90話 ハイエナが……
90話 ハイエナが……
「なるほど、そういう思考か……」
ケイルスの爆裂した差別思想を理解したセンは、同時に、
『このバカ女には、何を言っても無駄なんだろうなぁ』
という真理にも届く。
センがケイルスの思想に呆れ果てていると、
そこで、『エトマス』が、
「ケイルス……もういいわ。センに対する暴行をやめなさい」
「エトマス様……この無礼者をお許しになると? なんと慈悲深い」
そう言いながら、ケイルスは、センの頭から足を離して、
エトマスに向かって深くお辞儀をして、
「無礼を承知ですが、進言をお許しください。エトマス様……このような下賤な魔人、もう少し痛めつけて、己の階級・立場というものを叩き込んだ方がよろしいかと。バカな獣は、『痛みを伴う罰』でなければ躾を理解できないものです」
本気の忠言をするケイルス。
ちなみに、ケイルスは、エトマスとクロッカのことを正式に尊敬しているので、
先ほど、エトマスが、クロッカに『アワアワしながら平伏し尽く謝罪しまくる』という、かなり無様な姿をさらしていたが、そんなことで、エトマスの評価を下げたりしない。
ケイルスの思想は非常にシンプル。
自分よりランクが上の人間のことは徹底的にあがめて、
自分よりランクが下の人間のことは徹底的に下にみる。
エトマスは、ケイルスの『自分に対する敬意』が理解できているので、
センに向ける顔とは全く違う、『優しい微笑み』を浮かべて、
「よいのです、ケイルス。センは、事実として、学院のピンチを救ってくれました。私では『ギリギリ』殺し切れなかったカドヒトを処理してくれた。おかげで、一人も死傷者を出すことなく、危機を乗り越えることができたのです。私は、彼に感謝をしている。その感謝の証として、願いを聞いてあげているのです」
エトマスは、センだけではなく、他の部下に対しても、それなりに苛烈な対応をみせる、ヒステリック気質な学院長だが、自分のことを心から慕ってくれる相手に対しては、こうして、慈悲深い態度で接する女。
誰だってそうだが、自分のことを愛してくれる相手には優しくなるもの。
エトマスからすれば、『子犬のように尻尾を振ってくるケイルス』のことが可愛くて仕方ない。
だから、ケイルスの前では、あえて過剰に慈悲深いところを魅せようとする。
一言で言えば、めちゃくちゃカッコつけるのである。
カドヒトに瞬殺されていながら『ギリギリ敗北した』……などと言ってしまうのも、そういう『見栄』がフル稼働した結果。
この辺の感情は誰もがもっているもの。
決して、エトマスだけの特別ではない。
――エトマスの言葉に対し、
ケイルスは、『納得しかねる顔』をして、
キっと、センを睨み、
「エトマス様が『瀕死に追い込んだカドヒト』を処理しただけのハイエナが……」
などと、怒りをあらわにしてつぶやく。
エトマスを敬愛しているケイルスの『頭の中』では、
センの『カドヒト討伐の功績』は『エトマスの頑張りを横からかすめとった、棚ボタでしかない』という形に出来上がった。
そこで、センは、チラっと、エトマスに視線を送る。
センの視線を察したエトマスは、
また、ギっと視線を強めて、
暗黙の命令をガンガンに送り付けてきた。
(……別に、そんな『ガン決まった目』を送ってこなくても、わざわざ、ここであんたの恥部をバラしたりはしないさ。俺が欲しいのは、あんたのヘイトじゃないんでね)
……『エトマスの見栄を、わざわざ、正面から叩き潰して、エトマスの感情を逆なでする』という行為に意味を見出さないセンは、
『やれやれ』と言った顔で、ケイルスに、
「……『ハイエナ』ではなく、『掃除』だと認識してもらいたいがな。エトマス様が、『ギリギリ』とはいえ、カドヒトを倒しきれなかったのは事実。その後始末を俺が担ったのは紛れもない現実。ケイルス。お前もよく知っての通り、エトマス様は、非常に高性能なお方。素晴らしい力の持ち主ばかりの十七眷属の中でも、上位に入る存在。そんな才女でも倒しきれなかったのがカドヒト。この偉大なるエトマス理事長でも勝てなかったほどの男を……俺は始末したんだ。これは褒美をもらうに値する功績だと思うんだが?」




