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ヴァース

 艦橋の照明は夜間モードに落とされ、計器だけが青い光を放っていた。美咲は艦橋を自室扱いするのに慣れすぎ、ELCが船を去った後もここを自室にしようかと考え始めていた。なにしろ、星が良く見える。星たちは瞬きもせず動きもしないが、それが美咲の目には心地が良い。それらの星のほとんどにはジャンプ・ポイントはなく、人類にとっては未踏の地。それもまた美咲の心には心地よい。

 ノックの後、ハッチが静かに開き、セリアが入ってきた。彼女は既にパジャマ姿だったが、目は冴えているようだった。

「また、眠れないの?」美咲が振り返った。

 セリアは首を振り、航法席に腰掛けた。「考えごとがあって」

 美咲はコーヒーカップを横に置き、フルフラットにした操縦席の上で横向きになって彼女に向き合う。「聞かせてくれる?」

 セリアは窓の外の星々を見つめながら、しばらく黙っていた。「美咲...ネクサス・ウンブラから逃げ出す前、私には友だちがいたの」

「友だち?」美咲は声をやわらげた。「アルセストに?」

「うん。サスキアとマイケル」セリアは懐かしそうに微笑んだ。「私たちはよく一緒にいた。彼らは私よりも強かった」

「同じようなテレパス?」

「サスは私と似てテレパスでエンパス。私より遠くまで感情を読めたわ」セリアの目が遠くを見つめる。「マイクは純粋なテレパス。思考を読むのが得意だった。私たちは...アルセストのヴァースの一部だったのよ」

「ヴァース?」美咲は首を傾げた。

 セリアは少し考えてから説明し始めた。「テレパスやエンパス同士のネットワークのようなもの。私たちはお互いを感じ、情報と感情を共有できる」

「ネクサス・ウンブラの通信システムということね」美咲は理解した。美咲たちは、セリアにテレパスたちの活動について問いただすことをしていなかった。それは初期のころに試みたところ、セリアが強い拒否反応を示したからだった。美咲たちは、セリアがテレパスたちについて話をできるまで待つことにした…それで今がその時と言うことかもしれない。

「そう、ネクサス・ウンブラにとっては、私たちは通信の部品。でも私たちにとっては、それ以上のものだった」セリアの声は小さくなった。「迫害されたもの同志が心の底からつながる、家族のつながりみたいな。だから、私たちがヴァースと呼ぶものは、むしろあったかい家のようなものよ」

 集合的無意識ともまた違うのか。

「ああ誤解したわ。そうなのね。同志たち…彼らはどうなったの?」美咲は優しく尋ねた。

セリアの表情が暗くなる。「カルディナル男爵は...彼らを別の場所へ送った。男爵が私を『特別』と言ったから、私だけ残された」彼女は身震いをして、震える息を吐いた。「サスとマイクは『優秀』だったから、侯爵のいるオルディナに送られた。そこがネクサス・ウンブラの中心地で...私たちが今目指しているところ」

「そこで何をさせられているの?」

 セリアは俯いた。「星系を越えたヴァースの一部として使われていると思う」

 美咲は静かに考え込んだ。「星系を越えたヴァース?ヴァース同士をつなぐのね」

「うん。ネクサス・ウンブラの最高幹部たちは、星系内でも星系間でも秘匿された情報を素早く共有したいの。傍受されず、妨害されず、偽の情報が混入しない通信」セリアの声が震えた。「彼らは私たちを...中継器として使うわ」

「あなたたちは、星系間でも通じ合えるの?」

「それは無理…私の知る限り。遠いし焦点が合わないもの。ネクサス・ウンブラは、星系と星系は輸送船でつなぐの。まあジャンプは一瞬だし、超光速と言うことだから、星系間においてはテレパスを使う必要はないではないかしら」

 美咲の中で理解が形作られていく。なるほど、ネクサス・ウンブラが輸送船も使って維持するシステムとしての星系間超高速通信ネットワーク、そのシステムに組み込まれる星系内のテレパスによる超光速で完全に秘匿される通信ネットワーク、それを支えるテレパスたちが自ら感じるホーム、どれもヴァースと呼ばれる時があるというわけだ

「知らなかった…ネクサス・ウンブラの中の巨大なネットワーク。なんだかもう一つ宇宙があるような印象を受けるわ…」

「そうかも。彼らの呼ぶヴァースはどちらも大きさの違いはあれど無機的で味気ない。私たちの呼ぶヴァースは血と心が通った家よ」セリアは頷き、続けた。「でも、私たちの能力は20歳頃に消えるわ。そうなると...」

