207話 正義と悪。
207話 正義と悪。
センエースは、自分の人間性を、『常』に『最低』で見積もっている。
その方が、精神衛生上の損害が少ないから。
(……『父親だから命がけで娘を守るはず』って思想は『漫画脳が過ぎる幻想』にすぎない。『自分の命より娘の方が大事』って父親も勿論いるが、その逆で、『娘を売り払ってでもパチンコ代が欲しい』ってタイプの父親もいる。『遺伝子を残すことが最優先』という動物的本能の視点で言えば、前者の方が真っ当だが、『種の存続よりも、己の享楽を優先させる』という個人主義的な視点で言えば後者の方が正常。自分の命を大事にするのが最善という視点で言えば、娘といえど、所詮は他人なんだから、そっちを優先させるのは間違っている。『間違っている』ってのは、ようするに『悪』ってこと。特定の思想・視点においては、父親が娘を守る方が悪になる。……善悪とかいう妄想は、視点で変わる。絶対的な価値観や基準なんてものは存在しえねぇ)
それなりに長く生きてきたセンの頭の中では、
無数の『哲学』が渦巻くようになった。
『正義と悪』――という、視点によってコロコロ変わり尽くす『あやふやな概念』に対する『捉え方』で、いつも迷う。
何が『正解』なのか、まったく分からない。
いくら考えても、『最適解』にたどり着けない。
『最適とか、そんな事は知った事じゃねぇ』と投げ出すのが、どうしても嫌で、
ずっと、ずっと……いわゆる『最善』というものを求めて、さまよってきたが、
かんがえれば考えるほどに、最善から遠ざかっていく感覚ばかりが鮮明になる。
『弱者に対しては、こうするべき』
『腐敗に対しては、ああするべき』
『強さを振りかざす前に、こうであるべき』
『脆弱さに溺れる前に、ああしてしかるべき』
なんていう、おざなりの定型文が頭の中を埋め尽くすけれど、
深く追及していくと、どれもこれも、結局、
『半端なエゴ』の押し付けに過ぎなくて……
つまるところ、
『全て、俺のワガママに過ぎない』って結論にしか行きつかない。
それは最も醜い『逃げ』のような気がして、出来れば避けたい結論なのに、
いくら考えても、結局のところは、
そんな、つまんねぇ『みっともなさ』にしかすがれない。
(ガリオは……パルカと同じで……『どうしようもないドクズ』ってわけじゃねぇ。ただ、どうしようもなく人間なだけ……)
人間であることは悪か否か。
とか、そんなくだらない議論を自分に吹っ掛けて、
その、あまりのしょうもなさに吐き気を覚えたりして……
(ガリオ……お前が、ただの役人とか農民とか、パン屋の主人とか、酒屋の店主とか……そんな、『不特定多数の民衆』に対する『大きな責任』を持たない『普通の一般人』だったなら、俺はお前に何も望まない。ただ、生きているだけで一等賞をくれてやる。だが、お前は、俺の前で王を名乗った。その責任は……果たさなければならない。……『この世で一番しんどいタイプの厄介ファン』を想定しろ。俺はその大分ナナメ上をいく。俺の鬱陶しさを……これから、とことん思い知らせてやるよ。覚悟はいいか、俺はできてる)
そこで、ガリオが、
「くだらないお喋りはここまでだ。貴様に任務を言い渡す。まず、カラルームの街に向かえ」
「カラルーム……ここから南東の、でっかい街ですね。ご命令とあらば、もちろん行かせていただきますが……なぜですか? 任務内容は正確に理解しておきたいので詳細をお願いします。誤解がないよう、最初に言っておきますが、やらない言い訳を模索しているわけではなく、『やる』から詳細を聞いているんですよ」
センの鬱陶しさに、一度タメ息をつくものの、
ガリオは、そこに、ある種の『真摯さ』のようなものも感じたため、
特に何かを言う事もなく、
淡々と、
「カラルームの領主である十七眷属『ヒークル』から、強大なモンスター出現の報告を受けている」




