167話 いけ、ゼック!
167話 いけ、ゼック!
完全な自己犠牲ではなく、
『情が厚め』のゼックが三級になれば、
そのおこぼれをいただける機会が多いだろう、
という、打算もあった。
――完全な自己犠牲ではなく、打算も込み込みだったので、
お互いに真の信頼関係を結ぶことが出来た。
『利』は、関係性を確固たるものにしてくれる。
ゼックチームは、正式なパーティでこそないが、
これまで、何十年にもわたって、色々なクエストで、
苦楽を共にし、死線をくぐりぬけてきた。
連携度という点において、
ハロ&ラスよりも、確実に上。
年の功をなめてはいけない。
オッサンたちの本気は、なかなかどうして、バカにならない。
未来ある若者の輝かしさは、もちろん、眩しいものだが、
泥臭く積み重ねてきたオッサンたちの汗と涙の結晶も、
同じかそれ以上に美しく輝く。
「いけぇえええ、ゼック!!」
仲間たちの協力がきらめく。
ゼックは、ハロの肉壁をかいくぐり、
ラスの元まで食い込むと、
「剣気ランク4!!」
長年磨きに磨いてきた切り札を切る。
本来、『ランク4の魔法』というのは、存在値50ぐらいのやつじゃないと使えない高位魔法。
だが、ゼックやラスやバリソンのように、特化した高い資質を持つ者が、たゆまぬ訓練を積んだ場合、
そういう常識の壁を超えて、飛び級会得することもままある。
長年、冒険者として、地道に自分を磨いてきたゼックの剣は、魔法抜きでも、相当なレベルに達していた。
そこに、ランク4の剣気。
直撃さえすれば、余裕でラスを一刀両断にできる一撃!
その一撃を前にラスは、
(まずっ……やばっ……回避でき――)
脳が高速でまわった。
視界がスローモーションになる。
スローなので、状況がよくわかった。
しかし、体が反応できない。
死の恐怖だけが全身を包み込む。
ゼックの目には、ごうごうとした殺意。
ゼックは、人格的にまともだが、『甘い』わけではないので、
やるべき時はキッチリと殺る。
それに、この試験中、何度も、
ルーミッドから『死は自己責任。いやなら帰れ』と言われている。
死は自己責任。
『他者を殺すこと』は、この場合において『手段の一つ』に過ぎない。
だから、ゼックはやれる。
容赦なく、躊躇なく、ラスを殺すことができる。
(悪いな。死ね!)
心の中で叫び、
ゼックは剣を振り下ろした。
……と、そこに、
「いい一撃だ。積み重ねてきた重さを感じる」
センが現れて、『ラスを切り裂こうとした剣』を、片手で止めた。
当たり前のようにラスを守ったセンに、
ゼックが、
「おい!! ふざけるな!! 手を出さないと約束しただろう!!」
「約束は何もしてねぇな。ラスを倒せば合格とは言ったし、応援するとは言ったが、約束はしてねぇ」
「ふ、ふざけ――」
と、ゼックが怒りをあらわにしそうになったところで、
センは、ラスに視線を向けて、
「不合格だ、ラス。理由は一つ。お前は負けた。何か文句はあるか?」
そう言葉を投げかけた。
ポカンとしているゼックの視線の先で、
ラスが、
「……いえ……ありません。僕の負けです。先生が間に入ってくれなかったら、死んでいました。なんの文句も言えません」
そう言いながら、
アイテムボックスにしまっておいた球を取り出して、
センに差し出す。
「先生の教え子でありながら……三級試験に合格できませんでした。申し訳ありません」
そんなことを言うラス……
の頭をなでながら、センは、
「三級に落ちたんじゃなく、四級に合格したんだ。よく頑張った。流石、俺の教え子だ。やるじゃねぇか」
「……せ、先生……」
涙目になっているラスに、
「今のは、教師としての俺のセリフ。……ここからは俺としての、俺のセリフだ」
センは、そう言いながら、息を吸って、拳を握り、
「三級ぐらい受からんかい、ぼけぇええ!!」
ガツンとラスの顔面に、なかなか重たい拳をぶち込んでいく。