「もしかして…」美咲はうめいた。ネクサス・ウンブラの秘匿したいような秘密に触れた人材は、生かしておくわけはない。「処置…されているの?何てこと」

「そう思う」セリアの声は弱くなった。「カルディナル男爵の所では、ある日突然いなくなる子がいた。『成長した』と言われたけど...」

 美咲は強い怒りを感じながらも、冷静さを保とうとした。「サスキアとマイケルは今何歳?」

「私と同じ。17歳。もうすぐ18歳か」セリアは答えた。「あと2年...」

「二人はオルディナ星系のどこにいるの?」

 セリアは首を振った。「どこかということまでしかわかんない。たぶん最も警備が厳重な場所。ネクサス・ウンブラの『星系間ヴァース』の接続を手配する司令塔みたいなところだと思うけど」

「あなたは彼らとコンタクトできるの?」美咲は可能性を探った。

セリアは少し躊躇った。「オルディナまで行けば…それでも距離が遠すぎるかも...普通なら。でも...」

「でも?」

「アルセストにいるときでも、サスの存在は、時々...距離が遠くてもお互いを感じることがあったの」セリアは自分の胸に手を当てた。「彼女は本当に強いエンパスだから。特に彼女が強い感情を感じているとき、私にも届くことがあった」

 美咲は前のめりになった。「あなたが強い感情を使って連絡を付けられるかもしれないということね」

「わからない」セリアは正直に答えた。「意図的に試したことはないの。他の人に気づかれるかもしれないし。もし気づいてほしくない人に気づかれたら、サスが罰せられるかもしれない」

「そういうことなのね」

 気づかれるとはどういうことなのか、美咲はその質問を飲み込んだ。友人との会話を尋問にしたくはなかったから。代わりに美咲は航法席のセリアに身を移し、彼女の後頭部を支えながら抱きしめる。セリアが小刻みに、寒さではない理由で震えていることに気づき、美咲はセリアが抱えている気持ちの大きさをようやく感じ取った。抱きしめる腕の力が心なしか強まる。

 長い沈黙が流れた。艦橋の窓の外では、星々が静かに瞬いていた。

「あのね、美咲」セリアがついに口を開いた。「テレパスもエンパスも一番強くなるのは、何かを守りたい時なの。私たちの能力は感情と繋がっている」

「守りたいものがある時に?」

「そう」セリアは深呼吸した。「私がカルディナル男爵から逃げられたのは...あなたたちを感じたから。母と助けになる人たちがいると感じた」

 美咲は理解し始めた。「サスキアには、同じようなメッセージなら送れるかもしれないということね。そのためには、私たちも彼らを救うことを本気で信じないといけないわね」

「美咲」セリアが真剣な表情で見つめた。「私、試してみるわ。オルディナでサスに感情を飛ばしてみる」

 美咲は心配そうに彼女を見た。「危険は承知の上ということね」

「危険だけど...必要なことだと思う」セリアは決意を固めたように言った。「彼女が内側から手伝えば、彼女たちを救出できるかもしれない。あなたたちが私を救ってくれたように」

 美咲は彼女の勇気に感銘を受けた。「あなたがそう決めたなら、あたしはサポートしたいわ。でも無理はしないで」

 セリアは頷き、目を閉じた。「ありがとう」

「サスキアとマイケルのことはヴァレリーには話した?」

「まだ」セリアは小さく答えた。「なんでだろ。心配させたくなかったからかな」

 美咲は理解して頷いた。「あなたの判断を尊重するわ。でも、いずれは彼女にも話さなきゃね。スワンズのみんなにも…全員の協力がなければあなたの友人たちを救出できないわ」

 美咲にはサスキアたちがどこにどのようにいるかもわからない以上、救出する見込みがあると言い切れるわけではなかった。しかしセリアがここまで決意している以上、セリアを導く大人としては、救出できるようにせねばならないと決意した。

 セリアは同意した。「うん。でも、まずサスキアと連絡が取れるか確認したいわ、オルディナで」

 美咲は少し身を離し、セリアの肩に手を置いた。「あなたは一人じゃないわ、セリア。あたしたちがいる」

 セリアは微笑んだ。「知ってる。だから私もここにいるの」

 二人は艦橋の窓から広がる星々を見つめた。どこかその中に、オルディナがあり、サスキアとマイケルがいる。そして彼らのように助けを必要とするテレパスたちもまたどこかに。

「ありがとう、美咲」彼女は心からの感謝を込めて言う。

 星々の間で、二人の決意が固まる。



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