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第三話:拝謁の儀・壱

本日二話更新。

二話目です。

 気づけば僕は真っ白な空間にいた。

 前後左右の方向感覚、加えて足場や天井すら不確かにさせる独特なこの空間には見覚えがある。

 命を落とした時にも僕はこの空間に立っていた。


<<ここは位階の狭間、あなたは今からとある虚津神(そらつがみ)へ拝謁します>>


 頭に直接響く声に思わず顔を顰める。


()の『拝謁の儀』では君のような存在はいなかったはずだよ」


<<記録が残っています。……前回の『拝謁の儀』にはあなたは死して魂だけの存在でした。死者は人の身において虚津神と最も近い存在。ゆえにあなたは虚津神と直接拝謁できました。しかし虚津神との近さ、『位階干渉域』の低い者は虚津神の存在認知のみで発狂してしまいます。それゆえに我々『管理者』が仲介をします>>


 そんな規則があったとは。

 ならば前世の僕は……まぁ今はいいか。


 自分の今の身体を見回す。顔こそ見えないが楓眞の肉体だろう。前回は死者であったので確かに魂だけの存在で、肉体などなかった。

 つまりこの身体はまだ位階干渉域が低く、そのまま神を直視すれば異常を片すと判断されたわけだ。


 しかしそれよりも久々に僕の神様との拝謁だ。少し居住まいを正して次の言葉を待つ。

 数拍おいて再び『管理者』の声が響く。


<<――虚津神『岩戸坐す御門神(いわとざすみかどかみ)』があなたに干渉を始めました。意識を保ってください。『岩戸坐す御門神』が開いた門の先、無数にある瞳があなたを見下ろしています>>


「やぁ、僕の虚津神(かみ)よ。久しぶりだね」


<<『岩戸坐す御門神』はあなたとの再会を喜んでいます>>


 以前はハッキリと見えていた姿が今はモヤのようなものがかかっている。

 しかしそれでも僕ら人の身にはすぎた存在感を感じる。

 確かに普通の身体で彼の姿を直接見ることは叶わないのだろう。


<<『岩戸坐す御門神』が「新たな生はどうか」と問いかけています>>


「事前に君から聞いていた転生とは随分違っていたけれど、中々楽しいよ。――この子のお陰でね」


 楓眞のおかげで初めて生きていると実感できた。ヒトとしての生を感じられた。この子には感謝してもしきれない。

 だからこそ、


「ところで虚津神(かみ)よ。何故僕はこの子の肉体で君へ拝謁している?僕はこの子に取り憑いてこそいたけど、僕は本質的には門浦楓眞ではないはずだよ」


<<『岩戸坐す御門神』は少しの沈黙のあと、「その問いに対しては答えを窮する」と返しました>>


 せっかく再び手に入れた生身の肉体だが、僕は楓眞にこの身体を返してあげたい。


 前世では当たり前に得ていた人間としての肉体だが、いざ無くしてみると魂と意識のみで存在することのその不安。

 大地に足を踏みしめられないことは自身の存在を不安定にする。

 きっとこれは肉体を無くすなどという稀有な体験をしなければ理解できない事象だろう。


 僕はその事象を楓眞に押し付けることをするつもりはない。例えそれによっていつか自分が完全に消えてしまうとしても。

 これが他の人間だったならば、この機会に僕はその人間の肉体の制御を奪い、そのことにより僕に適した肉体へ作り変えられ、僕はそのヒトではなく僕自身として自由に振る舞っていただろう。

 そこに一切の躊躇も心苦しさもないはずだ。なにせ僕はヒトデナシだから。


 しかし今の問題は僕の魂だけでなく、楓眞の肉体と共にこの拝謁の儀へやってきてしまっていることだ。

 正確には肉体データというべきだろうが。本当の肉体はおそらく先の事件で昏倒しているだろう。


「……君が把握できていない、ということは他の虚津神(かみ)の干渉の線があるかな」


<<『岩戸坐す御門神』はあなたの発言に肯定を返しました。続けて「あなたの肉体の主人、門浦楓眞は既に()()()()()()()()()()()()()()()」と述べています>>


「……なるほどね」


 あの魔族と相対した時、僕は僕の魂に宿った神通力をこの子の肉体で制御するという特殊な状態だった。 そして普通はそんなこと不可能なはずだ、なにせ魂と肉体がチグハグなのだから。それを可能にしたのは他の神から一瞥を受け、『神徒』として出来上がった楓眞の肉体によるところが大きい。


