204話 理想の王。
204話 理想の王。
――センは、『貴族』も、『大いなる義務』を背負うべき……と考えている。
『貴族も貴族で、果たすべき責任がある。それを果たさない者は大きな罰を受けるべき』――というのが、上級国民に厳しいセンの思想。
そして、そんなセンの思想は、『王』に対して、もっとも厳しく降り注ぐ。
センは、『王』に対して、貴族とは比べ物にならない『別格の義務』を求めている。
センの中では、『王とはこうあるべき』という、絶対的な信念がある。
センの中にある『理想の王』は、人の身では辿り着けない狂気の深淵。
センは、王なき国で産まれ、『信念なき脆弱な政治家による嫌がらせのような搾取』にまみれた思春期を過ごした。
それゆえに、強く、強く、強く、『理想の王』という概念に憧憬を抱いている。
『この人に任せておけば大丈夫』と信頼できるリーダーを渇望している。
『そんなものは望めなかった世界』で生きてきたがゆえの欲望。
人は、『持っていないもの』を求める生き物。
――突き詰めて言えば、メルヘンな妄想。
白馬の王子様を待つ心境に限りなく近い。
『王は、高潔で、力強く、聡明で、見目麗しく、努力家で、折れない信念を有する完璧な傑物でなければいけないんだいっ』という……『夢見がちな少女』ですら、ドン引きして『現実を見なよ』と諭してきかねない、特大かつ壮大なワガママ。
そして、それがゆえに、しかして、だからこそ、センは『自身が王の地位につくこと』を頑なに拒絶する。
自分が理想とする王に、自分はなれないと確信しているし、
『そんな大変な仕事したくない』とも思っている。
センは、前の世界で、『理想の王』を目指して奔走した際に、
『あ、俺、無理だわ。俺に、この仕事は務まらない。もう二度と、王はしない。王のマネゴトすらしたくない』
決定的に挫折した。
センエースは、『殺すべき敵』を前にした時に、『勝利を諦めること』はありえないが、こういう、内政的な分野においては、頻繁にポキポキとへし折れる。
『自分自身の理想』という重圧に耐えきれずに、尻尾を巻いて逃げ出す。
――前の世界のセンエースは、はたから見れば、かなりうまいこと、王をしていたし、
世界中の、ほとんどの『まともな人間』から、『センエースこそ理想の王である』と認められた……
が、そんなことは関係なかった。
誰がどう思うかなどどうでもいい。
大事なのは、己の感情論。
――センは、『王としての自分』が、『自分自身の基準をまったく超えられなかったこと』に絶望した。
だから、センは王になることを望まない。
こんな面倒なことは他人に任せると心に誓った。
――王に対して、多くを要求しているくせに、
自分が王になることは断固拒否するという、
とんでもなく悪逆非道な、生粋の駄々っ子ぶり。
センは心の中で、
(ガリオ。お前は王として失格。その判定が覆ることはない……が、最低限のチャンスぐらいは与えてやるよ。どうせ、無駄にするだろうが、これは、俺の中のルール。良かったな、ガリオ。俺が、どんな時だって『俺のルールを遵守する頑固者』で)
――そう呟いてから、
ガリオに、
「……『今後、多少、認識を改めていくというのはやぶさかではない』……ですか。その発言って、あれですよね。『前向きに善処する方向で検討する』ってやつですよね。エトマス様の時も同じことを言わせてもらいましたが……努力とか検討とか、そういう、曖昧な処理じゃ困るんですよ。明確にラインを示してもらわないと。どこまでをやっていただけるのか。どこまでは無理なのか」
最後のチャンスを与えた。
これは、本当に最後のチャンス。
すでに、ガリオのことは、見限っているが、
もし、ここで、まともな答を出すのであれば、
まだ、ガリオを、センの中の基準で言うところの『王を務めようと努力だけはした者』として認めるのもやぶさかではない……
と、そんな風に思ったのだが、
しかし、そんなセンの最後のチャンスを、
ガリオは、
「愚かしいことを……立場をわきまえて発言せよ。不快だ」
――豪快な勢いで、棒に振っていく。




