イーヴァン・ケーリー
フォーゲルが男性兵舎でカードゲームをしている頃、リーベは女性兵舎でぎこちなく無言でイヴァン・ケイリーと敬礼を交わす。彼女とは、実質的に実戦で一度目を合わせたのが全てで、女性兵舎ができて一緒にわずかな距離で寝るにもかかわらず、一度も言葉を交わしたことがなかった。
リーベが食事の時間に兵士たちの会話を盗み聞きしたところによると、その痩せた衛生兵であるイヴァン・ケイリーは、リーベが別に女性兵舎を要求する前は、なんと男性兵舎でただ距離を置いて一緒に生活していたという。彼女は、フェルカー小隊長が別に作ると言ったのにもかかわらず、部隊の劣悪な補給環境を考慮したのか、あまり気にしないというように拒否したらしい。
「あの人はどうしていつもあんなに無口なんだろう…?」
心の中では常に疑問を抱いていたリーベだが、見知らぬ人に話しかけるのが苦手な彼女の性格上、一度も会話をすることができなかった。そしてイヴァンは無愛想な表情で本を読んでいる最中だった。リーベはシャワー室に入るために道具を取り出しながら、彼女を少し見つめる。
「話しかけてみようかな…いつもあまりにも気まずい…もう何週間も経ったのに、どうして一度も話せないんだろう…」
内向的だが、他人と会話することで心の安寧を得るリーベは、彼女に話しかけて仲良くなろうかと思い悩む。
「だめだ…あまりにそうすると生意気だと思われるかも…うーん…じゃあ、今度自然な機会に…」
結局また諦めて、今度機会があれば話してみようと考えていた矢先…
「お前、話でもあるなら早く言え。突っ立ってじっと見つめるな。」
イヴァンの低音の声が耳に流れ込んできた。冷たい口調にリーベは落ち着かず、目を丸くする。
「あ、違います…!すみません!見てしまって…」
「そんなことで謝る必要はないだろ?」
「え…?」
イヴァンはリーベの謝罪に、ぶっきらぼうに疑問を呈する。するとリーベも頭の中に浮かぶのは「?」だけだった。
「いつも私に何か言いたいことがあるみたいに辺りを見回しているが、ただ言え。もどかしいから。」
彼女の視線は相変わらず医学分野と思われる本に向けられたままだ。そしてリーベはイヴァンの言葉に勇気を出してみることにする。
「あの…ただ、気まずくて。私とここで生活するようになってかなり経つのに、一度も言葉を交わしたことがないのが…」
「ああ?そうだったか?」
「はい…」
リーベが勇気を出して話しかけて、ようやく本から目を離し、しばらく茶色の瞳を天井に向けて考えるイヴァン。リーベはそんな彼女の淡泊な反応に少し失望したが、すぐに言葉を交わしたことに意義を見出し、自分の白髪を整える。
「まあ、それで、仲良くなりたいってことか?」
「あ…はい!」
イヴァンがリーベを見つめる。彼女の目は半ば閉じられており、どこか面白がるような表情だった。
「まあ、私は歓迎だ。でも、手に負えるか?」
「え…?」
「私の性格はちょっとひねくれているからな〜まあ、私も友達いないし、ちょうどよかった。ガキ。」
イヴァンがにっこり笑って歯を見せる。彼女は少女らしいリーベの顔とは正反対の、凛々しい顔立ちだった。もちろん身長はリーベ以下で、体格も痩せていた。胸までも15歳のリーベよりもなかった。
「もう、シャワーを浴びようとしてたんじゃないのか?さっさと浴びて出てこい〜」
「あ…はい!」
兵舎と別に分離された近くの女性シャワー室へ向かう。実際、そこもシャワー室と言うには曖昧な、今にも崩れ落ちそうな悲惨な状態のテントだった。中には排水も上手くされず、水質もさほどきれいではなかった。だが、雪山部隊ということを考慮すれば、あるだけでもありがたかった。
「う…寒い…」
テントの中に入って服を脱ぐと、全身に寒気が押し寄せたが、小さなストーブの前に素早く駆け寄り、体を温める。
