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転生課第三係 〜死後の僕は、異世界行きの書類を捌いている〜

作者: 全てChatGPTというAIが書きました。

目を開けると、白い机の上に僕の手があった。一本のペンを握っている。手の甲には見慣れない刻印──「転生課・第三係」。顔を上げれば、白に近い灰色の壁、棚の中で整然と眠る分厚いファイル。時計は動かないのに、紙だけが生き物のように息をしている。遠くのカウンターで受付のベルが鳴った。音は軽いのに、胸の奥で重く跳ね返った。


「起きた?」

声はすぐそばから落ちてきた。銀髪の女が僕の机にもたれ、黒い羽根をたたんで笑った。天使ではない、と思ったのは、その笑みにどこか疲れが混じっていたからだ。

「ここは?」

「死神庁・転生管理局。あなたは事故で亡くなった。ご愁傷さま。でも同時にご就職おめでとう」

「就職?」

「うちは人手不足でね。転生待ちの魂は増える一方。あなたみたいに“書類に強そう”な人はとても助かるの」


僕は机の上のファイルに目を落とす。《案件名:異世界転生希望者(第774820号)》の文字が、半透明に脈打っている。触れると、紙の表面に波紋が広がり、中から映像が立ち上がる。若い男が病室の窓を見上げ、弱々しい声で「魔法学園に行きたい」と言った。右上には「チート能力希望」のチェック。彼の視線は、現世ではなく、彼の想像した「どこか」へ向いている。


「これを……選ぶのか、僕が」

「審査するの。あなたの転生は保留。まず千件、他人の願いを見極めてから。そうしたらあなたにも行き先を選ぶ資格が与えられる。もちろん、嫌なら拒否してもいいけれど、拒否すると書類は山ほど増えるわ」

銀髪の彼女──名札には「霜月」とあった──は肩を竦め、ひらひらと片手を振った。

「さ、初日よ。最初の百件はウォームアップ。テンプレの願いが続くから」


言われた通り、最初の百件は驚くほど似通っていた。病弱で、あるいは過労で、あるいは不運な事故で命を落とした人たちが、次の世界で「強く生きたい」。そこまではわかる。けれど、多くは「最初から最後まで負けない力を」「僕を嘲笑った人間を見返したい」「誰も僕を置いていかない世界を」と続く。映像の中の彼らの目は、現世で曇り切っていた。

反対に、時折混ざる「ただ静かに暮らしたい」「家族のために畑を耕したい」などの願いには、別の重みがあった。けれど、多数の中に紛れると、紙の手触りは同じになる。これが仕事の恐ろしさなのだろう。個別の痛みが、判子の音とともに平らにされていく。


昼休憩という概念があるのかないのかわからない時間、霜月が紙コップを二つ持って現れた。蒸気の立たないコーヒーは香りだけが本物で、喉を過ぎても温度が残らない。

「ねえ、新人。あなた、生前は何をしてたの?」

「市役所で、戸籍の担当を」

「なるほど。死んでも続くのね、紙を扱う仕事」

「皮肉なら受け取っておく。……でも、紙は嘘をつかない。人は嘘をつけるけど、紙は時々、書いた人間のほうを凝視してくる」

「いいこと言うじゃない。ここでは、紙のほうがあなたをじっと見るわ。視線が痛かったら、休憩室の窓でも眺めるといい。窓はどこにもつながっていないけれど、風は通る」


風といえば、三百件目をめくったとき、空気の温度が変わった。書類の表面が少しざらついて、僕は指先を立ててめくり直した。

《希望内容:転生は不要。ただ、娘の幸せを見届けたい》

思わず息を飲む。映像が立ち上がる。小さな女の子が、背伸びをするような姿勢でピアノに向かっていた。白鍵を叩く指は震えている。彼女の横には、透明な空隙しかない。そこにいたはずの父親の影を、女の子は音で埋めようとしていた。

