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第六話:夢と鷹は合わせ柄

本日三話更新。

三話目です。

「『名塚村放火事件』主犯の魔族未だ見つからず、ねぇ」


 魔縁対策機関(COE)があの放火虐殺事件を本格的に捜査し始めて約三週間が過ぎ、暦上でも十月に入った。

 ようやく秋という雰囲気が漂う今日この頃、僕は外の世界に漂う秋の風情を楽しめずにいた。


「毎日パソコンと参考書に向き合う日々……これが小学六年生の姿か?」


 題するならば勉学の秋だろうか。僕としては読書の秋や食欲の秋を楽しみたいところではあるのだが。


 幸いこの天に愛されたとでも言うべき楓眞の身体は物覚えが非常によく、加えて前世での知識の蓄えがある僕が合わされば一週間でも充分にアウトプットができるレベルまで勉学もPCスキルも上達した。

 特に前世では気づかなかったが、僕はPCおよびITへの適正が高かったようだ。

 この調子で続けていけば自分よりできるようになる日も近い、と圭が舌を巻いたほどだ。


 そして今僕が何をしているのか、というと今朝圭から出された宿題「なんでもいいので外法師としての依頼を受けておいてください」をクリアするため、犯罪の巣窟であるダークウェブを彷徨っているところだ。


「おぉ……意外と依頼も転がってるもんだね」


 悪戦苦闘して小一時間、目的の外法師用のサイトへ辿り着いた。

 そこには『魔素』の取引、非公式かつ近日の魔族の目撃例、捕捉済みの魔族の討伐依頼など退魔師の目の届かない範囲や横取りで行われる非合法な外法師活動が列挙されていた。


 ここにある依頼のほぼ全てが現行の法に引っかかるところであるが、どこまでがグレーゾーンで、どこからが退魔師の逆鱗に触れるところかを含めて先日圭に教わった。

 それらを簡単にまとめると以下のようになる。


 一、魔素および魔力の管理や取引は魔縁対策機関の認可のおりた企業や個人のみが行う。また転用技術の制限も設ける。

 二、魔縁の匪徒討伐は定められた正規の手順で行わなければ罰則対象。

 三、公共の場での許可のない魔術の使用を禁ずる。ただし魔縁の匪徒による侵略が行われた場合の退魔師が到着するまでの防衛に関しては緊急性のあるものとし例外とする。

 四、退魔師の活動区域での妨害行為を禁ずる。


 一つ目、これこそが外法師が外法師たる所以である。裏の組織はもちろん認可を受けている企業であっても魔素は喉から手が出るほど欲しいものである。それが管理下にないものであるなら尚更。しかし僕は圭という退魔師との繋がりがあることで比較的安全に魔素の取引ができる。

 二つ目について、生命活動を停止した魔族はその場で己の身体を構成する魔素を魔力に変換、そして排出をし始める。これがその土地を魔力で汚染し、人の住めぬ魔で満たされた地としてしまう。僕としてもこれを破るつもりはない。

 三つ目、これも魔術による魔力の発散で進行する魔力汚染防止のためだ。しかしこれも大っぴらに外法師として活動しなければいいだけだ。

 四つ目、これが一番の問題だ。退魔師と遭遇しないこと、目をつけられないことを祈るしかない。


 最後に外法師や魔族に関する法律を調べて僕が思ったことが、かなり濁された書き方をされているなというものだ。

 外法師活動という存在に言及していないからか、いくらでも解釈のしようがある内容に思える。

 つまり外法師を違法活動だと断じるかどうか、現場の退魔師の一存で決まる可能性がある。そして確実にそのように定めているだろう。

 これはつまり――。


「退魔師の手の届かないところを見つけて活動し、先遣隊となって退魔師の仕事を少なくしてくれ。ただしやりすぎた場合や生贄で逮捕することもあるから、我々退魔師に怯え続けろ。……ってところだよね、改めて考えても性格わるぅ」


 穿った見方には思うが、そういうことだろう。

 しかしこれだけ下に見られている外法師であるが、それでも一定数は存在するのだ。それだけ稼ぎが良かったり、稀だろうが中には正義感から動く者もいたりする。

 実際世論の一部でかつての英雄のように扱われている外法師もいるらしい。


 極小数の確かな実力を持った者は退魔師の目など気にせず活動する。そしてラインを超えない限り、そういった者を退魔師は本気で捕まえない。生かした方が魔族の被害を抑えられるからだ。

 

