第一話:僕はヒトになりたい
第一章完結まで毎日投稿していきます。
その後も章ごとに完成次第、完結まで毎日投稿する予定です。
ヒトを構成する要素とは何だろう。
細胞の一つ一つを指すだろうか、自分を認識してその意思で行動する能力のことを指すだろうか。
はたまた人体を構成する元素たちを除いた二十一gのナニカのことか。
ヒトデナシという言葉がある。
文字通り人を指して、同じ人でないほどの仕打ちをした際に向けられる言葉だ。その言葉の意味としては恩情や人情を感じない様子を表すらしい。
僕は共に暮らす人たちから散々ヒトデナシと囁かれてきた。実際その通りだと思う。僕の何気ない行動をみんなが気味悪がり、僕が人に近づけばその子を傷つけた。
鳥さんの羽が欲しかったんだ。空を自由に飛んでて僕も飛べたら楽しいだろうなって思った。
蟻さんは働き者で力が強くて凄いんだ。きっと身体の作りに秘密があるはず。
猫ちゃんの尻尾はかわいいよね。ぎゅっとしたらびっくりしてどっか行っちゃうんだけど。
雄二くんの力強い腕も、かなちゃんの綺麗なお目目も、院長先生の賢い頭も僕にはないから気になっちゃう。
でもみんなヒトデナシ、バケモノって言って僕を避けちゃうんだ。近づいても僕を遠ざける。雄二くんなんて力が強いから叩かれると転んじゃった。
いつも僕だけ生きている実感がなくて、懸命に生きているみんなが羨ましくて、気になって仕方がないんだ。
僕だって恩情ぐらい持っていた。
今でも行き場のない僕を拾ってくれた先生には感謝している。
だが、人情とはなんだろうか。ずっとわからない。
次第にこの溢れる好奇心に蓋をして、誰も傷つけないために一人でいることが増えたころ、一人の女の子が僕たちの暮らす施設にやってきた。
「梓です!みんなと見たことないような楽しいことをいっぱい見つけたいです!」
神代梓という彼女は陽だまりのような人々に安心を与える存在だった。
僕には少し眩しくて、すぐに日陰に目を落としてしまった。
数日経って隅っこに座り込み本を読む僕を見つけた彼女が僕の前にやってきた。
突然影ができて不思議に思った僕が顔を上げると、そこには太陽のような笑顔で僕に手を伸ばしてくれる梓ちゃんがいた。
「行こ!」
彼女は僕に色んなことを教えてくれた。
僕と共にいるせいで彼女の周りから人が離れていっても彼女は僕のそばを離れなかった。
「ねぇ、なんでヒトデナシの僕に構うの?」
「私はね、私を求めてる人のところにいるの!」
彼女はいつもそう返した。
彼女から見ても僕はどうしようもなく欠けた存在だったんだと思う。
だからいつでもそばにいてくれた。
ある日いつも二人で夕陽を眺めていた丘の上で尋ねられた。その時の言葉は今でも特に印象に残っている。
「ねぇ君はいつもヒトの事がわからないと言うけれど、なんで知ろうとしないの?」
「だって僕が興味を持つとみんな怖がって離れていくんだよ」
「ふーん……それは多分相手が君のことを知らないからじゃないかな。君を少なからず思っていればきっと相手も君に知ってもらいたいってなるよ」
「でも方法がわかんないよ」
「そうだなぁ、取り敢えず困ってる人がいたら救ってみなよ!君は強い人だから、きっと求める人の手を掴める。そしていろんな人間と関わってヒトを知っていけばいいだよ。……君の大切な好奇心を塞いじゃいけないよ」
そこから僕は困っている人がいればその手を取り救った。別に救いたくて救ったわけではないけれど、みんな感謝して僕が困った時には力を貸してくれた。
梓ちゃんがいなくなっても同じことをし続けた。
けれども結局最後まで知りたいことは知れなかった。
人情ってなんなのだろう。
ヒトらしい生き方ってなんなのだろう。
僕は最後までその人のことを知りたいから救ってきただけで、そこに能動的な理由はなかった。
地に足をつけて全身全霊で生きることができなかった。
好奇心以外で僕を突き動かす何かは得られなかった。
――僕はヒトになりたかった。
***
享年二十五歳。
死ぬ時はあっさり死んだものだと思ったが僕はどうやら転生?憑依?なんていう摩訶不思議な体験をしている。