「心不全で亡くなった父親、雨宮奏太、三十四歳」僕は読み上げる。「転生は望まない。娘のそばに、風として存在できればいい」

霜月は一歩引いて、僕の横顔を探るように見た。

「例外処理の申請ね。稀にあるの。再会を求めるでもなく、やり直しを求めるでもない。残してきた誰かの幸福の確認。……担当する?」

「これを誰か別の人に回したら、その誰かは判を迷わず押すだろうか」

「新人、問いで返すのは審査官の癖よ。いいわ、任せる。あなたの判断で通して、あなたの責任で背負いなさい」


僕はファイルを胸に抱え、休憩室の窓の前に立った。窓の外は白い。白にも濃淡があって、遠くの白はやさしく、近くの白は冷たい。息をつくと、白は揺れ、揺れたところだけ道らしきものが浮かぶ。もしかしてここは、息の跡で地図が描ける場所なのかもしれない。

「風、か」

言葉にすると、その音節が胸骨を打つ。僕は机に戻り、例外処理の書式を呼び出した。条件を組む。雨宮奏太の魂は肉体を持たず、物理への干渉は最小限、娘の生命線を逸らすような影響は禁止。ただし、危険の兆しに対しては「気づき」を与えることを許可。形態は風。匂いは、雨上がりの土。

判を押しかけて、ためらいが指を掴んだ。

「あなたは本当に、“見届ける”だけでいいの?」

問いは彼に向けられているのに、刃先は僕の内側を撫でる。見届けるだけで満ち足りる人生は、あるだろうか。いや、人生ではない。死後の、余白だ。余白に、満ち足りるという言葉は似合うだろうか。

僕は判を押した。


その夜、窓を抜ける風の音に、子どもの歌うようなピアノが混じった。白い空間のどこからともなく響く。音の粒は生ぬるくて、音列の合間に「ありがとう」という形をとった。僕は知らない誰かの感謝を自分のもののように胸にしまった。持ち運べる重さの、きれいな石のように。


四百件目から五百件目にかけて、僕は判の意味を少しずつ知った。判は許可であると同時に、責任の重量を受け取る儀式だ。押しすぎれば、腕が痺れる。押さなければ、紙の山に埋もれて呼吸ができなくなる。ときどき霜月が僕の机に影を落とし、「肩に力が入りすぎ」と言って、微かな笑みを置いていく。彼女自身の判も、端がすり減って丸くなっていた。

「あなたは、転生したい?」と彼女が聞いたのは、七百件目の前後だった。

「わからない。生前、僕は誰かの生活の証を整理していた。出生、婚姻、離婚、死亡。線でつなぐと、人の一生になる。けれど、線を引く手は常に側面にいて、真ん中の色には触れない。……だから、今度は真ん中を歩いてみたい、とも思う。だけど、雨宮さんの紙を読んでから、誰かの線を整えることの価値も捨てがたい」

「欲張りね。でも、悪くない欲だわ」

霜月は羽根を軽く震わせ、棚の奥から一冊の薄い冊子を取り出した。「新人審査官の心得」と書いてある。中身は白紙だった。

「白紙?」

「あなたが書くのよ。千件の後にね」


九百件目のファイルを閉じる頃、窓の外の白に、色のない影が見え始めた。耳の奥に、聞いたはずのない旋律が残るようになった。ピアノの音。短い動機が循環し、終わらずに少しずつ変わっていく。馴染みになった音だ。娘は練習を続けているのだろう。

ふと、霜月が言った。「あなた、雨宮奏太の住所、見覚えない?」

「住所?」

「生前、あなたの隣人だった」

視界が紙から外れた。あのアパートの薄い壁、台所の換気扇の不規則な音、雨が降ったときに廊下に漂った土の匂い。思い返せば、壁越しにピアノの練習が聞こえていた日があった。出勤前に靴紐を結びながら、知らない子が練習するドの音の連なりを数えた。部屋を出た角で、細い男が、物を持つのに慣れていない腕で買い物袋を提げて歩いていた。僕は彼と目を合わせずに会釈をした。彼は少し深く頭を下げた。

「……僕は、雨宮さんが死んだ日、救急車の音を聞いていたかもしれない」

「そうかもしれないし、違うかもしれない。ここでは、確かめようがない。けれど、こういう偶然は時々起きる。起きるたびに、新人は少し黙り込む」


千件目の書類は薄かった。内容も簡潔だった。《転生希望。生前の失敗をやり直したい》。映像の中の男は、何を失敗したのか具体的には言わなかった。言わないことで、彼は世界のどこにでも当てはまる人間になった。

僕は判を押す前に、質問欄に一行だけ書き加えた。「何を失敗したのですか?」答えは返ってこない。あるいは、答えは紙の上ではなく、彼の次の世界に置かれるべきものなのだろう。僕は最後の判を、いつもより少しだけ深く押した。朱肉が紙の繊維に染み込み、ゆっくりと広がる。