 やはりこの子は特別な存在だ。

 しかし、だからこそこの拝謁の間に楓眞の身体で僕が来れてしまったわけだ。

 そして今もどこかで楓眞に唾をつけた存在が覗いている。


<<『岩戸坐す御門神』があなたに「虚津神(そらつがみ)とその『神徒』に対して警戒を怠るな」と告げています>>


「それは虚津神(かみ)としてのお告げということで構わないね?」


<<『岩戸坐す御門神』は肯定を返しました>>


 神にもその力の上下関係があるらしい。その神に対して対処しきれていないところを見るに、楓眞へ啓示を与えた存在は僕の神と同じかそれ以上の力を持っているのかもしれない。


 警戒はどれだけしてもし足りない。村を襲った魔族の男も神から力を授かった『神徒』だった。

 今のところは彼とその神が第一候補だが、これから様々な神徒が訪れ、その神が干渉しようとしてくるかもしれない。

 きっと神にも様々なタイプがいるだろう。中には『神徒』を介して悪辣なマネをするものや『神徒』そのものを弄ぶものも。


 楓眞は未だ目覚めない。この子が目覚めるまで、いや僕がこの子の中にいる限り守ってみせよう。

 僕を兄と呼んでくれたこの子を。


<<『岩戸坐す御門神』はあなたの様子を見て門の奥の瞳を閉じ微かに笑みを浮かべ、自身を構成する巨大な門を閉じました。――虚津神(そらつがみ)が位階の狭間から退去したため今回の『拝謁の儀』を終了します>>


「ふぅ……それじゃあ僕もそろそろ目を覚ますかな」


<<あなたの位階干渉域が『侵』に上昇しました。次回の拝謁は未定です。お疲れ様でした>>


 その宣告を最後に、僕の意識は螺旋を描くように浮上する感覚を伴って閉ざされた。





 ***





 神への拝謁を終え意識を覚ますと、またしても白い空間にいた。しかし先程までの前後不覚のような独特な感覚はなく、自分が仰向けでベッドに寝ていることがわかる。横を確認してどこかの病室だろうと予想する。

 身体を起こすとこの病室に僕しかいないことに気づく。どうやら特別に用意された部屋のようだ。少し気を抜いて、言葉を漏らす。


「……やっぱりまだ僕なんだね」


 戻り方がわからない。目を閉じて深く意識の中を潜っていくと微かに楓眞の存在を感じる。身を縮み込ませ外の一切を遮断している様子だ。

 母を目の前で燃やし尽くされたんだ実の息子にとってはショックが大きすぎるだろう。

 この子が戻るまでどれぐらいかかる?一日ではなかった、一週間か、一ヶ月か、一年か……。


「この子を守るって決めたからね……僕も覚悟を決めよう」


 一つ深呼吸をする。

 これから僕は門浦楓眞となる。記憶喪失のフリや精神を病んだということにして僕として振る舞っても良いが、それよりは楓眞のまま過ごしたことにした方がこの子にとってより良いだろう。

 この子が戻った時少しでも過ごしやすい生活を送れるように、君を悲しませる存在は僕が綺麗に掃除してあげよう。


「君のこころを守りきれずごめんね。……でも次こそは君が目覚めた時少しでも幸せな世界を」


 ――これがヒトの心を与えてくれた君への僕なりの恩返し。


「だから少しの間君の身体を借りるね」


 少し皮肉屋で生意気な、だけど年相応に可愛らしい好奇心旺盛な少年。

 ずっと見てきた。僕なら演じられる。


「すぅ……はぁ……よしっ!」


 気合いを入れ直したことだし、まずは確認すべきことがある。


 ――楓眞の母、玲沙は無事だろうか。


 全身が一度炎に包まれたのだ。それも普通の炎ではない。神の呪いが込められた忌火だ。

 あの時にはまだ息があったがいつその命の灯火が消えてもおかしくないはずだ。

 元退魔師としての生命力、そして駆けつけた救命士たちの力量を信じて託したがどうなったか。

 そしてあの魔縁災害からどれほど経ったのか。


 目覚めたてでやや鈍っている思考を無理やりに回していると、ふいに病室のスライド式の扉からノックが鳴った。

 そちらに目線を向け返事をすると、開こうとしていた扉が一時停止する。

 おそらく返事があると思っていなかったのだろう。実際先程まで僕は昏倒していた様子だ。

 一拍おいて次は失礼します、という言葉と共に扉が完全に開く。


「お目覚めだったのですね、楓眞くん」


「……やぁ圭さん、おはよう。さっき目が覚めたよ」


 扉が開いて姿を現したのは僕の知っている人物だった。美しい純白の長髪に、やや暗めの紅色の瞳。装いは黒の軍服に違和感のない程度に和の要素を取り入れた退魔師としての制服だ。


