表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/39

第五話:理の外から

本日三話更新。

二話目です。

 カーテンの隙間から漏れる日差しで目を覚ます。

 腰が少し痛い。どうやらソファでそのまま寝落ちしていたようだ。


 身体を起こし周囲を確認しここがとある家のリビングであることを思い出す。

 その時、身体を起こした反動で何かが腹の上から床に落ち、バサッという音が静かな部屋に響く。


「……あぁ……どこまで読んだっけ」


 夜遅くまで本を読んでいて気づけばその場で寝ていた。初めてではない、何度かある。そのたびにどこまで読んだかわからなくなるのだ。

 しかし続きが気になってキリの良いところで終わることができない。


 今回手に取っていたのは夫婦を題材にした心理的描写の多いミステリー作品だ。

 これは実際に人が死ぬわけではなく、家族愛と死者が生者に憑依するという部分が今の僕と似ていて物語に入り込みやすい。そして人の心情が物語の根幹に深く関わっているため学びになる。


 最近は余った時間は本ばかり読んでいる。

 本は良いものだ。特にその地の生活が繊細に描写されているものは僕を実際にその場所に連れて行ってくれる。欲を言えばもっと色んな登場人物たちの心情を理解できれば、こういった心情的トリックの多い作品も推理を楽しめるのだろうけど。


 さて、陽の角度的にまだ朝にしても早い時間だろう。二階に上がり、ベッドに入ってもうひと眠りしようか迷う。


「――おや、早いですね。……いや、まさかまたここで寝ていたのですか?」


「圭さん、おはよー」


「おはようございます。……あまりソファで寝るのはよくないですよ。どうせ遅くまで起きていたのでしょう、もう一度寝られますか?」


「んー……いや目覚めちゃったし起きるよ。朝ごはんボクが用意しようか?」


「そうですか。ではせっかくですしお願いしましょうか」


 伊織圭宅にやってきてから二週間が経つ。

 中から見ていたとはいえ、実際に幼少期共に過ごしていたのは楓眞であるので初めは戸惑いはあったが今ではかなり自由に過ごさせてもらっている。

 どうやら圭は一人暮らしをしているようで、実家は京都の方にあるらしい。


 現在は日本において『退魔師』の全ての統括を行っている魔縁対策機関日本国本部所属の退魔師として研鑽を積むためここ、東京で暮らしているとのことだ。


 東京都郊外の大きな一軒家だ。その佇まいはとても圭一人が暮らす用とは思えない。邸宅と呼んでもいい。

 ただし家の所有物というわけではなく、自分の退魔師としての稼ぎで買い付けたらしい。家の者がいない空間が欲しかったのだとか。

 なので使用人なども連れてきておらず、掃除は自動ロボットがしてくれている。


「――さて、卵とパンはあったかな」


 圭はそのまま洗面台のある方へ向かっていったので、僕もリビングのソファから立ち上がりキッチンへと向かう。


 朝食はトーストに半熟の卵とベーコンでカルボナーラ風トーストにしよう。

 本当は朝は和食がいいけれど、毎回和食だとそれはそれで飽きがきてしまう。

 ここに来る前も来てからもほとんど毎食お米を食べている。全くそれで問題もないがたまには気分を変えてトーストを頂こう。


 冷蔵庫から卵とベーコン加えてチーズにマヨネーズを、水場の頭上にある棚から食パンを二切れ取り出す。

 諸々の下準備を終わらせ、卵を落とし、アルミホイルを巻いて5分ほどオーブントースターで焼けば完成だ。


「良い匂いですね」


「ちょうどいいタイミングだね、そろそろ出来上がるよ。さ、座って座って」


 このように、僕は結局あの時圭の手を取ることにし共同生活をすることになっている。

 圭を完全に信頼しきったわけではないが、それでも信用はできる人であるので様々な要因と利点を含めてこの選択をした。


 まず金銭面。特に医療費の方だ。

 治癒の神通力、あらゆる怪我や病を原理原則を無視して治療できる神の力の使用が安く上がるはずもなく玲沙の入院費も含め莫大な金額に及ぶ。当然表向きはただの災害孤児である今の僕にそんな支払い能力があるはずもない。