とある神様との『拝謁』を果たし、力を授かったりもした僕だが、今は意識だけの存在となっている。
そしてとある男の子の中に精神だけ寄生しているような状態だ。
興味深い体験だ。視界だけ共有してそれ以外何もない空間にポツンとたたずんでる。何もすることはなく暇なのでこの子の生活でも覗いてみる。
ただしプライバシーに関わることはなるべく見ないようにしてあげた。いくらヒトデナシの僕でもそれぐらいの良心はある。
と言ってもこの子はまだ成人の半分にも満たない年齢であるので、特段そのような場面があるかは疑問だが。
「ねぇねぇお母さん、海って広いじゃん?」
「あぁ、そうだなぁ」
「『魔術』の発展が進んだ今でも10%しか海の解明は進んでないんだって」
「ほぉ、楓眞は物知りだな」
「ふふーん!でしょ?えっとね、他にもね、生物に関しては昔に『魔族』に滅ぼされちゃったのもいっぱいいるんだけど、それでも何百万種って数が未発見なんだってさ!」
「……楓眞は、この世界のことは好きか?」
「好き、かはよくわからないけど……んー、ただ純粋に不思議なんだよね。『魔族』や『魔術』なんていう地球の歴史から見たら最近のことが解明されてるのに、ボクたちは隣人であるはずのこの世界を知らないのが」
「……お前、私の息子ながら深いこと言うなぁ。私より賢いんじゃねーか?」
「お母さんは脳筋?ってやつだね!」
「んだと、こら!」
歳の割に賢しく、それゆえに生意気な子だと思った。
けれど母のいない夜には寂しいという気持ちも流れ込んできて、まだまだ子供なんだとも思った。
この世界は僕が暮らしていた世界と文明レベルとしてはほとんど同じか、少し発展しているぐらいだろうか。
地名も同じところや似たようなものが多い。よって地形もおそらく同じようなものだろう。
しかし明確に異なる点として、この世界には『魔術』なんてものがあり、魔界からの侵略者である『魔縁の匪徒』、通称『魔族』を狩り人々の平穏を保つ『退魔師』という職業がある。
この子、門浦楓眞の母、門浦玲沙もそんな退魔師の一人だった。
「お母さんおかえり!」
「あぁ、ただいま」
「今日も魔族倒してきたんでしょ!どんな風にやっつけたの?」
「そうだな、今日はイマイチ歯ごたえのないやつばっかでな――」
彼女の仕事柄長期の任務が入り、夜帰って来れない日もあるので、その時は親しい近所の人間や仕事の後輩だという白髪の女と共に過ごしていた。
隣人たちはみな優しい人間だし、後輩らしき女も一見無愛想に見えるが楓眞の面倒はきちんと見るし遊びにも付き合っていた。
父親は楓眞が物心つく前、僕が目覚める前から既にその姿はなかったらしい。死別か生別か、どのような別れ方をしたかは判然としていない。
順風満帆とは言えないかもしれないが小さな幸せがこの2人の親子の間には確かにあった。
しかしある日玲沙が目をはらして帰ってきた。
「お母さん、どうし――」
「楓眞……すまない」
「何が……」
「すまない。ただ……理由を聞かずにとある場所に引っ越してくれないか。ここで仲良くなった友達がいることもわかっている、申し訳なく思う。だがお前を守るためなんだ」
「お母さんは?一緒に来てくれるの?」
きっと母の表情から察してしまったのだろう。これからあまり一緒にいられなくなると。
「私は……やるべきことを終えてしばらくしたらそちらに居所を移す。それまで少し寂しい思いをすると思うが――」
それまでの関係の一才を絶ち、楓眞は日本の中心である東京からあまり人口の多くない地方のとある村に引っ越すこととなった。
そして楓眞が一人でいる時間も増えた。そんなときだった――。
「ねぇ、ずっとボクの中にいるキミ。キミはだれ?」
「僕がわかるのかい?」
「ずっと寂しそうな気持ちが流れてきてたからね」
「寂しい?……ふふ、それは君の方だろう?」
梓ちゃんを除いて僕はずっと独りだった。それを今更寂しいなんて……いや感情が同調したから向こうから認識ができてしまったのだろうか。