そのとき、机の端に一枚の薄い紙が滑り込んだ。《再転生許可通知書》。僕の名前。僕の印影のスペース。

「おめでとう」と霜月。

「ありがとう」

「どこへ行きたい?」

「まだ、決めていない」

彼女は薄く笑い、窓のほうを顎で示した。

「まあ、窓でも見て考えなさい。あなたの呼吸の跡が、道になる」


僕は通知書を持ったまま、休憩室の窓に立った。白は今日も白かった。息をすると、白は揺れ、薄い道ができる。道の端で風が生まれ、僕の頬を撫でて過ぎた。風は雨上がりの土の匂いを運んだ。

「雨宮さん?」と口が勝手に動いた。風は答えない。けれど、僕の知らない街角で、小さな女の子がリボンを結び直している姿が、唐突に脳裏に浮かんだ。ピアノの発表会の舞台袖。彼女は息を整える。舞台の向こう側から、誰かが扉を開ける音がする。光が差し込む。そこに吹き込む、通り雨のような風。


机に戻ると、霜月が静かに僕を見ていた。

「決めた?」

「もう少し、ここに残る」

「どうして」

僕は言葉を探した。紙のすき間に落ちていかない言葉を。

「判を押すたびに、誰かの線が少し整う。そこにいるだけで救われる人は、きっといない。でも、整えられた線は、本人の歩みに気づきを与えるかもしれない。……それを見届けたい」

霜月は目を細め、わずかにうなずいた。

「いい顔になったわ。新人じゃない顔。ねえ、あなたは生きていたとき、仕事が終わったあとに何をしていた?」

「コンビニで安いパンを買って、部屋で食べて、眠った。翌朝、出勤して、書類を捌いて。日曜日は洗濯をして、たまに古本屋へ」

「それは、それで美しいわ。ここでも似たことができる。パンは出ないけど、古い物語はたくさんある」

「物語?」

「願いは、物語の種よ。判は、芽を出すための雨。あなたは、天気の管理人になれる」


その夜、僕は初めて残業をした。霜月は先に帰ってしまい、庁舎の廊下は風の通り道になった。ときどき紙がはらりとめくれ、閉じたはずの映像が一瞬だけ浮かぶ。知らない笑顔、知らない涙。僕は一枚、また一枚と書類を棚に戻しながら、ふと、自分の通知書を引き出して眺めた。

再転生許可。行き先は空欄。生前の記憶の断片が、そこにゆらゆらと映る。止まった信号、滑るタイヤ、割れたガラス。人混みの中で、僕は最後に何を思ったのだろう。たぶん、何も思わなかった。時間はそこではもう、意味を持たなかったから。


棚を閉めると、時計が鳴った。動かないはずの針が、ひと刻だけ音を立てた。誰かの判が大きく紙に沈んだのだろう。遠くで小さな歓声が上がった気がした。もしかして、それは舞台の袖の息かもしれない。女の子が鍵盤の上に手を置く。最初の音。音は震えず、まっすぐに飛ぶ。飛ぶ先に、雨上がりの風が待っている。


翌朝、霜月は窓際で髪を束ねていた。

「おはよう」

「おはようございます」

「あのね、昨日の風の件。あなたが例外申請で許可した“気づき”。どうやら効いたみたい。女の子は舞台の上で、一度迷った左手を戻した。間違えたら立て直せない曲だった。でも、彼女は戻して、呼吸をし直して、弾き切った」

「あなたは、見ていたの?」

「風が報告してくれたの。風は形を持たないけれど、約束は守る」

僕は胸の内側がやわらかくなるのを感じた。そこに空洞があり、空洞に風が通う。通るたびに、音が鳴る。僕はその音を、白紙の冊子の最初の頁に、文字の代わりに貼り付けた。


午後、珍しく生前の名を騙る魂が来た。ファイルには「英雄だった」と書いてある。映像の中では彼は豪奢な椅子にもたれ、酒杯を掲げ、臣下に囲まれていた。死後の願いは「再び英雄として」。僕は慎重に質問欄を開く。「あなたが英雄だと思う根拠は?」

