220話 シニカルな微笑で噛む幻想。
220話 シニカルな微笑で噛む幻想。
「……ぐっ……」
センエースの『尋常ではない耐久力』を目の当りにして、普通に絶句するヒークル。
ヒークルは差別主義者だが、アホではないので、『このまま、無限にセンエースを攻撃しても、時間と体力を無駄にするだけ』だと理解できる。
だから、センに攻撃するのはやめて、
少しだけ離れてから、
「かー、ペッ」
と、タンを吐き捨てる。
センの顔にべっとりとこびりつく、汚い粘液。
精神的な屈辱を与えようとしたヒークルだったが、
この程度で、センが精神的なダメージを感じることはない。
センは壊れている。
その壊れ方は、ヒークルの想像の範囲外。
……センは、ヘラヘラと笑いながら、
「……聞いたところによると、どうやら、こういうのがご褒美になる業界も、あるにはあるらしいですね。信じがたいですねぇ、人の性癖ってやつは。……なんでも、ウンコを食って興奮するやつもいるらしいですし。世界ってのは本当に歪んでいる。……まあ、別に、他人に迷惑さえかけないのであれば、好きにしてくれりゃいいんすけどね。趣味嗜好なんざ人それぞれだから」
などと言いながら、ゆっくりと立ち上がり、
服の土埃をパッパと払いつつ、
頬についたタンをサクっとぬぐうと、
「ヒークル様、もう怒りは収まりましたか? いったい、何に、そんなに怒っていたのか分かりませんが、あまり、激昂とか憤怒とかはしない方がいいですよ。下手したら、血管が切れて死んでしまうかもしれませんし。俺、いやですよ、ヒークル様が死んだりしたら。俺、ヒークル様のことをガチで尊敬しているんです。死ぬほど憧れているんですよ。何がどうとは言えませんけど。……だから、なるべく長生きしてほしいんですよ。ご理解いただけましたか?」
あえて、慇懃に、『くったくのない笑顔』を見せるセン。
普段のセンが、こんな風な『まっすぐな笑顔』を見せることはない。
基本的には『シニカルな微笑』か、『むっつり真顔』のどちらか。
――そんな『センの日常』を『理解していない者』でも、
『この笑顔』が『偽物である』とハッキリ分かるほどの、
薄っぺらで、挑発的が過ぎる笑顔。
タンを吐いて、少しだけ溜飲が下がっていたヒークルのボルテージが、この笑顔と一言で、また再燃する。
「き、貴様ぁ……いったい、どれだけ、私を愚弄すれば気がすむ……その顔はなんだ。……魔人風情が、この十七眷属ヒークル様を、バカにしやがってぇ……」
ギリギリィイと、奥歯を強くかみしめる。
ヘタしたら髪が逆立って金髪になりかねないほどの、激しい怒り。
だが、センを殴っても意味はない。
拳を痛めるだけ。
その事実を前に、地団駄を踏むしかないヒークル。
流石に、何もせずに怒りを抑えることはできなかったので、
「カイぃいいい!」
配下の魔人に、
「連帯責任だぁああああ! 魔人の罪は魔人全員で償ってもらうぞぉおおお! 『D地区』の連中も全員、罰をあたえるぅううう! まずは、お前からだぁあああ!」
そう理不尽を叫びながら、
問答無用で殴り掛かった。
※『D地区』「カラルームの街の中にある、魔人が隔離されている区画。魔人は道具として有用なので、ここで飼育と繁殖と訓練が行われている。スラム以下の、もっとも汚い場所と忌避され、街の住民は近づかない。この街で魔人が受けている差別は、なかなかハンパない」
ヒークルの拳が、
カイの顔面に届く直前、
――センが、一瞬で距離をつめ、ヒークルの手首をガシっと掴み、
「一つだけ言っておきますよ、ヒークル様。俺、連帯責任って言葉が、世界で一番嫌いなんですよ。意味わかんないんで」




