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第四話:退魔師

本日三話更新。

一話目です。

 人類最大の怨敵『魔縁の匪徒』が世界に出現し、また『魔術』が浸透し始めて五世紀以上が経つ。

 かつて世界は一度魔の手に堕ちた。


 今では『暗澹の十五年』と呼ばれる十五年間、正式名称『魔縁の匪徒』また通称『魔族』と呼ばれる彼らに世界は侵食されていき、人々は暗黒の時代を迎えた。


 現代兵器も通用はするものはいくつかあったものの、多くの魔族は身体の大半を完全に破壊しなければ致命傷とならず、死してなお魔力を振り撒きそこを人の暮らせぬ魔の世界とする。

 人と魔の二つの環境汚染により、次第に栄華を誇った人類はその数を減らしていった。代わりに世界は魔に侵されていく。


 その中唯一、魔界からの侵略者たちに屈することのなかった国がここ日本。どの国よりも早く魔術と融合し発展させ、世界から寵愛を受けた『神徒』たちを旗印として、各地から逃げてきた民たちと力を結集させ、魔縁陣営に対して抵抗を続けた。


 己を顧みず魔を滅する『英雄』たち、そのうちの一人が当時の魔族たちの始祖である『災禍の魔祖』を討ち取り、一つの大陸を魔族たちから取り戻した。

 そして人類は新たな時代を迎えた東暦紀元。その日本という名の如く、人類にとっての太陽が昇った。


 その後もいくつもの英雄たちがその命を散らし、人類の領域を広げてきた。そして取り戻した世界に日本国内で生き延びた者たちが散らばり復興を行った。

 現代ではアフリカの奥地や未開の孤島などを除き大半を再び人類のものへと還元した。さらにそれらを完全に取り戻す日も近いと目算されている。


 ――世界よ、魔界からの侵略者たちよ!これが人類だ!我々人類こそがこの世界の覇者である!!


 『英雄』が『退魔師』という職業となって久しい現在、世界の中心は暗黒時代を乗り切った日本国。

 魔を滅する『退魔師』にとっての本拠地である『魔縁対策機関』通称COE(Countermeasure Organization for Evilrelationship)、その日本国本部は中心都市、東京に位置する。


 黒き摩天楼のような様相で近くから見るとその無骨な機能美が伺える。全方位強固なシェルターと武装が施され、監視網についてはあらゆる不審な点を逃さぬようカメラの視界で埋め尽くされている。

 加えて様々な角度へレールのようなものが伸びており、ここから魔力により特殊な処理が施されたリニアが発進され、全国に迅速な出動が可能となる。

 まさに人類の叡智が結集した最良の防衛機構。


 東暦五二五年九月十四日。

 門浦楓眞が目を覚まして二日が過ぎたころ。

 そんな魔縁対策機関日本国本部のとある会議室で、ある『魔縁災害』について議論が行われていた。


「――九月九日事件当日、新潟県名塚村にて未登録の神通力による大規模火災が発生。その後計五十六体の魔族が同地域に発生。村民一〇二三名のうち三百二十一名が死亡、現在百五十二名が行方不明となっております。現着した私、伊織圭が率いる部隊が出現した魔縁の匪徒のうち五十三体の掃討を行いました。しかし主犯と思われる神徒の魔族を初め、行方をくらませた三体の魔族たちは目下捜索中ですが未だ手掛かりはありません」


 この一室には退魔師の中でも役職を持った上層部の人間のみが集まっていた。

 そしてその楕円形の机の一角にて朗々と語る彼女のその姿に僅かの動揺すら見てとれない。

 雪のように白い髪と肌、暗い真紅の瞳、スラリとした身の丈は百七十近い。

 彼女は伊織圭。退魔の名家である伊織家の正統な血筋を引き、齢二十三というこの場に集まった他の幹部らと比べれば若すぎる身でありながら、退魔師の花形である退魔一課課長という地位にいる。


「また逃亡した主犯の魔族の身体的特徴は特定できており、長身で鷹のような鋭い瞳に中分けにした黒髪など、高度な擬態により人間そのものの姿をしていると判明いたしました。資料十四ページに記載されている似顔絵は事件当日、私が保護した児童への聴取から参照したものです」


 室内のカチリとスーツを着込んだ退魔師の中枢を担う者たちが揃って資料を見つめ、その姿を目に焼き付ける。

 そして一拍おいて再び会議室内の無機質な目が集まってからさらに圭は続ける。


「また現場調査から主犯の魔族のものと思われる神通力の他にいくつか未登録の神通力が観測されました。さらに討伐した魔族の中に神通力を発現させた存在がいなかったことから、逃亡した魔族の中に神徒が存在し、行方をくらました手段もそれら神徒の力によるものの可能性が考えられます。私からの報告は以上です」