 清濁併せ呑み、より多くの人類を魔の手から護るために働く。そうして退魔師たちは魔縁の匪徒に関する天秤を水平に保ち続ける。


 僕の外法師としての活動も退魔師にとって捕えたくないと認知するレベルへと成り上がることを目指すこととなるだろう。

 幸い神に拝謁することで力を得て、魔力適正も充分以上に持ち合わせている。

 退魔師との遭遇や魔力汚染について気をつけて活動すれば余程のことがない限り問題なく成り上がれるだろう。


「そのためにもまずは初依頼だ」


 操作していたPCの画面には一つの依頼内容が記載されている。

 公開依頼の一つを選択した。

 その内容は広島県尾道市を訪れた観光客が数人失踪しており、それに魔族が絡んでいる可能性が高いという証言だ。


 公開依頼は誰でも受注可能な早い者勝ちの依頼だ。早速受注申請を行う。

 受注完了すればブッキングを避けるため他の外法師はおおよそその依頼を除外する。

 実際検索機能に受注済み依頼を候補から排除する項目があり、僕もそれで検索を行っていた。それでも同時に受注申請を行っていた場合はダブルブッキングしてしまうがその場合は仕方ない。

 公開依頼に依頼を流す依頼主としては解決する外法師は基本的に誰でもいいのだ。


「おっと、名前が必要か……」


 受注申請を行うために外法師としての活動名を定めなければ。流石に本名を名乗るわけにもいかない。

 さて、なんと名乗ろうか。


「そうだな、ここは願掛けの意味も込めて――『七理』としよう」


 明日は外法師『七理』のデビュタントだ。

 申請が通れば圭と共に早速広島へ向かおう。牡蠣、お好み焼き、ラーメン……うん、楽しみだ。





 ***





 魔縁対策機関日本国本部退魔三課。

 所属には本部と記載されているが実態は日本国内の各地支部に所属する者、全国の支部や海外本部を臨時的に巡って所属して怪しい場所を捜査する者をまとめて呼ぶ。つまり基本的に本部勤務でない退魔師たちである。