 魔縁対策機関付属の養護施設に行くことになればおそらく免除されるだろうとのことだったが、それを理由に退魔師として囲われるのは目に見えている。

 楓眞が戻ってきたときどんな選択でもできるよう自由な立場を望む僕としては避けたいものだった。


 そしてここで圭がその医療費を負担すると言ったのだ。

 これを返済するためにも金を稼ぐ必要があるが、その方法については後述しよう。


 もう一つの理由としては玲沙の解呪方法の捜索である。

 方法として今のところ考えられるのは先の村を襲った魔縁の匪徒の首謀者、『呪炎の大魔』と名付けられた魔族を捕縛し解呪させることだ。

 しかし確実にそれは容易なことではない。その点退魔師として高い実力を持つだろう圭の協力を得られれば百人力以上だろう。

 そしてこの神徒の捜索方法こそが金策にも繋がってくる。


「よし、焼きあがったかな……あちちっ!」


 しかしトーストが焼き上がったため、一先ずは朝食にしよう。ちょうどいいので提案者でもある圭と話を交えてこれからの方針を本格的に決めよう。


 焼き上がったトーストをそれぞれお皿に移し、キッチンからダイニングに抜け出す。

 ダイニングすらかなりの広さをしているのでゆったりと食事を楽しむことができる。醤油やソースなどの調味料をダイニング机に置いて置けるのも利点の一つだ。


「楓眞くん、ありがとうございます。それでは……いただきます」


「ボクもいただきまーす」


 圭と向かいの席に座り、手を合わせてからトーストを齧る。ザクっという歯応えとじわっと広がる卵の甘さとベーコンの旨みがマッチしていて我ながらとても美味しい。

 朝食を食べる文化は国にもよるらしいが、やはり食べると朝の活力が違う。


「も、そーら圭さん。……んくっ、前言ってた『外法師』の件だけど、ボクも調べてみたよ」


「そうですか。私としては非常に合理的な手段かと思い、一つの方策として提案しましたが」


「うん、確かにこれ以上ないぐらい合理的だね。金策の面でも解呪の面でも」


「金銭については気にしなくていいとお話ししましたが……」


「流石にそんなわけにはいかないよ。既に返しきれないほどの恩があるんだ。お金ぐらいはできる限り返すよ」


「ふむ……私としてはもう少し子供らしく甘えてもいいと思うのですがね」


 ――『外法師』。

 これが先ほど述べた『呪炎の大魔』捜索と金策の両立を叶える代物だ。


 退魔師は公的機関である魔縁対策機関から免許を得て直接所属し、魔縁の匪徒を討伐する。

 対して『外法師』は無免許で魔縁の匪徒を討伐したり、魔縁の匪徒を討伐して得られる『魔素』を売買して利益を得る違法な退魔師のことを指す。

 この『魔素』が外法師の収入の要となる。環境を汚染せず電力を生み出したり、病や怪我を一瞬で治す道具を原動力であったりと万能のエネルギーである魔力に変換できる素材だ。その価値は計り知れない。


「まぁ確かに外法師となれば大金を稼ぐことも可能でしょう。実力が伴えば、という枕言葉が付きますが」


「実力をつけるっていう面での利もあったね」


「そして『呪炎の大魔』の捜索。外法師には外法師のネットワークがあります。加えて私から提供する退魔師側の情報を照合すれば手掛かりの一つぐらいは見つかるでしょう」


「一つ問題があるとすれば……圭さん、普通取り締まる側の貴方が外法師を薦めるのはまずくない?」


 僕の当然の疑問に対して圭は瞳を閉じ、トーストを齧り沈黙を返す。

 外法師は所詮違法の退魔師であり犯罪者だ。

 中にはただひたすらに魔縁の匪徒を討伐し、得た魔素や金銭は公的機関に寄付することで勧善懲悪を行う者らもいる。しかし多くは私欲を満たすため、また魔力を用いた犯罪を行うため活動している。

 ダークウェブ上に潜み、実地に赴き人類の怨敵である魔縁の匪徒を獲物とし狩る。自分の欲望の捌け口として無辜の民を嬲る。

 そんな外法師となることを目の前の魔縁対策機関本部に所属する正規の退魔師は推奨している。


 圭は口の中のトーストを飲み込んでから告げる。


「――私は外法師もこの世の歯車の一つと考えています。退魔師は少ない。そもそもとして魔力適正を持った者の割合が少なく、その中でも退魔師としての適正を持った者はさらに減るからです。退魔師が十分であれば貴方の村での悲劇も被害をもっと抑えられたでしょう」


「外法師が魔縁の匪徒による被害を減らせると?」


「私たち退魔師が手の届かない範囲もある。彼ら外法師はそこを敢えて探して利益を得ようと魔族を狩ってくれるのです。私たちはそれを管理調整すれば良い」


「その管理調整が不十分で悪意に満ちた外法師が人に害を与えることもあるでしょ」


「えぇ、中には害虫もいます。しかし花が咲くには花粉を運ぶ益虫は必要です。手法を誤らずに魔族を討伐してくれるならばその外法師は益虫となり、花を荒らす害虫を駆除すれば益虫が害虫となることに対する牽制になるでしょう」


 大のため小を切り捨てる。圭の根本にあるのはきっとこれなのだろう。

 合理性を問われるならばこれ以上ないほどの人材だ。それゆえに冷たいと言われることも少なくないだろう。

 だが同時にきっとこの人に悪意など存在しない。

 機械を動かす歯車のような人であると同時に、自分の基準に則って救えるものはできる限り多く救う。

 ただひたすらにより多くの大のために。


「とはいえ犯罪者を取り締まるポーズはしないといけません。そして花を傷つける害虫は駆除しなければ。それを行うのが退魔二課の退魔師たちですが、あいにくそれは私の主な仕事ではない」