 先程まで沈黙を貫いていた聴衆たちがザワザワと意見を交わし始める。

 圭は依然立ったまま、質問を受け付ける態勢だ。そして中でもとある人物を見つめる。


 屈強な男が多いこの場においても一段と覇気を纏い、モノクルを右眼に装着した初老の男性。

 周囲が隣人と囁く間も目を瞑り、眉間を寄せて考え込んでいる様子だ。

 そしてゆっくりと目を見開き、腕を組んだまま圭を睨みつけるようにその眼光を向ける。


「……俺からいくつか」


「はい、京極長官どうぞ」


 魔縁対策機関日本国本部長官、京極征一。

 日本の退魔師の直接的な統括を行なっているこの男が発言した途端周囲の騒めきは鎮まり、彼に視線が集まった。


「今回の魔族共、特に主犯のこの魔族の目的は?」


「正確には不明ですが、目撃した住民によるいくつかの証言に何者かを探している様子であったと」


「ふむ……では保護した村の人間の中に神通力に目覚めたもの、または既に神徒として目覚めていたものはいなかったか?」


「――はい。行方不明者に対する照合は行えませんでしたが保護した住民たちは全て調査済み、いずれも()()()()()()()()()()()()()()()()


「行方不明となった者の中に目的の人物がいた可能性があるか……もし未確認の『神徒』が存在し、それが攫われでもしていたならば人類にとって重大な損失だ」


「こちらで行方不明者らの照会を急ぎます。……(すめらぎ)さん」


「はい、お任せを」


 圭が隣の席に座りPCの操作を行っていた男に先程の内容をそのまま手配するよう指示を伝える。

 その人物も三〇代前半ほど、見た目では二〇代後半にも見えるほどでこの場の中では若輩の部類であるが、やはり圭の若さが際立つ。


 そして最後に、と続ける京極の冷厳な声音が響く。 組んでいた腕を解き、卓上で手を組み圭にその鋭い眼光を向ける。

 場に今までよりもさらに緊張が走る。


「――現場を見た貴様の所感を聞きたい。この魔族と同じく神と拝謁を果たした『神徒』である貴様はこいつの()をどう感じた?」


 ここで圭に初めて、僅かとはいえ沈黙が訪れる。

 伊織圭という退魔師はその家柄もあるが、何よりもその実力によって周囲のあらゆる批判の声を黙殺し、二年前『魔縁対策機関日本国本部退魔一課課長』という地位に着いている。

 並大抵のことではない。それまでの最年少記録をゆうに塗り替える早さでの昇進だ。


 その確かな実力と立場に裏打ちされた自信と信頼が求められる。そんな彼女が述べる。


「……現場に残された神通力と魔力から見るに相当強力な存在です。私が実際に対峙し討伐を図るならば、周囲の安全を取り私を中心に三名……いや四名以上の精鋭と共に囲って、となるでしょうか」


 おそらくどのような言葉よりも件の魔族の実力を高く見積もった発言だろう。現に上層部の面々である他の退魔師たちが動揺の声を上げる。

 しかし唯一その発言を受けて京極だけは納得の表情を浮かべた。そしてその顔は過去に思いを馳せ、同時にほんの少しだけ、苦々しい顔を浮かべた。


「……ふむ、それほどか。あの忌々しい炎……やはりやつの仕業か。――だが、なぜ今頃になって……」


 そして京極は険しい表情で左肩を摩り、しばらく口を閉ざした後、周囲の騒めきが再びある程度の鎮まりを見せると意を決したように告げる。


「聞け。この魔族を含め魔縁陣営の戦力は未だ不透明な部分が多い。また近年になり大規模な魔縁災害、何らかの意図を感じさせる侵略も増えた。これ以上魔縁の者どもに遅れを取るわけにはいかん。――本件の魔族の名を『呪炎の大魔』と定め、即刻国際指名手配しろ。ただし安易な接触はせず対処可能な退魔師の応援を待つように通達すること。以上だ」


「かしこまりました。それでは皆様、他に質問はございますか?……無いようですのでこれにて『名塚村放火事件』についての報告を終えます。続いては退魔三課からです。一ノ瀬課長どうぞ」