 彼女は伊織圭(いおりけい)。楓眞の母、門浦玲沙の後輩らしい退魔師だ。幾度か楓眞の世話を任される程度には仲が良かったようだ。楓眞も随分懐いていた。

 村に引っ越してからは疎遠となっていたが、当時の美しい容姿に一切の翳りが見えない。

 まぁ楓眞の容姿もまだ幾分か幼いながら負けず劣らずであるが。


「ボクはどれぐらい寝てた?」


「そうですね、貴方が気を失ってから三日。この魔縁対策機関付属病院に運ばれてから二日が経っています。……楓眞くん、貴方も危険な状態だったのですよ?しかし『神徒』として目覚めたお陰でしょう、貴方は僅か三日で目覚めました。驚異的な回復力です」


「三日……れ……お母さんは?どうなったの?」


 やはりまだ楓眞になりきれない。鬼気迫る表情も瞳を潤ませた心痛な表情もできない。僕にそんな気持ちが芽生えたことがないから。

 もっとサンプルがいる。そのためにはもっとヒトを知らなければ。


「――玲沙さん、貴方のお母様の命はひとまず繋ぎ止めました」


 それを聞いて一安心した。

 なんとか次に繋ぐことはできた。しかし圭の重々しい雰囲気を見るに、諸手を挙げて喜びきることはできない。

 そして圭はただ、と続けた。


「……現在玲沙さんは意識不明の状態であり、これは貴重な『治癒の神通力』を持つ神徒が治療に当たった上での結果です」


「『治癒』……ね」


「本来この神通力により身体の欠損を含めたあらゆる負傷は神徒本人の神通力さえあれば完治可能です。しかしそれをもってしても治癒しきることができなかった」


 明らかに人智を超えた力だ。

 まさしく神の御業。しかしそれでさえ直せないとするならばやはりそれは同じく神の力が原因だろう。


「あの『炎』と『呪い』……やっぱりボクの()()と同じ虚津神(かみ)の力か」


「悍ましいほどの神通力による呪いが込められており、()()()()()()()()()()()()()。主犯と思しき存在の力量が伺えます。……よくご無事で、そして貴方に心からの敬意を。少しでも遅ければ間に合わなかった。貴方の勇ましき行動が貴方の母を救いました」


 僕は楓眞のために動いただけだ。褒められるようなことは実際にはしたつもりはないけれど、ここで否定するのは違和感があるだろうから流しておく。





 神通力とはなにか。

 虚津神の関心を惹いて『啓示』を受け、直接『拝謁』まで果たした者は『神徒』と呼ばれ、神の力を授かる。神徒は神通力によるエネルギーとその能力、そしてさらに力を得れば特別な『権能』すら行使できるという。

 そしてそれらの力はまさに人智を超えた現象を引き起こすことが可能だ。治癒もそう、呪いもそう。他にも転移やら結界やら、中には新たな生命すら生み出す力も存在するらしい。


 ――ここでふと違和感に気づく。

 元より当てにしていたのは退魔師の医療技術、魔術や神通力を用いた僕の理解の範疇を超えたこの世界特有の医療技術だ。

 その当てが外れたのだ、それにもかかわらず玲沙の命は無事だという。新たな疑問が湧いてくる。


「待ってよ、口ぶりからすると魔族の呪いに対してその治癒の神通力は通用しなかったんだよね。ならどうやってお母さんは助かったのさ」


「楓眞くんは強い方であると同時に運にも恵まれていました。……いえ失礼ですが、悪運と言うべきかもしれませんね。――偶々現場に駆けつけていた私がその呪いを弾くための神通力(ちから)を持っていたのですから」


 そう言って圭は後ろで組んでいた手を解き、手のひらの中の手術用のメスを見せてくる。

 しかしただのメスではない。存在感が違うのだ。目を凝らすとそこに神の力が宿っているのがわかる。


「伊織家が代々寵愛を受けてきた虚津神『那岐繋ぐ供犠神(なぎつなぐくぎのかみ)』、その『神殺し』の権能。伊織家繁栄の根幹でもあるこの力により呪いをある程度取り除くことができています」


