172話 翻弄。
172話 翻弄。
センが論じた学理を『正確に解すること』は不可能……だが、
すくいとれる文章の端々から、『問い』に対して『解答を示した』ということぐらいは、ギリギリ、読み取ることができた。
(……剣の腕前や異次元砲の技能だけではなく、魔法の能力や知識に関して、人並み外れた領域にある……ということ? 本当に……この男は、いったい、どういう……)
クロッカの額にも冷や汗が浮かぶ。
ルーミッドの性格を最低限理解しているクロッカは、
ルーミッドの奇行から、センがまた『とてつもない結果を出してしまったのだろう』と予測していた……が、流石に、あれほど難易度の高いテストで解答を示せるとは思っていなかった。
先ほども例に出したが、
センがやったことは『フェルマーの最終定理を解いてしまった』みたいなもの。
異常にもほどがある。
クロッカのように、『問題に対する理解度』が高ければ高いほど……それに完璧な回答を示してみせたセンの異常性がよく分かる。
(センは……もしかしたら……私が想定しているよりも、もっと、もっと、遥かに高い場所にいるのかも……)
すでに、とてつもなく高い評価を下しているが、
それでも足りないのかもしれない……と思うと、
やはり、どうしても『恐怖』のようなものも感じてしまう。
が、同時に高揚もした。
これほどの男となら、『もっと大きな革命を果たす事』も可能なのではないだろうか。
――センに翻弄され、複雑な感情が渦を巻いているのは、ルーミッドだけじゃない。
センに本気で関わった者は、みな、心を乱される。
★
一人になったルーミッドは、
学内の応接室にこもり、
ソファーに腰かけ、窓の外を眺めながら、
(……あの犬の異常性を……ガリオに報告すべきだろうか……)
などと冷静に考えていた。
つい数秒前までは、センに対する複雑な感情論が空回りして、かなり興奮していたが、深呼吸を繰り返したことで、一周回って、妙に落ち着いてきた。
ルーミッドは、一応、クロッカの父『ガリオ』直属の十七眷属。
ルーミッドは、ガリオや龍神族のことを尊敬はしていない。
ルーミッドは、誰かを崇拝したりしない。
自分の趣味や学問の追求が全て。
そういうタイプ。
だが、ガリオは、有能なルーミッドのことを、大事に扱っている。
だから、ルーミッドも、そんなガリオに、一定の忠誠心は抱いている。
いわば『ワンマン社長』に対する『有能サラリーマン(プライベート重視)』……ぐらいの感情。
ガリオのために死ぬ気はないが、ガリオに危機が迫っているなどの場合は、普通に伝える。
そういったルーミッドの中の基準に照らし合わせた際、
試験を通じて把握できた『センエースの異常性』という情報は、
本来であれば、ガリオに報告すべき……
ただ、
(……おそらく、クロッカは、あの犬を使って、それなりの規模の革命を起こすつもりだろう……)
クロッカが、ルーミッドの性格を最低限理解しているのと同様に、
ルーミッドも、クロッカの性格・思想・野望を、それなりに理解している。
(クロッカ以外の全員が、『反クロッカ派(革命を望んでいない)』である以上、革命が成功することはない。流石に、多勢に無勢が過ぎる。クロッカのワガママは絶対に失敗する……が、あの犬をうまい事使えば……『質の高い失敗』をする可能性は……十分にある……)
ゴリゴリの暴力革命を起こそうとした場合、
敗者には斬首が待っているので、0か100かという話になるが、
『無血革命』・『意志を通すための戦争』を求めるのであれば、
『革命を起こした側が、敗北した』としても、
『一定の権利を勝ち取る』という可能性はある。
今、クロッカの発言権はかなり低い。
父であるガリオと、兄であるパルカで、利権をガチガチに固めてしまっているから。
クロッカは『お飾り』以外の何者でもなく、
『何か大きなことを成したい』と思っても立場的に不可能。