179話 夢であって、夢でないもの。
179話 夢であって、夢でないもの。
腹部に、渾身の閃拳をくらったルーミッドは、
大量の血ヘドを吐き散らかしていく。
今回、センは、自分の拳に『破壊』の属性は込めずに、『衝撃』だけを丹念に込めた。
だから、ルーミッドの身体が爆散するようなことはなかった。
いわば、『死なないけど地獄の衝撃がくる電気ショック』みたいな感じ。
当然のように、秒で気絶したルーミッド。
意識は失ったが、しかし、無意識の方は、むしろ活性化している様子。
『脳の中だけで見ている景色』に、明確な色がついていく。
(これは……夢……か……?)
ゴリゴリの明晰夢のように、ハッキリと、『これは現実ではない』と理解できた。
なのに、それと同時に、
(夢じゃない……これは……夢であって……夢でないもの……)
まるで、ファントムトークのように、フワフワしたことを、脳内だけでつぶやいているルーミッド。
そんなルーミッドの無意識上の視界に飛び込んできたのは、
異世界の風景。
『虫の力を借りて、世界を滅ぼしているヤクザの王様』の夢を見る。
(セミハラ……ユウゴ……)
『夢の中で暴れているヤクザ』の名前が、なぜか、ハッキリと分かった。
無意識……『虫域』の中で、
ルーミッドは、セミハラを想う。
セミハラに手を伸ばし、
渇望し、
そして、
(……俺の……夢……俺の……理想の……)
――そこまでが限界だった。
その瞬間をもって、ルーミッドの意識は完全に途切れた。
夢の中で、まだセミハラは嗤っている。
ルーミッドはセミハラの夢を見るけれど、
セミハラは、決して、ルーミッドの夢を見ない。
★
完全に気絶してしまったルーミッドを、
センは全力で介抱していた。
ルーミッドの体力を回復させ、気絶から起こすためのいくつかの方策を取る。
その結果、10分ほど経ったところで、
「はっ!!」
ルーミッドは、目覚め、バっと起き上がる。
「はぁ……はぁ……」
何度か息を吸いながら、周囲を観察する。
何が起きたのか分からず混乱しているルーミッドに、
センが、
「状況、理解できてます? 今は、一級の試験中で、あなたは、俺を審査している途中で、俺のカウンターを受けて失神しました。この辺の事実に関して覚えはあります? もしもーし」
「はぁ……はぁ……」
息が整ってくると、
同時に、記憶の整理もしっかりとしてきた。
目覚めたばかりの頃は頭空っぽだったが、
今では、
「……もちろん、覚えている……」
そう言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
途中ふらついて、センが手を貸そうとした……が、
センの手助けを拒絶して、
ルーミッドは、
「……一級試験は……終了だ」
と、気力を振り絞って、自分の責任を果たす。
そんな彼に、センが、
「俺の合否はどうなりました? まさか、あなたを戦闘不能にさせたから不合格とか言わないっすよね」
ルーミッドは、『クロッカとの試験対戦』を始める前、以下のように言っていた。
『もちろんダメです。私にはまだ、『あなた様の犬を採点する仕事』が残っていますので、私のことを戦闘不能にはしないでください。ルールとして、私を戦闘不能にしたら……あなた様も、あなた様の犬も、ここで不合格です』
普通に考えれば、その縛りは、クロッカ限定で、センには適用されない……となるはずだが、しかし、ルーミッドは、センを嫌っているので、どう転ぶかは分からない。
センも、その辺は理解しているので、本当は、この試験戦闘でルーミッドを気絶させるつもりはなかった。
ただ、謎の馬鹿火力で腕を切り飛ばされたことで、流石に、気分が激烈にアガってしまい、つい、マジの一撃を叩き込んでしまったのである。
結果として、現状、合否がフワフワしているというクソ状況が生まれている。
ちなみに、『ルーミッドに斬られた腕』に関しては既に欠損治癒で完治済み。
「また八級試験から受け直すとか冗談じゃないんすけど。俺はあなたに勝った。だから、俺は合格……でいいですよね?」