 退魔師は非常に少なく、前者は支部ごとに三交代制を数人で回し、後者はいわゆるエリートやベテランの退魔師が二人組でチームアップして本部から通達を受けて行動する。


 伊織圭をはじめ少数精鋭の退魔一課所属退魔師は本部勤めで全国の緊急性のある魔縁事件や魔縁災害に急行し、魔縁の匪徒と対峙するまさに退魔師然とした者たちである。

 しかし退魔三課所属退魔師たちによる血の滲むような治安維持及び事件調査によって、世界の中心国日本の魔縁の匪徒による被害は抑えられているのだ。


 ここ魔縁対策機関新潟支部にもそんな退魔三課の退魔師がいた。


「――あっ、沖さん!お疲れ様でーす」


「ふぅぅ……おぉ、お疲れさん。今から当番か?」


「そうですよ。いやぁ未だにこの勤務形態慣れませんよ僕は」


「一年目だろう?そりゃそうだ。俺も新人の頃は汗水垂らして鍛えられたもんだ」


「沖さんの新人時代……想像つきませんね!」


 ここは魔縁対策機関新潟支部の一角にある喫煙室。

 異動してきてからというもの、すっかりここの常連となった無精髭を携え草臥れた雰囲気の中年の男がこの日もいた。

 彼は沖島聡(おきしまさとし)。新潟支部の若い者から支部長を務める者にまで沖さんと呼び慕われている。

 それも豊富な人生経験とそっと隣に寄り添うような雰囲気ゆえにだろう。


 見た目を整えれば相当に色気が出ると感じさせるだけに、今のだらけきった状態をよく思わないバディの後輩によくせっつかれている。


 そして沖島に話しかけるのは今年から退魔師として働きはじめ、この新潟支部に配属となった新人だ。

 短い黒髪をセンター分けにし、きっちりと退魔師としての制服を身につけている。そんな彼も喫煙所にただ寄り道したわけではない。

 当直が始まれば新人という立場的にたばこ休憩に行きにくいので、今のうちに吸っておくというややせせこましい心理だ。


「僕ら支部の人間って勤務時間がやたら長いんですよねぇ。それに勤務中魔族と相対しなくても鍛えなきゃいけませんし」


「退魔師がもっと増えりゃなぁ……ま、俺みたいに退魔師としてへばりつくのもどうかと思うがなぁ?」


「まさか!沖さんに救われた人、教えられた人たちがどれだけいるか!」


 ヘラヘラと笑う沖島に新人の男は至極真剣な顔で訴えかけるように沖島へ告げる。

 そんな初々しくも眩しい目を向ける姿に対して少し照れくさそうにしながら、タバコを咥える。


「くはぁぁ……ま、俺はお偉い方々と肩を並べるよりも教育係やりながら現場に立つのが向いてたってこったな」


「自分も沖さんとバディ組んでみたいっす!」


「はっ、ならあの(すめらぎ)の嬢ちゃんより良い成績残してみることだな」


「そ……れはぁ、なかなか……」


「だはは!俺でも手焼いてんだ、あいつは俺なんかすぐに飛び越えていっちまうよ。……まぁ、俺が引退してなければその後お前のことも見てやる。だから頑張れよ?」


「はい!ありがとうございます!」


 ちょうどキリよく吸い終わり、火を消し灰皿へ吸い殻を放り込むと最後に沖島は男の肩をバンバンと軽く叩いて激励してから喫煙室を退室した。


 喫煙室を出てトイレに寄ったあとPCと睨めっこしているであろう、バディである後輩の様子でも見に行こうと曲がり角を出る。

 しかし予想に反してその先にむすっとした顔で見上げてくる目的でもあった少女がいた。


「遅いわ、おじ様」


「おぉ茜ちゃん、待たせちまってたのか。すまんな」


「ふん!……次の任務が来てたわ」


「なに?名塚村の件はもういいのか」


「もう一ヶ月よ、いつまでも私たちが終わったことに拘束されてるわけにはいかないの」


「終わったって……そんな言い方するから例のお兄様にいい顔されないんだろう?」


 沖島がそう咎めると茜と呼ばれた少女はまだ幼さを少し残しつつも美しい顔を不快げに歪める。


「兄様は関係ないでしょ?!……それに別にいいじゃない、聞いてるのは私たちだけなんだし」


「……はぁ、処置なし」


 沖島が一八〇センチ後半の身長をしているのに対しこの少女、皇茜(すめらぎあかね)は一五〇センチほどで二人が連れ歩くと親子のように見える。

 片や草臥れた中年サラリーマンのようで片や紫がかった鮮やかな髪がよく映える女子高生でも通用するような若々しい少女。

 実際年齢差的には親子とそう変わらないものであるが、二人は同僚で新人と教育係という違いはあれど立場は同じだ。同じ退魔三課所属の退魔師。


「で?退魔師のお膝元、ここ日本で起きたこの大事件はどう処理する予定だって?」


「はぁ……本来それはおじ様が管理するんじゃないかしら教育係さん?」


「もう教育が必要には感じないからな、期待の新星ちゃん?」


「だからって事務仕事を歴一年未満の私に丸投げしないでくれるかしら」


「まぁまぁいいじゃないか、おじさんどうも機械いじるのは苦手で」


 二人は連れ添って歩きながら支部長室へ迷いなく進んでいく。二人を見るや支部に務める事務方の者や勤務中の退魔師が頭を下げてくるので沖島は軽く片手で応える。茜はただ先へと歩を進める。

 勤務地がここ新潟支部となって一ヶ月、そろそろ建物の作りも覚えてきたころだった。そんな時期での新たな任務、全国各地のの事件現場を巡る二人にとっては日常茶飯事だ。むしろ一ヶ月も同じ支部に滞在することが珍しい。


「もうこの場所で調べられることはないわよ。主犯の『呪炎の大魔』とその他神徒と思われる魔族らは何かしらの手段で退魔師到着後すぐに逃走。痕跡の少なさからおそらく転移系の神通力ね、かなり厄介よ」


「だから茜ちゃんが抜擢されたってのもあったんだけどね」


「事件当時に私が居合わせれれば、少なくともただで取り逃すなんてことにはならなかったわ」


「仕方ないな、俺たちはその時海外任務だったし」


「お兄様も家に戻ってたタイミングだと聞いたわ、嫌な偶然ね」


「偶然なら……な」


「あら、おじ様の中では皇家……ひいては私たちも容疑者かしら?」


「ふっ……そこまでは言ってないさ」


 自身の下から見上げるその髪色とよく似た暗いアメジストの瞳から沖島は視線を逸らす。


(退魔公家の奴らはどいつもこいつも。……これだからやりづらい)


 自分の内面を見透かしてくるように感じて居心地が悪くなる。

 己より二回りも下の人間でこれなのだ。況してや同年代のこれらの者と好んでつるみたいと思うわけがない、と彼は内心ごちる。


 彼が昇進を断り、現場に留まり続ける理由の一つがこれだったりする。

 人間関係も仕事の重要なファクターの一つだと沖島は考える。


「(……いや、一人いたな。公家出身のやつらしくないから忘れたまってたぜ。……最後に話したのはいつだったかな)」


 沖島は声には出さずそう昔を懐古した。

 もう十年も前の話だ。顔も朧げだったが、それでもかつての同期の男のことを沖島は好んでいた。

 退魔公家出身の者であるのに常に自分が人々を支える側なのだ、と言うような一本芯の通った男だった。公家の人間特有の支配者の佇まいは良くも悪くも感じなかった。


 それから沖島はその僅かな逡巡を打ち切り、隣に同じく公家出身のお嬢様を認識しつつ、任務についてまだ大事なことを聞いてなかったと思い返し問いかける。


「まぁ事情はわかった。……さっ、着いたぞ。支部長に挨拶して早速明日から現場に向かおう。――そうだ、肝心なことを聞いてなかった。茜ちゃん、次の任務先はどこだ?」


「だからなんで私がッ!……はぁ、もういいわ。そうね、次の任務地は――」





 ――広島よ、と鈴の音色のような耳心地良い声でそう告げた。

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