42話 ありえない話ではない。
42話 ありえない話ではない。
強い目で、忖度を強制させられたエトマスは、
「は……はい……わかります」
と、言わざるをえなかった。
忖度の強制は、上流階級では日常茶飯事。
中流階級以下の者は、貧困にあえぐが、
上流階級の者は、人間関係で地獄を見る。
どの世界の、どのコミュニティでも、人間が地獄を見ることに変わりはない。
生きるというのは、そういうこと。
「エトマス。ぬしじゃって、魔人が教師をするのは嫌じゃろう?」
「もちろん、イヤです。虫唾が走ります。我が栄光の魔術学院を下賤な魔人が闊歩するなど、絶対にありえません」
彼女の差別思想は、実際のところ、なかなか強固。
けれど、『実質的利害』を考えられる頭はあるので、
「……しかし、クロッカ様から、『ちょっかいはかけるな』という命令を賜っている以上……さすがに……」
と、ごにょごにょ言っていると、
と、そこで、
どうやら、また、
タンピマスの頭の中に、
クロッカからのテレパシーが届いたようで、
『言い忘れていたけれど、ウチの犬が、【最近配下にした、ジバという魔人と、その妹を魔術学院に生徒として入学させたい】と言っているのよ。ジバは、オンドリューの配下筆頭だったし、その妹も、聞いたところによると、どうやら【稀有な才能】を持っているらしいから、能力的には申し分ないと思うけれど、魔人だから、おそらく、エトマスは嫌がるでしょうし、エトマス以外でも、文句を言ってくる者がいることでしょう。その辺、もろもろ、うまくやりなさい。以上』
とことん手前勝手かつ一方的にそう言ってから、通信を切るクロッカ。
タンピマスは、心底不愉快そうに歯噛みしつつ、
「今、バカ娘から連絡が入った。……どうやら、『犬の犬』を二匹ほど学院にいれたいと言っておるようじゃ」
「は? 犬の……犬?」
「オンドリューのところのジバ……聞いたことがある。実力だけで言えば、十七眷属にも劣らないというウワサの魔人……どうやら、そのジバと、ジバの妹の二人が、『クロッカの犬』の配下になったらしい。まったく、あのバカな小娘は何がしたいのか……」
「醜い犬を三匹も……由緒ある私の学院にいれると? バカな……うそでしょう?」
『たった一人の魔人を教師にする』というだけでも、エトマス的には大概なのに、
さらには、その魔人が飼っている『穢れた犬の兄妹』まで入れるという暴挙。
さすがに、そこまでくると、
『実質的利害を最優先でモノを考えられるエトマス』の顔にも、
普通に、『怒りマーク』が複数浮かぶ。
(クロッカ……あのバカも……このクソ姉妹と同じで、私に嫌がらせをしてくるのか……まったく、どいつもこいつも、私をナメくさりやがって……)
そこで、タンピマスの妹である『メイピマス』が、
呆れた口調で、
「クロッカの犬……確か、名前は、『セン』だっけ? 随分と優遇されているわね。なぜ、クロッカ様は、そこまで、そのセンとかいう魔人のワガママを聞き入れるのか……」
そのボヤキに対し、タンピマスが、
「詳細はわからぬが……ずいぶんと気に入っているのは間違いない。破格の待遇。止まらないワガママ……このまま、クロッカのワガママを黙って受け入れ続けたら、際限なく膨らんで、最終的には、『魔人だけのクラスを創りたい』……『いっそ、魔人だけを入学させる魔人専用学校にしたい』などとも言いかねないかもしれぬのう。人の欲望は無限じゃから」
チラっと、エトマスに視線を送りながら、そういうタンピマス。
その未来を想像したエトマスは、
「さ、流石にそれは……」
と、苦笑いしつつも、
しかし、心の中で、
(いや、ありえない話ではない……クロッカのワガママは天井知らず……現に、初手から、魔人を教師にした上で、さらに、その子飼いの魔人を、さっそく二人も生徒として入学させようとしている……最初の一手から3人も魔人を送り込んできた……半年後は、それが
5人に増え、2年後には20人、5年後にはその10倍になっている……ということも十分にありえる……)




