75話 違和感。
75話 違和感。
「こんなにいい教科書を使っているというのに、君は、まったく活かしきれていない」
そう言いながら、センは、先ほど破ったはずの『ラスの教科書』を、手の中でヒラヒラとさせる。
先ほど、間違いなく、グシャグシャになったはずだが、しかし、今、センの手の中にあるソレは、完全に元通りになっていた。
それを見たラスは、目を丸くして、
「なっ……え?! 僕の……え、なんで……さっきビリビリに――」
「俺がそんな事をする訳ないだろう。俺を誰だと思っている? あの、センエースさんだぞ?」
「……」
『どこの誰だよ』と言いたげな顔をしているラスだが、
しかし、それを口に出すことはない。
すべてに威圧・圧倒されてしまい、
ただただ、奥歯をかみしめる事しか出来ない。
そんな彼に、センは、
「この教科書は、実際のところ、それなりにいいことが書かれている。もし、内容を全て理解できたら、その時、お前の使える魔法のランクは、1上がっていることだろう」
「……」
「人間の可能性と、世界の広さを勝手に限定するなよ、ラス。強い知識は器になる。俺の言葉を盲信する必要はないが、無意味な嫌悪感に呑まれて、あえて無理に未来を閉じる必要はないだろう」
「……え、偉そうに……教師でもないくせに……」
ギリっと歯噛みしながら、まだまだ反骨精神をむき出しにしているラス。
センは、そんな彼に、
「知識を与えるのは専業教師じゃなくても出来るさ。本気で学ぶ気があれば、この世に存在する万物が教材たりうる」
「……」
「俺を貴重な教材として便利に使うか……それとも、意味のないプライドを優先させて、貴重で希少な機会を失うか。それは自分で決めればいい。俺は強制しない。最初からずっと言っている通り、俺は、本物の教師じゃないから、聞く気のないやつに話を聞かせるという業務はこなさない。好き放題、勝手なことを言うだけだ。聞きたければ聞けばいいし、聞きたくないなら聞かなくてもいい」
「……じゃあ、聞きません! あなたの相手なんて、するだけ無駄だ!」
そう叫ぶと、ラスは、センの手の中から教科書を奪い取って、そのまま、教室から出ていった。
その背中を、センは追ったりしない。
センエースは教師ではないから。
「さて、それじゃあ、授業の続きをしようか。まあ、授業っつぅか、俺の勝手なおしゃべりだけどなぁ。聞く気のあるやつだけ耳を傾けろ。別に、もう、シカトすんなとは言わねぇ。聞きたくないやつは、自習するなり、寝るなり、好きにしろ」
★
教室を出たラスは、
ギリギリと奥歯を噛み締めながら、
(あのクソ魔人……僕を見下しやがって……幻影の魔法が得意なのは認めるが、あんたなんて、それだけだろうが!)
最終的にラスは、
センが成した全てを、
『ただの幻影でしかない』と結論づけた。
30本もの豪氷矢を使うなど、あり得ない。
そういう魔法を使ったという幻影を見せられただけ。
あの魔人は、小細工が上手いだけで、決して優れた魔法使いではない。
――それがラスの答え。
だから、『センの言うことを聞こう』などとは思わない。
(こうなったら仕方ない……あまり好ましい行為ではないけれど、ハロと共闘して、あのクソ魔人をボコボコにしよう……どっちの方が上なのか、ちゃんと理解させないと気がすまない。僕は貴族で、あんたは魔人。この差は絶対に埋まらないんだ!)
自分と同じくセンのことを嫌っている、筋肉ヤンキー担当のハロ。
彼と共に力を合わせれば、幻術が得意なだけの魔人など余裕でわからせることができる。
そう信じて、ハロを探しに向かうラス。
と、その途中で、
「ん?」
ラスは、違和感に気づいた。
(この感じ……なんだ……)