「あは、貴方が殺虫剤でないことを感謝しないとね」


「ふふ……私はあくまで花を育てる者。その手に殺虫剤を持っていてもそれを撒くかどうかは私が決めます。楓眞くん、益虫として働くことを期待しますよ?」


 圭は言い切ってから最後の一口を口に入れる。僕もそれに倣って最後の一欠片を口に放り込む。

 朝から物騒な会話をしてしまった。気分転換にコーヒーでも飲もう。子供らしくミルクと砂糖たっぷりの。


「圭さんもいる?」


「えぇ、ぜひ」


 キッチンの方に戻り、トーストが入っていたのと同じ棚を開けコーヒー豆を取り出す。

 圭はコーヒーや食べ物に特にこだわりもないらしく、このコーヒー粉も朝ごはんで使った食材もスーパーで購入した市販品だ。


 ミル付きのコーヒーメーカーに二杯分のコーヒー豆を投入して細挽きに設定する。

 コーヒーの酸味はどうも好きになれない。これは楓眞の味覚だからではなく昔からだ。


 抽出されたコーヒー粉は自動でセットされるのであとは給水タンクに水を入れて待つ。

 コーヒーカップを取り出してからダイニングの席に座り、前世にも存在したスマートフォンと似ている携帯端末を操作する圭に話を再開する。


「外法師になるのはいいんだけどさ、具体的にはどうやるの?外法師用のサーバーのログインなんてできないよ、そもそも端末ないし」


「それならご心配なく。これがその楓眞くん用の端末ですので。」


「さっすがぁ、用意周到すぎて怖いぜ」


「ログインIDとパスワードは覚えておいてくださいね。くれぐれも媒体などに残さないように」


「りょーかーい」


 コーヒーが出来上がったので用意したカップに注ぐ。そして自分用のカップに砂糖を入れて溶かしてからミルクを入れる。


「圭さんはブラック?」


「いえ、私のにはミルクだけお願いします」


 圭の分も用意し終わり席に戻ってコーヒーを机の上に差し出す。

 ミルクで幾分か冷めたので少し息を吹けば飲めるぐらいの温度になっている。

 ずずっと一口飲んでから一息つく。特に感想のない普通の味だ。


「でもボクなんかがそんないきなり扱って大丈夫なものなの?」


「一応これは私の登録していたIDのものなので新しく作ったものよりは警戒されないですし、この端末と追加でお渡しするPCのセキュリティは最大レベルで行っています。ですが、まぁトラブルに巻き込まれたくなければ今は外法師サーバー以外は閲覧しないことをお勧めします」


「うぇぇ、サイバー犯罪とか拳で直接解決できないのは苦手だよ」


「私もです、解決策として暴力が使えるなら私たち神徒にとっては一番容易ですからね」


「外法師として動くなら情報系の勉強もしないとダメかな?……まぁいいか、どうせ学校なくて暇だし」


「当然勉強はしてもらいますよ。――あぁそれと、魔縁の匪徒討伐のための訓練と外法師の依頼……これからしばらくは暇なんてありませんよ」


「え……」


 聞き間違いか?

 玲沙の解呪方法を探しながら前世では全くなかった趣味に生きてみようと、新たな中学校入学まで有り余った時間を優雅に過ごしてみるのもありかと思っていたのだが。


「加えて高卒認定資格も取ってもらいますよ。退魔公家の特権で、資格さえと取れば年齢関係なく中等教育までは修了できるので。まぁ聡明な楓眞くんならば一年もあれば取れるでしょう」


「は……?」


「私が退魔師として働いている間は必修科目とITの勉強を、帰ってからは神通力と魔力制御の訓練を、そして私が休みの日には外法師として共に動きます」


「……」


「さぁこれから忙しい日々ですよ、張り切って行きましょう」


 思わず目線を前から外して落とす。

 結構新しい学校生活も楽しみにしていたんだけど……けど圭の方針に逆らうことなど今更できないし。


 圭に再び目線を戻すと共同生活を始めてから見たこともないほどに彼女が目をキラキラとさせている。


 これが教育ママというやつだろうか。いや、圭にはママという言葉はなぜかひどく似合わないな。


「……なにか失礼なこと考えてませんか?」


「いーや、なんでもないよ?」


 下手をしたら魔縁対策機関の施設で過ごすよりもハードな環境かもしれない。

 取り敢えずは、さらば僕の学園生活。

Tips

『魔素』

魔族の身体を構成する異界の物質である。

知能ある魔族はこれを自在に操り再生や擬態を行う。

また魔力生成器官及びそれを模して開発された人類の魔力変換機により魔力というエネルギーを抽出して生命活動や動力源とする。


『魔力』

魔素から抽出される異界のエネルギー。

神器や魔力を動力とする魔導機械を介することで万能の動力源となりえる。

ただし異界のエネルギーであるので、現世において在来の生物に魔力汚染という形で悪影響を及ぼす。


『魔力汚染』

文字通り魔力による環境汚染であり、魔力適正を持たぬ生物にとっては毒となる。

主に魔力そのものの放置や魔族による魔力変換の過程で発生する『魔力ロス』という魔力漏れにより進行する。


『魔力適正』

異界の力である魔力に適合を果たすこと。これにより魔力そのものを身体に保有することができ、また行使も可能となる。

魔力適正を得た人類以外の珍生物もいるとかいないとか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