「早くして出よう…」
独り言を言いながら水を出す。最大限にひねったお湯も、暖かいと言うには難しいぬるま湯の温度だった。リーベはそうして石鹸で体を適度に洗い、素早く服を着て兵舎に戻ってくる。
「ふう…寒かった…」
「寒いか?布団、私のを一緒に使ってもいいぞ。私は使わないから。」
つぶやきながら入ってきたリーベの言葉を察知し、イヴァンは本を見ながら足で自分の布団をリーベの方へ蹴る。
「ありがとうございます…あの…おしゃべりでも…してもいいですか?」
「何だ?言ってみろ。」
そっけなく返事をする。相変わらず視線は、理解しがたい専門用語で満たされた医学書に向けられたままで、手では床を突いていた。
「あの…最近、衛生兵として特にお忙しいわけではないんですか?」
ひとまず彼女とはほぼ初めてのおしゃべりの話題なので、彼女の役割について尋ねる。衛生兵についてはよく知らないが、イヴァンは最近忙しそうには見えなかった。
「この前の戦闘で死んだ奴らの死体はいくつか運んだが、特に最近は負傷した奴はいなかった。大抵はただ擦りむいた膝なんかで来る。」
「あ、そ…そうなんですね…」
イヴァンが死んだ兵士たちの死体を運んだという話をするのを聞き、リーベの表情が少し暗くなる。崩壊してしまった彼らの体が頭の中を巡った。
「お前は訓練は何をやってるんだ?」
「あ…今日は教官と夜間戦闘訓練をしました。新しくできた弾の実験も兼ねてやったそうです。」
「そうか?大変だな。」
イヴァンはリーベの話し方だけで感情を素早く察知し、話題を転換させる。
「お前はなんで軍隊に入ったんだ?お前みたいな青臭いガキが来るところではないだろうに。」
「私の村が…ウンステアに爆撃されたんです。私とフォーゲルはその時、村の外にいたので助かったんですが…帰ってきたら両親が亡くなっていて…」
イヴァンの問いにリーベが詳しく答える。実は話したその両親という存在は実の母ではなくリクケアだったのだが、彼女にとっては本当の母親のような存在だった。
たとえ暗い話題ではあったが、イヴァンはこういう形の共感なら悪くないかもしれないと考えた。暗い過去であっても忘れてはいけないからだ。
「ああ、聞いた。スティンゲン村だったか?そこから来た奴か。お前の両親が亡くなったのは気の毒だな。」
ぶっきらぼうな口調だったが、イヴァンは最低限の礼儀をもってリーベの緑色に光る深い瞳を見つめる。彼女の目はビー玉のように美しく、夜明けのオーロラのようだった。
「一体、敵は何の罪もない私たちの村をどうして爆撃したんでしょう…?」
リーベの目にわずかに涙がにじむ。その涙は露のように彼女の目元を濡らし、過去を思い出させた。
「それはあの無慈悲な連中にしかわからないだろう。民間人の村を攻撃するなんて、本当に狂気の沙汰だ。」
イヴァンは荒々しい口調でウンステアを蔑む。彼女はウンステアを憎悪していた。
「私もここに来たのはな?両親はずっと前に私たちを捨てていなくなって、兄貴って奴と二人で暮らしていたんだが、突然そのウンステアの軍人野郎が押し入ってきて脅してきた。」
「勝手にうちに入ってきて物を盗もうとしたから、私が後ろから包丁を突き刺したんだが…あのクソ野郎は包丁が刺さったまま私の兄貴を撃ちやがった。呆れてものが言えないね。本当に。」
努めて兄への恋しい気持ちを攻撃的な口調で和らげようとする。リーベもイヴァンも、この戦争で被害を受けていない者は誰もいなかった。
「そうなんですね。ごめんなさい…変に辛い過去を掘り起こしてしまったみたいで。」
リーベが習慣のようにイヴァンに謝罪する。彼女の過去は、聞くだけで暗鬱さの連続に見えた。
「お前はその謝る癖を直せ。私は痛くないんだから。」