なんにしても昔からやることは一つだ。求められる手は掴んで救う。僕はこの子に興味がある。
「いやそうだね、寂しいのかもしれない。少しお話に付き合ってくれ。そしてぜひ君のことを教えておくれ」
その日から僕たちは互いの存在を常に認識できるようになった。
彼は話したがりで、僕は聞きたがりで相性がよかったのもあるのかもしれない。仲良くなるのに時間はかからなかった。
「どうだい新しい学校は?」
「興味ないね。そもそも人が少ないし、前の学校の方が賢い子が多かった。話を合わせるのが大変だよ」
「良いんじゃない?無理に合わせなくても。君は君のまま受け入れてくれる人を探せばいい」
「そんなの、お母さんとキミしかいないよ」
「はは、僕もそんな時期があったから片っ端からお話していったものだ。まぁ結局本当に知りたいものは得たいものは手に入らなかったが。……しかし、きっと君ならば見つけられるよ、ヒトに寄り添える君ならば」
「そうかなぁ。――ところでキミはなにが欲しかったの?」
「そうだな……ヒトを知りたい。そしていつか君たちのように全身全霊で世界を生きてみたい。」
この子は他人から見ても恵まれている存在だと見られるだろう。実際僕もそう思う。
明るいブラウンの髪に緋い瞳の美しい容姿と、一度見たものはずっと覚えていられる記憶力に大人顔負けの利発な頭脳。運動神経にも文句のつけどころはなく、『魔力適性』もある。
天に愛された存在だ。
そして物事をもっと知ろうという欲もある。多少棘のある部分もあるが、そういうものは持つものによって印象も変わるものだ。
可愛らしく美しいこの子には多くの人を寄せ付けるから多少棘のあった方がいい。
どうやら新しく編入した学校でも女の子から言い寄られることも多いらしい。この年にして魔性の男か。将来が心配だ。
……?なんだ。僕はこんなにも一人の人間に想いを馳せるような存在だったか。
「楓眞!今日から私もここで暮らせるぜ」
「やったぁ!!これからはずっと一緒だよ!」
「あぁ、お前が大きくなるのを見届けてやらねぇとな」
「子供扱いしないでよ!もうすぐ十二になるんだ、小学校も卒業だよ」
「あぁ、本当に大きくなったなぁ……あんなに小さかったのに――神様どうか、この子が大人になるまで、どうか……」
再び大好きな母と暮らせるようになり、穏やかな日々がすぎて行くこととなった。
そして楓眞は寂しさを埋める対象を再び得たことにより明るく元気になった。皮肉屋で小生意気なところは変わらないが。
それによりその魅力を存分に発揮するようになった楓眞には心から優しく接する村の人間が増えたと思う。
誕生日にはホームパーティが開かれ、母はもちろん学校の友達や近所のお爺さんお婆さんまでもお祝いに訪れた。
楓眞が心から笑い、母が愛を与え、彼の周りには多くはないが確かに信頼しあえる人たちが溢れる。
一つの世界の完成形があった。
僕の求めていたものはこれなのかもしれない。
この親子をもっと知れば僕もヒトになれるかもしれない。
――あぁ、でも僕はヒトとして生きるための肉体がなかった。
寂しい、のかもしれない。
楓眞の十二の誕生日の夜、その日も楓眞の夢の中で彼の前に立った。僕の内心を押し殺して楓眞にありったけの祝福を告げる。
「楓眞、誕生日おめでとう」
「ありがとう!……そしてキミもだよ」
「うん?」
「もう一人のボク。いつも影から見守ってくれたお兄ちゃん。生まれてきてくれてありがとう!」
「――っ……あぁ、ありがとう」
初めて自ずから守りたい、愛したいと思える人を見つけた。
ごめんなさい、僕の手を引いてくれた梓ちゃんも、僕を見つけてくれた先生も愛することはできなかった。
でも僕はようやくヒトになるきっかけを得られた。楓眞が与えてくれた。
初めて生まれた時から心にポッカリ空いていたこの穴がほんの少し埋まった気がした。
――ありがとう楓眞。
東暦五二五年九月九日
まだ夏の暑さが続き、夜になっても不快な蒸し暑さを感じる。
特にこの日の夜はいっそう暑かった。
幸せな日々がすぎるこの村を呪われた紫炎が焼き払った。