88話 足るを知らぬ。
88話 足るを知らぬ。
地位も名誉もあり、経済的にも豊かで、なんの不自由もない上級国民……という立場であっても……いや、むしろ、そういう立場にある者の方が、ちょっとしたことで、強い不幸や不満をいだくもの。
『足るを知らぬ者』は、どれだけ恵まれたポジションにいたとしても、必ず、『何かが足りない』と喚いて『己の不幸』を叫ぶ。
(くそ、くそ、くそ、なんで、私は、こんなにも不幸なんだ――)
心の中で、己の不幸を存分に叫んでいるエトマスに、
クロッカが、
「エトマス。センはこう言っているけれど……それは事実?」
「……っ……え、あ……えっと……」
「どうしたの? イエスかノーで答えられる簡単な質問だと思うのだけれど?」
「ぅ……」
この短い時間の中で、散々悩んだ結果、エトマスは、グッと奥歯を噛み締めて、
「検討……させていただこうかと思っております。彼が成した功績は素晴らしいので。しかし、ことがことだけに、彼の望みを叶えられるか否かは分からない、という話もしておりました。そうよね、セン」
エトマスなりの『ギリギリの落とし所』を提示してきた。
それに対し、センは、
「検討する、というだけで終わられると、流石に不十分ですねぇ。最低限、『ここまではどうにかするが、ここから先は厳しい』みたいな感じで、ラインを示していただけませんか?」
と、あえて慇懃に、未来を詰めていくセン。
そんなセンの蛮行を見て、
それまでずっと黙っていた『クロッカの従者、ケイルス』が、
眉間にグっと、強めのシワを寄せて、
「そこの魔人!!」
と、我慢の限界を迎えた者の顔で、
つかつかと、早足で、センの目の前まで歩いてきて、
センの胸倉をガッツリ、荒々しくつかみ上げると、
「ありえないレベルの『おそろしく無茶な要求』をしておきながら、『検討だけでは不十分だ』などと、ふざけたコトをのたまうとは! ありえん! ありえんぞ! 礼儀がなっていないというレベルの話ではない!」
怒り狂っていて、呂律がうまく回っていない。
ケイルスは、外見の造形的には『お嬢様然とした美しい女子学生』なのだが、現在の表情は、ケンカに明け暮れるスケバンもかくや。
巻き舌が加速して、ツバが乱舞。
「エトマス様のような高貴な御方が、貴様のような下等生物の話をまともに聞いてくれたのだぞ! それだけでも、こうべをたれて、クツをなめながら、涙を流して喜ぶべきだろう! それを! それをぉおおおおおお!!」
バチギレのケイルスは、
叫んでいる間にアドレナリンがさらに増加して、
自制心の歯止めが効かなくなったようで、
握りしめた強固な拳を、
センの鼻っ面に向けて、思いっきり突き出した。
手加減が一切ない本気の一撃。
そこらの凡人なら頭が吹っ飛ぶほどの一撃をいただくセン。
「うぼげっ!」
鼻がへし折れて、大量の鼻血があふれる。
ドクドクと、止まらない鼻血を抑えながら、
センは、ボソっと、
「……この学校、イカついな……差別主義者のヒステリーしかいねぇ……」
しんどそうにそうつぶやくセンに、
ケイルスは、さらに、止まらないヒステリーを暴走させて、
「この神聖なるダソルビア魔術学院に、貴様のような、小汚い魔人が一人紛れ込んでいるだけでも、身の毛がよだつほどおぞましいというのに、まだ、汚らわしい魔人を増やそうだなどと、そんなもの、認められるかぁあああ!」
エトマスも、たいがい、ヒステリックだったが、
ケイルスのソレは、さらに一段階上にあった。
しこたま、センを殴った上で、
「先ほどの、エトマス様への無礼を詫びろ。額を地にこすりつけて、心の底から誠意を示せ」
と言い捨てながら、センの頭を地面にたたきつけて、足でふみつける。
特定の業界の人間にとっては、極上のご褒美たりえるのだろうが、
マゾ系の特質を持ち合わせていないセンさんは、
普通に、怒りマークを顔面に浮かばせる。