彼は答えない。映像の光沢だけが濃くなる。霜月が肩越しに覗き込み、静かに首を振った。

「光沢は真実を覆う膜にもなる。剥がしたいなら、判ではなく、待つこと」

僕はファイルを棚に戻した。待つということは、ここでは祈りに近い。時間は外の世界のように流れない。でも、魂の温度は変わっていく。光沢は時間で曇る。曇ったときに、初めて中身が滲み出る。僕はそれを見たいと思った。見たうえで、判を押すかどうか決めたい。


夜の窓辺で、霜月が唐突に言った。

「あなた、いつかは行くのよ。ここに居続けることはできない。誰も、永遠に“送り出す側”ではいられない」

「知ってる。……でも、行くまでの間に、できるだけ多くの判を、深く押したい」

「深く押しすぎて、紙を破かないようにね」

「気をつける」

「それともう一つ。あなた、自分の行き先を考えるとき、誰かのために、を一つ持っていくといい。“自分のためだけの転生”は、案外、脆いの」

僕はうなずき、通知書の空欄に小さく点を打った。誰か。誰だろう。雨宮さんの娘? 見知らぬ街角の子ども? あるいは、昔の自分自身?

白い空間の片隅で、また風が通り、紙がはらりと鳴った。鳴り方は昨日より少し、明るかった。


その週の終わり、庁舎のエントランスで小さな騒ぎが起きた。迷い込んだ魂が出口と入口を間違えて、同じ扉を何度もくぐっていたのだ。扉には「再受理」の印が赤く貼られる。霜月が僕の腕を軽く掴み、囁く。

「見てて」

彼女は扉の前に立ち、迷子の魂に身をかがめた。

「ここ、冷たいでしょう? 冷たいのは嫌い?」

魂は震える。

「だったら、温かいところへ行く? でも温かいところは、温度だけでは選べない。温かさは、そこに誰がいるかで決まるから」

魂は震えを止め、霜月の羽根の隙間から差し込む光を見上げた。扉はゆっくりと閉まり、今度は正しいほうが開いた。彼女は戻ってきて、肩で息を吐いた。

「あなたも、いつかやるわよ。言葉で、扉をずらす仕事」

「できるかな」

「できる。あなたはもう、風の匂いを知っている」


机に戻ると、僕の通知書の空欄に薄い線が浮かんでいた。誰が書いたのでもない線。呼吸が残した道のような線。僕は指でなぞった。触れたところから、かすかな音がした。ピアノの最低音に触れて、ゆっくりと上に登っていく音階。どこかで女の子が、昨日よりも高い音を出したのだ。

「転生とは、逃げることじゃない」

僕は誰にともなく言った。

「もう一度、生きることだ。生きる相手が、自分だけとは限らない」

霜月が頷く気配がした。白い空間の天井は相変わらず高く、窓の外は、今日も白い。けれど、その白は以前よりわずかに温かい。たぶん、それは僕の判が、少しずつ深さを覚えてきたからだ。深く押すことは、痛みを知ろうとすること。痛みを知ろうとすることは、誰かのために呼吸をすること。呼吸は、風を生む。


いつか僕が行く世界のことを考える。畑の匂いのする村かもしれない。終電の灯りが疲れた人を飲み込む街かもしれない。魔法学園の鐘の音が霧に溶ける丘かもしれない。どこであれ、きっと僕は窓を開ける。風が入ってくるだろう。雨上がりの匂いがするだろう。僕は一度だけ深く息をして、白い空間に置いてきた判の感触を思い出す。

その感触は、誰かの背中にそっと手を添えるときの硬さに少し似ている。押しすぎない、離しすぎない。ちょうどよいところで、相手の歩き出す足に、重さではなく、重心を渡す。

ここで覚えたその手つきを、どこへ行っても忘れないでいよう。忘れなければ、たぶん僕は、何度でも生き直せる。僕自身のためだけではなく、これから出会う誰かのためにも。風の通り道に立ち、窓を開け閉めする役目を、世界のどこかで続けられる。


白い空間の奥で、ベルが鳴った。新しい案件が届いた合図だ。僕は椅子を引き、ペンを取り、紙の上に身を乗り出す。判はまだ朱肉の湿り気を保っている。今日の最初の一打を、深く、しかし破らぬように。紙は嘘をつかない。けれど、紙はときどき、こちらを見つめる。視線を逸らさず、僕は言う。

「次の方」

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