわ。あの動画、精巧につくられているけどきっとAIで作成されたものだわ」


 ヴァレリーは強くセリアを想い、彼女はそれに応える。セリアは状況をおおむね理解し、船内で目を閉じた。彼女の意識が広がると、周囲の人々の感情が色彩のように見えた—侯爵の冷たい青、側近の不安な緑、美咲の燃える赤。彼女は深く息を吸い、その色彩を掻き乱す感情の波動を放った。たった一瞬だけ。それはエリックと訓練を重ねた結果使えるようになったバンシーの叫びと呼ばれるパルス状の強い感情の押し付けによる対集団攻撃。

 たった一瞬だけでも十分だった。邸内のシャンデリアが震え、ガラス製品が共鳴音を立てるようにすら感じ、人々の動きは不安と避けようもない恐怖によって身がすくむ。警備の足が揺らぎ、側近の瞳が恐怖を滲ませた。マーカスはその隙にヴァレリーの腕を引き、エリックは美咲を庇うように前に出る。

 侯爵の完璧な仮面が一瞬だけひび割れ、冷たい怒りが覗いた。「これは…エンパスの感情干渉か」彼の声は低く震えている。「セリアめ…」

 誰もが麻痺したように動きを止める中、一行は全く邪魔されることなく侯爵邸を出て、森に隠したスワンに戻る。


 艦橋で、会議は短く、しかし重く始まった。クライブが解析結果を投影する。

「彼のもともとのシナリオはこうだった。美咲を難破船へ誘導し、禁制品としての薬物に目を向けさせるとともにレムナントにいるヴァルを必要とさせる。エリックには客の指名によってレムナントに向かわせる。レムナントでは美咲にならず者を当てて美咲にヴァルだけでなくパイロットとしてのエリックを必要とさせ、出航すらも急がせる。そののち、セリアの居場所を告げて、ゲーム開始。セリアを救出した君たちは"弱者の救助"で自らを正当化し、ネクサス・ウンブラを憎む正義とネクサス・ウンブラに追われるであろうセリアの安全のためネクサス・ウンブラ壊滅までを意図して行動する」

「今から考えると、情報局から払い下げられたこの船だって、侯爵の意図だったのかも」

「しかし俺たちはそのシナリオから逸脱する」

「侯爵は必ずネクサス・ウンブラを核攻撃する。それは変えられない。」

「いずれにせよ、ネクサス・ウンブラは崩壊する」エリックがぽつりと言う。「そして薬物が途絶えた星系は混乱へ。資金源と司令塔を失ったネクサス・ウンブラは、いずれヴァースが重荷になり、証拠隠滅のためにヴァースを破壊するだろう」

 美咲は窓の外の暗い森を見つめる。「私たちは何を選べる? 核攻撃を止められないなら。星系の混乱を止められないなら」

 マーカスはぶれない。「俺たちが救える命があるはず」

 美咲が言った。「侯爵もネクサス・ウンブラも、どちらも弱者を道具にしている。だったら、私たちは弱者に寄り添いたい」

 エリックがうなずく。「悪対悪。連邦の腐敗と、侯爵の身勝手な秩序。どちらにも乗らない。弱者の味方のラインを自分で引く」

 セリアが小さな声を重ねた。「私、ヴァースの子たち、集団として感じる。怖がっていて、諦めてる。…でも、誰かが来るって感じられたら、生きようって思うと思うわ」

「知っている子とかいるの?」

「いる。もともとアルセストのカルディナル男爵のところで一緒だった子たちで、特殊な超能力を持っていたからネクサス・ウンブラの中枢に移されたの。サスキアとマイケル。仲良くしてたわ。」

美咲はそういえばその話をまだスワンズで共有していなかった。

「ネクサス・ウンブラの中枢?タラントのリングのどこかってこと?」ヴァレリーが問う。

「言ってみれば、ネクサス・ウンブラの司令塔の通信係。サスキアは、本当に数少ない優秀なテレパスでエンパスよ」

「ちょっと待って、セリア。あなたたちって本当は何をしていたの?」


 クライブの端末に走らせていた指が止まる。「リングのネクサス・ウンブラの本拠地の座標だけはほぼ特定できた。後は核攻撃前後の混乱に乗じて、適切な脱出ポイントを設定してそこに強制着床、テレパスたちを救えるだけ救う」

「10人くらいなら、スワンに乗せられると思うわ。ジャンプのことを考えなければもっとたくさん乗せられる…でも、ここが侯爵の支配する星系であることを考えると、救出後は速やかにジャンプして逃げるべきね」

「無茶な作戦だな」

「いや違うわ」ヴァレリーが言う。「私たちは侯爵の計画からも、ネクサス・ウンブラの秩序からも外れるワイルドカードよ。緻密に計画をした相手には、緻密さを破壊するワイルドカードこそが効く。」

 ワイルドカードは味方も傷つけうることを美咲もエリックもわかっていたが、それは口に出さない。出しても仕方ないことだからだ。

 マーカスが立ち上がる。「現場は俺がやる。武装は軽く、動きは速く。救出を最優先。」

「武装?スワンに武器なんてないわよ?」

「侯爵の館を出るとき、いくらか頂戴してきた。重機関銃と携帯火器、爆薬少々」

「無茶はしないで。」美咲が皆に目を向ける。「でも、私たちはいつか自分たちの行動を振り返ることになる。弱者をただの道具にする秩序を拒否して、弱者のための秩序を作る。小さな一手から」

 作戦名を問うヴァレリーに、美咲は短く答えた。「ディッソナンツァ・オッブリガータ。主旋律に逆らう対位旋律。調和からの逸脱が、新しい和音を生む」

「脱出ポイントは、リングに近づきながらセリアがサスキアに呼びかけて、その結果次第で設定する。後は臨機応変に対応する」

「まさにワイルドな試合というわけね」


 出発直前、クライブがぽつりと言った。「侯爵は必ずネクサス・ウンブラを核攻撃する。それを止めることはできない。だが、その前に何をするかは選べる」自分を納得させるかのように。彼は船を降りることにした。「俺はできるだけ侯爵の艦隊の出航を遅らせる。偽の情報、民間船による出航妨害、なんでもやるつもりだ。スワンのために時間を稼ぐ」

 ブラック・スワンの古いスラスターが唸る。軍用ハーネスが肩に食い込み、計器の光が静かに灯る。航路は侯爵の支線に乗った輸送星系へ。名簿の小さな点が、星図の上で微かに光る。

 美咲は操縦桿を握り直す。「考えて、選ぶ。弱者の側を。でも、10人だけ?どうしたら彼らみんなを救えるの?」


 エリックが航法を合わせ、ヴァレリーがセンサーによる監視を強める。マーカスが上陸に際しての武装の最終点検をしている。セリアが胸に手を当て、目を閉じる。美咲がスワンを操る。「タラントのリングに近づくわ。なるべく静かにね」

 船は闇を切って進む。侯爵の編んだ台本の上で、スワンズは小さな逸脱を重ねていく。核の光を拒み、別の光—救われる子どもの目の中の光—を選ぶために。悪と悪の間で、彼らは第三の線を描く。弱者の味方でありたいという、単純で強い意志の線を。

「セリア、サスキアを感じ取れる?」

 セリアは首を横に振る。ならば、もっと船をネクサス・ウンブラの本拠地へ近づけねば。


 主旋律に逆らう対位旋律、調和からの逸脱。それは小さくとも、確かな不協和音から始まる新しい曲だった。



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