「はい。私からは海外で起きている未解決の魔縁災害、特に影響の大きい『退魔師連続失踪事件』と『病を齎す幻花』の近況について――」





 ***





「――♪」


 鼻歌を歌いながら病院内を移動する。僕の前では看護師の女の人が先導する。


 神徒としての回復力を遺憾なく発揮し、既に身体に異常はどこにもなく、今日は退院の日である。上機嫌にもなろうというものだ。

 回復の早さにも理由がある。神通力を体内に押さえ込んでいるから無駄な消費がなく、身体の回復に全力を注げてしまっているからだ。


 神徒は他者の神通力をも観測できる。

 圭曰く神通力の発現が魔縁対策機関の中枢にバレれば目をつけられ、その身柄を狙われるだろうとのことだ。それはよろしくない。

 ゆえにわざわざ神通力をコントロールし、体内に抑え込んでいた。

 さらに圭は生存者の中から未登録の神徒がいる可能性の目を減らす方向で動いているとのことだ。


 しかし常時力の制御に気を遣い必要以上にコソコソするのも、この魔縁対策機関付属の病院を退院する以上今日までだ。


 今の時刻はおよそ十八時半、圭が職務を終え次第僕を迎えに来る手筈となっているのでそろそろのはずだ。

 というわけで、服装は既に圭が先日用意しておいてくれたものに着替えている。


 最後に玲沙に挨拶だけはしなければ。

 そのため玲沙、この身体の母が病室を目指して歩みを進める。


「ねぇあの子……」


「わぁ……綺麗……」


 ヒソヒソと僕が歩を進める通路の脇から聞こえる。

 おそらく楓眞の容姿を褒め称える内容だろう。中身は僕とはいえ、我が弟を褒められるのはなんでも嬉しいものだ。

 実際今の僕の外見は尋常では無いほど整っている。一部の人間が見れば不気味と評する者がいるかもしれないぐらいには人形のように端正な顔立ちだ。

 肩ほどの薄めのブラウンの髪と爛々と輝く紅の瞳、長いまつ毛にスッと通った鼻筋と一見女の子にしか見えない容姿とも言える。

 しかしどこかボーイッシュな雰囲気も伝わるので髪さえもう少し切れば性別の票は半々に分かれるほどになるだろう。


 ――いや、しまった。神徒は美しい容姿を得る、というのが一般的であればある程度隠すべきだったか。


 瞬間己の失策が過ったが今下手に隠すと逆に怪しい。それに前を歩く看護師含め、一部の医療従事者には既に顔を見られているのだ。

 それよりはこのままさっさと玲沙の病室へ向かったほうがいいだろう。


 しばらく歩くと目的の場所に辿り着いた。


「五〇三……ここです」


「ありがとう、お姉さん」


「いえ、それでは伊織様がいらっしゃればこちらにお連れいたしますね」


「よろしくー」


 魔縁対策機関日本国本部付属病院、その療養棟五〇三室の室番号の下に門浦玲沙という名前が記載されている。

 ノックをして中に入る。


 返事はない。

 カーテンは開いており、夕日が差し込んでいる。

 窓側の椅子に座り、目覚めぬ玲沙の顔を見る。


 真っ黒に炭化していた身体にはそのような箇所どころか火傷の一つも見当たらない。

 本人の口調は荒く、中見ていてもやかましい人だったように思うが、黙っていればしっとりとした清楚な雰囲気があり、楓眞の面影もちらつく。


「やぁ玲沙、僕はもう退院だってさ。だから早く目を覚ましてあげなよ」


 返事はない。

 目は瞑ったまま一定の呼吸を繰り返す。

 一見するとただ眠っているだけのように見える。

 しかしその身体は無事でも魂が今なお呪いに蝕まれている、らしい。


「――なんて、僕が貴女たちを救えればよかったのだけど。……楓眞でなくてすまないね」


 返事はない。

 肝心なときに、せっかく心から彼を思い助けたいと思ったときに限って守り切れない。

 世の中ままならないものだ。


 しばらく何気ない話をする。

 返事はなく一方的な僕のお喋りであるが。

 事の顛末、圭に世話になること、僕から見た楓眞のこと……。


 あっという間に時間は過ぎて、ふと病室の扉がノックされる。


「楓眞くん、お迎えにあがりました」


「……あぁ、ありがとう圭さん。今行くよ」


 入室する気はないらしく、圭は扉の向こうで待っているようだ。

 あまり部屋の前で待たせるのは都合良くない。さっと立ち上がり病室の出入り口の方へ向かおうと足を進めながら最後に一言告げる。


「じゃあまた来るね玲沙。できれば早く君の息子に合わせてあげたいな」


「――」


「――えっ?」


 声が聞こえた気がした。

 扉の方を向いていた視線を思わず玲沙の方へ向け凝視する。

 先程までと特に変わりはない。眠ったように目を覚まさないままだ。

 しかし――


「……ははっ!例え今の言葉が幻聴だったとしてもこれほど嬉しいと感じたことはないよ。……それじゃあね」


 今度こそ病室を出る。

 扉を開ければすぐにスーツ姿の圭がいた。


「お待たせ。今日は本部での会議があったんだっけ?お疲れ様だね」


「えぇ、全く。……玲沙さんへの挨拶は充分ですか?」


「うん、でもまぁどうせまた来るけどね」


「そうですね、今後の方針が固まるまではゆっくりしてください。身体は回復したかもしれませんが貴方には今、精神的な猶予も必要です」


「わかっているさ。これからお世話になるよ圭さん」


 これから車で圭の家に向かう。

 そこで新生活が始まる。ちょうど来年から中学生という年齢なので新しい学舎で学園生活も始まるかもしれない。

 そして玲沙の解呪方法も探るため動く。

 望んでいなかったとはいえ新たな生だ。僕らしくまた楓眞らしく生きて、その中で梓ちゃんが言ってくれたようにヒトを知っていこう。

 僕はヒトになれるだろうか。


 ――『お前も私の可愛い息子だよ』


 貴女が僕なんかのことを息子と呼んでくれるなら、ぜひ目覚めたとき僕に名前でもつけてくれ、お母さん。

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