55話 俺にとってはファントムトークこそ、もっともちゃんとした挨拶である。
55話 俺にとってはファントムトークこそ、もっともちゃんとした挨拶である。
「てめぇ、クソ魔人ごらぁああ! 俺に何したぁあああ!」
と、怒りに任せて叫ぶハロに、
センは、
「なんもしとらんがな」
シレっとそういう。
ちなみに、実際のところ、センは、特に何か魔法を使ったというわけではない。
ただ、純粋に、ハロの奥……『生命の本能』に対して、『自身の煌めき』を、ほんの少し、ほんのわずか、チラつかせただけ。
本能レベルで香るように、強者の圧をチラ見せした。
ハロのような、本能で生きているようなタイプには、かなり効果が高く、『どちらの方が生命体として格上なのか』……それを肌で感じ取らせることができる。
ハロは、額ににじむ脂汗を片手で拭って、
「……ゆ、ゆるさねぇ……てめぇ、覚えておけよ……」
と、そんな捨て台詞を吐いて、
ハロは、教室をダッシュで出ていった。
周囲の面々は意味が分からない。
見ている限りでは、センは何もしていない。
――『ただ、ハロが急に脂汗を流して逃げ出した 』。
それだけ。
ゆえに、周囲の面々は、
『体調不良かな?』
『急に腹でもくだした?』
という結論に落ち着く。
この、とっ散らかった場を、
センは、パンパンと両手を叩きながら、
「はいはい、みんな、ザワザワしない。落ち着いて。どうやら、先ほどの猿顔くんは、腹を下してしまったようだ。みんなも、腹が痛いときは、恥ずかしがらずにトイレに行くんだぞ。クソをたれることは、なんら恥ずかしいことじゃないんだから。むしろ、我慢している方が恥ずかしいんだから」
などと、いっぱしの教師っぽいことを口にしつつ、
黒板に、自分の名前を書いて、
「というわけで、あらためまして……こんにちは。俺は、センエースと言います。この名前の意味は、『なんかこう、一番輝く閃光になったらいいなぁ』……みたいな、なんか、そんな感じの名前……かもしれない……と、親に聞いた覚えがないような、あるような気がしないでもない今日このごろです。いかがお過ごしですか?」
と、そんなバグった挨拶を受けて、
学生たちは、眉間にしわを寄せている。
隣にいるビシャが頭を抱えて、
「セン様……ちゃんと挨拶してください」
と、たしなめてきた。
センは、ムっとした顔で、
「俺にとってはファントムトークこそ、もっともちゃんとした挨拶である。中身のない言葉でケムにまく。その悲哀、儚さ、わびしさ、愛しさ、せつなさ、心強さこそが、俺の――」
「セン様!」
「……はい」
しかられたセンは、一度、シュンとしてから、
学生たちに意識を向け直して、
「……まあ、俺の名前とか、正直、どうでもいい。大事なことは、俺がお前らの担任をすることになったということと、あと、ここにいる魔人兄妹の二人が、お前らのクラスメイトになるということだけ。以上だ。何か質問があるなら、どんどん、聞いてくれ。ヒマだったら、答えるかもしれないから」
「セン様、ちゃんとしてくださいと言うとるんが、そんなにも、わかりません?」
「……病気なんだから、しょうがないじゃないか……普通にしようと思っても、ちょっとでも気を抜いたら、ファントムトークになっちゃうんだよ。でも、悪い事じゃないと思うんだ。だって、ファントムトークは俺の生きざまだし……」
と、ぶちぶち言っているセン。
そんなセンに、
学生が、
「あの……センエース先生?」
と、手をあげながら、うかがうような口調でそう言った。
「はい、そこのポニーテールの人」
「ぇと、はじめまして、リノといいます」
「はい、はじめまして。丁寧なあいさつ、いいですねぇ。君、好感度高いですよ。今後も、その調子でいってください。そうすれば、たぶん、いいことありますよ」
「はぁ……」
「で、なにか質問かな?」