「はっ……なんともご都合主義じみてるね」


「天に坐す神々により啓示を受けた存在は神通力と共に美しい容姿と天運を授かると言います。私たちは出会うべくしてあの時出会ったのでしょう」


「意外とロマンチスト?」


「いえ、俗伝と私なりの統計ですよ。……さて、身体にかけられた呪いは一旦全て取り除きましたが、全てを焼き尽くさんとした炎は玲沙さんの魂にも呪いを残しました」


 僕は病室の真っ白なベットに身体を起こした状態で、圭は入室してから立ったまま話を続けていたが、圭はここで椅子をひいて僕のすぐ横に腰掛けた。

 彼女は腕を腿の上で組み、ずっと変わらない無表情のまま淡々と語る。


「魂に根付いた虚津神の呪いを感じることはできても、取り除くことはできません。魂に残った呪いは時間が経てば再び肉体の方にも影響を与えるでしょう」


「なるほど、その呪いをどうにかしないと抜本的解決は不可能ってことか」


「逆にいえば魂に根を張る呪いさえ解呪してしまえば、貴方の母はきっと目覚めるはずです」


 あの凄惨な状態から完治の目処がたっただけでも大金星だ。

 まずは楓眞に変わってすべきことがある。

 布団から未だ気怠い身体をなんとか這い出してベットの上で正座をし頭を下げる。


「――ありがとうございます、伊織圭さん。このご恩はいつか必ずお返します」


「いえ、全ては貴方が繋いだ未来です。頭を上げてください」


 言われて頭を上げると一見先ほどと変わらぬ無表情であるが、若干困った雰囲気を感じた。

 少し子供らしくなさすぎただろうか。けれどヒトとして感謝は忘れてはダメだと教えてもらったし……。


「さて、ここからが本題とも言えます。楓眞くん、今貴方には二つの選択肢が与えられています」


 圭が少しこちらに身を乗り出して、改めて僕と目を合わせ問いかける。


「一つはその発現した神通力を元手に魔縁対策機関

 付属の魔縁災害孤児のための児童養護施設に入る。しかしこれは将来退魔師になることが条件となり、様々な制約のもとに雁字搦めにされた上で厳しい待遇が待っているでしょう」


「行き場はないけれど才能はある孤児たちを集めて、人材育成をする退魔師養成施設でもあるってわけね」


「その通りです。貴方に神通力が発現したとわかれば年中人手不足の退魔師たちは放っておかないでしょう。現状まだ口止めが可能な範囲でしか漏れてはいませんが……このままでは時間の問題でしょう」


 確かに今の僕に頼れる親戚などはいないし、例えいたとしてもいつかは退魔師として囲われてしまうということか。

 楓眞を守るための力を得るにはそれも悪くはないが――。


「もう一つは?」


「二つ目の選択肢は私の元で暮らし、私の庇護のもと共に玲沙さんの解呪の方法を探すことです」


「……貴女のメリットが見えないけれど」


 あまりにも僕に都合の良い提案に疑惑を持ち、ついそう返す。この人も言ってしまえば神徒だ。

 恩は返しきれないほどある。しかし楓眞を狙っている可能性は否定できない。それとこれとは別だ。


 だがこの僕の返答に対して圭はここで初めて人間らしい自嘲するような笑みを見せ言葉をこぼす。


「そうですね。……強いて言えば、こんなどうしようもない私を導こうとしてくれた恩師に対する贖罪……でしょうか」

Tips

『虚津神』

高天原に坐す異界の神々。

人智の及ばぬ力を持ち、時には人類へ己の司る力を分け与える。

神々の思惑など我ら人類には想像の余地すらない。

神の存在証明など人の身には余る業である。


『神徒』

虚津神から啓示を受けたのちに拝謁を果たして神通力を得た神の使い。

彼らは拝謁した虚津神の影響を受け、美しい容姿と数奇な天運を授かるという。

神を信仰する者、神を憎む者、神すらも踏み台とする者などその気質は十人十色である。

一つだけ共通して言えることは神から授かった神通力により人には有り余るほどの戦闘力を持つことだろう。


『神通力』

虚津神の力を帯びたエネルギーであり、神徒が操ることで多種多様な神々の司る能力を顕現させることができる。

魔力と比べ扱いにくくはあるが、身体に纏うことで魔力以上に強固な盾にも矛にもなる。

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