171話 突飛な行動。
171話 突飛な行動。
ルーミッドの視点では、バグった答案。
ちなみに、ルーミッドは、『趣味』で等級試験の試験官をしているだけで、これは決して本業ではない。
ルーミッドの本業は魔法学者。
普段は学者として、魔法学の研究に努めている。
この分野において、この世界でも、最高峰に精通しているルーミッド。
そんなルーミッドでも、『一ミリも理解できない理解』を……センは示した。
(そんなバカな……こんな……)
ぐにゃりと視界が歪んだ。
夢じゃないかと、バカみたいに、頬をつねったりして。
……ルーミッドにとって、己が『魔法学の最先端』を歩んでいるというのは、何よりの誇りだった。
その誇りが、足元から崩れ落ちていく。
ルーミッドは、反射的に、無意識に、思わず、センの答案用紙を、ビリビリに破り捨ててしまった。
ルーミッドの突飛な行動を見て、周囲の者が目を丸くしている。
『え、なにやってんの、この人』という正気を疑う目がルーミッドに突き刺さる。
みな、ルーミッドの奇行を前にポカンとしていたが、
この中で、唯一、ルーミッドよりも立場が上のクロッカが、
「ルーミッド……あなた、何をしているの?」
と、普通にドン引いている声音で、そう尋ねた。
クロッカの声で、ようやく我に返ったルーミッドは、
「え、あ……っ」
そこで、自分が何をしてしまったのかを理解する。
テスト中に、試験官が、受験生の答案用紙を破り捨てる……意味不明。
意味不明であり、許されない愚行。
ルーミッドは、自分が、そんな、ありえない愚行を犯してしまったということを理解すると同時……
「うっ」
強い吐き気に襲われた。
これは、あくまでも精神的なもの。
これまでの人生で、ずっと大事にしてきた趣味……等級試験。
等級試験の試験官という役職を、ルーミッドは、ずっと、まっとうにこなしてきた。
立場上、いくらでも不正ができるが、しかし、試験においては徹底的に真っ当であることをこだわった。
これは、ゲームの縛りプレイみたいなもの。
『絶対にチートは使わない』という誇りある縛り。
その縛りを……ルーミッドは、今、無意識に、衝動だけで破ってしまった。
……そんな自分の歪んだ現実を前にして、ルーミッドは強い吐き気に襲われたのだ。
自分の行動が信じられないし、自分の行動が許せない。
と、同時に、センに対する過剰な嫉妬……と、『ネタバレ(魔法学に関する)』されたことに関する強い非難も渦巻く。
なんせ、大事に向き合ってきたパズルの答えを見せられたのだ。
楽しみにしていたコ○ン映画の犯人とロジックをネタバレされたような……そんな気分になったりもした。
色々と、複雑な感情が、ルーミッドの中で、銀河のように、うずをまく。
頭がグニャリとして、その場で失神しそうになったが、
なんとか、それは踏みとどまり、
「二級試験は……終了……」
気を抜いたら吐いてしまいそうな口元をハンカチで抑え込み、
「答案用紙は全て見させてもらった。採点はすでに終わっている。合格者は……クロッカ様と……そこの魔人の女と……それと……」
そこで、ルーミッドは、葛藤する。
センを落とすことはできる。
自分の権限なら何でもできる。
しかし……
「……ぐ……」
プライドと意地がせめぎあう。
吐き気が加速する。
もう、この場に立っていられない……そう思ったルーミッドは、
「……クロッカ様の犬……この三名だ。その3名以外は不合格。以上だ。1級試験は、1時間後に行う。それまで、休憩」
そう言うと、そのまま、早足で教室を出ていった。
そんなルーミッドの背中を、ぽかんとした顔で見つめている受験生たち。
その間、センはずっと、呑気に寝ていた。
すやすやと寝ているセンを尻目に、
クロッカは、ルーミッドが破り捨てたセンの答案用紙を拾い集める。
(……ここまで、ビリビリだと……流石に、詳細な中身を確認することはできないけれど……)