50話 罪。
50話 罪。
エトマスにとって、魔人とは、文字通り、『極めて下等な生命体』であり、生きる価値のないもの。十七眷属や龍神族という上位種が、寛大な心で、生存を認めているから、なんとか生きることが許されている虫けら。
それなのに……それだというのに、その目はなんだ?
なぜ、上位者のような目で、私を射貫く?
ありえない、ありえない、ありえない……
エトマスの感情が膨らんでいく。
センの顔を見るまでは、センに対して、
ちゃんと、
『クロッカの犬』として接するつもりだった。
クロッカの犬なのだから、無茶をしてはいけない。
しつけで殴るのはいいが、殺したり、追い出したりしてはいけない。
本気で、ちゃんと、理解していた。
しかし、センの強い目に射貫かれたことで、
理性がぶっ壊れる。
今のエトマスは、普通に、本気で、打算なく、
センエースという魔人に対して、激しい怒りと憤りを感じている。
「その目をやめろぉおおおおお!!」
ついには、体裁も失う勢いでブチぎれる。
ここまで切れるということは、これまでの人生で一度もなかった。
マス会の姉妹に、イライラすることはよくあるが、
それは、十分に許容範囲内の怒り。
なぜなら、マス会の面々は、最低限の敬意を示してくれているから。
なんだかんだ、見下されてはいるものの、
同じ十七眷属として、認めてはもらえているから。
だから、多少の嫌味や軽いパワハラを受けたとしても、
『まあ、別にいいけれど』という視点で流すことができた。
しかし、センに対して、その寛容さは皆無。
ただただ腹立つ。
そして、それが暴走し、爆発した。
結果、
「殺すぅうううううううううううううう!!」
本気の殺意が膨れ上がった。
魔力とオーラが膨らんで、
右手が研ぎ澄まされていく。
手刀を、『そこらの刃物を遥かに凌駕する鋭利さ』に整えてから、
センの腹部を貫かんと、グイっと、差し出した。
エトマスの手刀は、センの腹部にズブリとぶっ刺さる。
明確に内臓を裂いていく感覚。
きらいな人間の肉を裂く恍惚。
その愉悦の中で、
エトマスは、
(あっ……しまっ……やりすぎ……っ)
ちょっとだけ冷静になった。
暴走した感情が、愉悦によって少しだけ、フラットなソレへと引き戻される。
ヌルリとしたセンの血を感じながら、
『さすがにやりすぎた』と反省しているエトマス。
そんな彼女に、
センは、
「……ふ、ふふ……さすがに、これは……やりすぎだろ……」
と、いまだ、強い目を崩さずに、そんなナメたことを言ってきた。
だから、エトマスの脳に、また火がついて、
「……十七眷属を愚弄したクズにお仕置きをした。それだけの話だ。私には、十七眷属を愚弄したクズを叩きのめす権利がある。いや、その義務がある。貴様の態度を放置することこそが、十七眷属の罪! 猛省せよ!」
と、身勝手なことを叫ぶエトマスに、
センは、
(クックック……)
と、腹の中で不敵に笑い、
より強い目を彼女に向ける。
センは、心の中で、
(感情のコントロールが下手な差別主義者……それも、とびっきりの。クロッカから、『俺には無茶をするな』と言われているはずなのに、それでも、我慢できずに、俺に対してここまでやるバカ。……ウワサどおり、おそらく、これまでに、魔人相手に、散々なことをやってきたんだろう……)
『彼女がやばい』という噂は耳にしていた。
事実、エトマスは、これまでに、魔人に対して非道なことを山ほどやってきている。
『センの強すぎる眼光に根源的な恐怖を抱いてしまった』というのも、もちろん、ここまで暴れてしまった理由の一つなのだが、それ以上に、彼女の本質というものが、この結果を引き起こした最大の原因。
彼女は比較的理性的な女。
ようするには、理性的に外道なことが出来るタイプ。
(とことん教えてやるぜ……てめぇの罪を)




